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りみっとぶれいかーず!――Road to the Circuit――

Case:1 隆山 〜乃野坂峠〜 第5話:秋葉


兄さん。いい加減にあの女と手を切ってください。


 乃野坂峠が人気のない峠だというのは事実だ。
 だが、だからといって完全に無人である訳ではない。
 丁度反対側、東京へ向かう方向へ一台の車が疾走していた。
 白い色の――シルビア。
 昼の日差しを大きく反射させて、車体は――信じられない程のスピードでテールを流しながら登っていく。
「こんどこそ、逃がしませんよ」
 数秒と待たずに蒼いミニが迫る。
 こちらは更に激しい。
 車体を大きく揺らしながら、壊れるかグリップを失ってすっ飛んでいくかどちらかという危うい挙動でコーナーを抜ける。
 ただ不思議なのは――それだけ激しい動きをしながらも、まるで地面に吸い付けられているのか頭を押さえつけているような走りを
する。
 それは異常というよりは、不自然と呼ぶべき挙動だった。
 白い流麗な車体を追う、鮮やかな蒼いミニ。
「全くしつこいわね。相手にしている暇なんか、ないのに」
 シルビアに乗る女性は零すと右手をコンソールに伸ばした。
 そこにはダイヤルが並んだ、奇妙な四角い匣が納められている。
 Danger!と書かれたボタンを押し込むと、そのボタンは赤くきらめいた。

――!
 梓は何を思ったのか、頂上付近に近づくのが判って慌ててブレーキを踏み込んだ。
 不安定に車体が揺れてロックするのに合わせてブレーキを一瞬完全に抜いてから踏み込み直す。
 ハンドルを取られそうになりながら、コースアウトしかけた車体を何とか立て直し、スピードメータを一瞥する。
 今四十を越えている。
 制限速度三十キロだから――多分、先刻までは八十ぐらいでていたんだろう。
――やばい
 そのせいか、車はまるで止まっているように感じる。
 鋭くなった聴覚が、彼女の脳髄に『止まれ』と指示する。
――なにか、凄いものが近づいてくる――!
 まるでレース場で聞くような爆音が、目の前の左コーナー、頂上に至る最後の坂から姿を現す。
 車体の迫るガードレールは歪み、何度かそこで接触事故を起こしていたんだろうと判る。
 殆どジャンプのような体勢で、白い車体がセンターを一瞬割って暴れながらテールを外側へと流していく。
 それが、まるで狙いを定めたように外側へとへこんだ部分をかすめて、梓の側を駆け抜けた。
 運がいい。もし事故が起きていければ、グリップを失ったテールをガードレールに弾かれていただろう。
 そうなると梓もひとたまりもなかった。スピンを起こした車の巻き添えを食らっていただろう。
 そうでなくても、ブレーキをかけていなければ間違いなく今の車に接触していただろう。
 ナンバーを確認する事も出来ないまま、白い車体は駆け抜けていった。
 それでも冷や汗すらかくことなく。
 コーナーに差し掛かる――と、蒼い車体が彼女の目の前にあった。
――くっっ!
 小さい。
 抜けられると思った彼女は、感覚を総動員してハンドルを切る。
 前輪が軋む――グリップを失う!
 突如横に流れ始める風景で、小さなその車体はその速度を保ったまま、不自然に彼女の車とガードレールの隙間を抜けていく。
 タイヤが限界に達したせいで一気にアンダーで流れた梓の車体は、しかしすぐにグリップを取り戻してコースに戻る。
 だが、一度速度も気力も殺がれた彼女は、そのまま徐行しながら頂上にある休憩所へと車を乗り入れた。
 刻まれた通り、白線に合わせて駐車すると、大きくため息をついてから車から降りる。
 そして一度自分の車を見回してから、いつものようにフェンダーに腰をかけた。
 走っている間は気がつかない。
 車にある限界に到達する瞬間、全身の感覚はそれを防ごうと総動員してあらゆる車の挙動が捉えられるようになる。
 だが今の、つい先刻そのコーナーで起きた出来事は違う。
 車はまだ限界ではなかった。確かにタイヤは限界を超えたのだが――それは彼女のコントロールミスだ。
 少なくとも速度は五十を越えていなかった。
 時速三十キロ前後でコーナリングをしていたはずだ。
――あの車
 だから、側を走り抜けた二台の車が『普通じゃなかった』のは確かだ。
 白い車も、後の小さな蒼い車も。
――乗っていたのは、人間じゃなかった
 車もそれなりに凄い車なんだろうが、それ以上に感覚、肉体の制御力そして――蒼い車に至っては車そのものも普通じゃないはずだ。
「危なかった――の、かなあ」
 梓は呟いて、去っていった方向に視線を向けた。

  ふぉうん

 またか、と梓は思った。
 最近はこの峠も県外から訪れる人が増えた。
 勿論車はそれなりに弄ってあったり、先刻みたいに無謀にも思える速度で駆け抜ける連中だ。
 車高が低かったり、マフラーがけたたましかったり、もう大抵の改造車を見てきたから驚くつもりもなかった。
 聞いた事のないエグゾーストだったが、聞き慣れないな…程度でその音の方に視線を向ける。
 だが、今度だけはびっくりした。
 彼女のいる休憩所に、真っ赤で真っ平らな車が進入してくる。
 先刻から何度も、まるで暴走族が無駄にアクセルを踏み込んでいるようにマフラーが鳴く。
――フェラーリ?嘘、初めて見た
 見るからに走るために作られた車。
 車高も低い。F1マシンがそうであるように、まるで全体が翼か何かのように平べったい。
 日本国内でこのスタイルを持った車はNSX位ではないだろうか。
「あー、もうっ」
 そして、似合わない甲高い声があがって、その中から女性――いや、梓と同じぐらいか、少女が出てきた。
「全く、どうしてあの二人はいつもいつも……あら、失礼」
 一人でいきなり騒ぎ出したが、梓の視線に気づいたのか彼女はぺこりと頭を下げた。
 どう答えて良いかも判らず、梓も小さく頷く。
 顔立ちは確かに日本人なのに、髪の毛は珍しく赤毛だ。
 きりっとした吊り目に、強い意志を感じさせる吊り上がった眉。
「ここを東京方面に下っていく車、見ませんでした?」
「え、ああ、あの」
 彼女の風格のようなものに圧倒されて、少し後ずさる梓。
 お嬢様然とした彼女の雰囲気がどうも苦手に感じる。
 一応自分も御嬢様ってところなんだろうが、所詮その辺は『成り上がり士族』と『名士』の差か。
「白い車と、蒼い小さなのが。……もしかして、知り合いとか」
 知り合いという言葉に、ぴきりと音がする程彼女は顔色を変える。
 が、それも一瞬。
――何となく髪の毛がざわめいたように見えたけど…気のせいかな
 先刻と余り変わらないようで、先刻よりも怖い笑みを湛えている。
「ええ、身内があんなのだと心苦しい限りです」
 ため息をつく彼女に言うべきか一瞬迷う。
 先刻の二人にぶつかりそうになった事を。
――言っても無駄かな
 とは思ったが、一応伝えて貰えるかも知れないと思い、切り出してみる。
「危うく事故りそうになったから、危ない運転は避けるように伝えてください」
 梓の言葉に彼女は目を丸くして応え、同時にあの空恐ろしい笑みを消して元通りの表情になる。
「あら、申し訳有りません。ええ、必ず。……なかなか、良い車をお持ちですわね」
 彼女はにっこりと笑みを浮かべて言うと、自分の車に滑り込む。
「また機会があるならお会いするかも知れませんわね」
 返事も待たず、彼女の車が咆吼する。
 そして、再びエンジンが回転を上げる立て続けの咆吼。
 梓の見ている前で、彼女の車は滑るように峠へと飛び出していった。

 

      ―――――――――――――――――――――――
解説


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