りみっとぶれいかーず!――Road to the Circuit――
Case:1 隆山 〜乃野坂峠〜 第7話:拓也(下)
ホンダほどおかしなメーカーはない。俺は、あんなに歪(いびつ)な車には絶対に乗らない。
CA4Jと言う車体形式で表されるアスティは、本来4ドアを基準に作成されたクーペであるために非常にバランスのいい形状をしている。
最上級グレードの内装は勿論外装も良く作り込まれていて、パワーもさることながら全身で走りを前面に押し出したスタイルである。
ハッチバックであるサイボーグと同等、人気の高いモデルだ。
車体形状、エンジンのパワーからMIVEC搭載のサイボーグはEG6シビックのライバルとも言われている。
クーペになると二十センチ張り出したリアの御陰でより大人し目の挙動を示すとは言え、五馬力の差を埋める程ではない。
エンジン、足回りがノーマルのままであれば互角か、アスティに分がある。
特に気が狂ったようにエンジンを掛け回し、コーナーを攻める今の拓也に追いつくのは至難の業である。
とは言えちょっと場数を踏んだ人間であれば、彼の速度はそれほど速くないので追いつめる事は出来るだろう。
レブリミット付近のパワーバンドを使いきる彼を追いつめるには、余程のパワー車か同等以上の腕がないと無理だろうが。
ちっ
ぶつかると言う程激しい音ではなかった。
もっと甲高く、タイヤより高い場所で鳴った音。
――ミラーか
ガードレールぎりぎりに走っていて、良くある事なのだが、ガードレールの上に取り付けられた反射板がミラーをかすめたのだろう。
それでも気にせずに
殆どタップダンスを踏むかのように、アクセルをだんだんとステップでも踏むように一気に連続して踏む拓也。
そのリズムに乗るようにして、クラッチペダルを合わせてシフトダウン。
助手席に乗れば彼のペダルワークがいかに軽快でリズミカルなのかが判る。
拓也は速度と回転によって震え始めるハンドルを強引に握りしめて、コーナーに突っ込む。
そのままヒールアンドトーで即座に『レッドぎりぎり』のラインを出せるところまでさらにシフトダウンする。
――レッドからレッドへ、レブの付近で奏でるステップ
まさに彼の語る言葉通りに、彼は運転席でダンスを踊っていた。
それに合わせて強烈に横Gが車体を揺すり、激しくロールを起こす。
崖っぷちで踊る車体の挙動は、彼の激しいペダルワークそのものだった。
――?
拓也は視線を一瞬バックミラーに向ける。
ヘッドライトのような灯りが今過ぎったように見えたのだ。
――気のせいか
タコメータはまだレッドゾーンに入った針を震わせている。
いつもよりもテンションが高いうちに、勢いをつけておいたはずだ。
彼は僅かにアクセルを緩め、左から一気にミラー全てに視線を送る。
――いた!
見えた。
右コーナーを抜けてくる灯りの正体が。
黄色いハロゲン特有の光に、月の光を嘗める車体が一瞬残像を残す。
かっと拓也の頭に血が上る。
――っ、ホンダシビック!
EG系特有の曲線で構成されるフォルム。
どれだけ離れていたって、あの車体は見分けがつく。
苛々する。拓也のハンドルを握る手が震え、シフトを入れる手つきがやけに乱暴になる。
「ホンダ…だとっ」
車は走らなければならない。
トータルバランスの良い車というのは非常に乗りやすく、且つ快適なロングツーリングを保証してくれる。
でもそれは『移動する』手段であって、決して走る事が目的ではない。
人間の生活や人生の一部分を構成する部品に過ぎない。
しかし、では逆に自然に構成品になる車でないのであれば、その存在意義は何だというのだろうか。
そう言う意味では拓也にとってホンダの車は信じられない程全てに逆行していた。
驚異的な自然吸気エンジンを搭載し、どのモデルにも共通したボディのやわさとの不調和。
驚く事は驚くが、『驚かそうとして作っている』だけで決してそれに真意が感じられない。
レースベースにはエンジンの性能で勝っているだけだと彼は思っている。
そもそもホンダではターボエンジンはメインにないではないか。
必要ないとまでコメントしているぐらいだ。
その点、三菱はディーゼルもターボもチャージャーも、エンジンであれば様々な開発を試みている。
特にターボエンジンは非常に性能がいい。
三菱のLANCER Evolutionのパワーは、2.6リッターのGTRにも十分匹敵するではないか。
自然吸気とはまた違う制御と技術が必要であり、はっきり言って、効率からも自然吸気よりいいのだ。
なにもVTECだけに頼る必要性はないはずだ。
シビックなんか良い例だ。あれだけ軽いやわいボディにあんなパワーを持たせたりするから。
――歪だ!
迫る。
今度こそはっきりと相手の車を確認して、彼はアクセルを踏み込んだ。
もう一度エンジンが回転数と同時に弾けるように叫び声を上げる。
同時にシートに押しつけられるような感覚、既に十分に加速していた車体がさらにタイヤを軋ませながらつっこんでいく。
――――!
高速走行中の車体に、もし、僅かな路面の状況変化が与えられるとどうなるだろうか。
たとえばそれは、ほんの数ミリの路面の歪み。
僅かな物であっても、でもそれがタイヤを捉えるだけの大きさが有れば十分だ。
いかに舗装がいい路面だと言ってもそれが完全である事はない。
特に交通量が多い場所や、冬季凍り付くような場所では痛みが激しい。
拓也がコーナーに進入した途端、リアが僅かな轍に捉えられ――跳ねた。
「くそっっ」
聞きたくない程激しいスキールを立てて、リアがガードレールにすっ飛んでいく。
――!!
シビックのライトが一瞬、明滅した。
―――――――――――――――――――――――
解説