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りみっとぶれいかーず!――Road to the Circuit――

Case:1 隆山 〜乃野坂峠〜 第2話:柳川


邪魔者は狩れ。

 乃野宇山を超えて東京・隆山を結ぶこの山道を、乃野坂と言い、この峠も乃野坂峠という名前で呼ばれている。
 この山は南北に伸びる山脈を形成しており、南の石鷺山(いしさぎやま)を東西に分ける峠には柚子ヶ(ゆずが)峠という名が付けられている。
 乃野坂の事を地元に住む人間は『柏木の坂』と呼んでいたりする。
 ここで二件の事故があったからだが、裏を返して言えばそれだけ柏木の勢力が大きいとも言えるのである。
 まだ夕方、スモールライトを灯す程度の明かりの中、その山を登る一台の車。
 S14シルビア――珍しい車ではない。
 車体が大きくなった分の剛性不足は否めない上、エンジン出力も2リッターターボでありながら二百二十馬力と少々力不足を感じさせる。
 そのくせ車体が重いせいか、先代に比べ人気のない車である。
 それでも白い車体が流れるように走る様は美しいと言えるかも知れない。
――ちっ…
 コクピットの中で男は舌打ちした。
 彼はこの乃野坂峠に用事があるのではなく、乃野宇山そのものに用事があった。
 乃野宇城という名前の古い山城がここにはある。但し想像するような城ではなくあくまで城跡である。
 それも天守閣など存在しない、実用重視のむしろ『砦』と呼ぶべき城塞である。
 だが、彼が舌打ちしたのはそんな物ではなく、後ろに見えた車だった。
――……参ったなぁ
 彼が見たのは白いボンネットの上でちかちかと瞬くリトラクタブルライト。
 パッシングして、あからさまに鼻先を突っ込んで煽ってくる。
 バックミラーに映る車体だけでは情報が少ないから判りにくいが、フラットなボンネットを見る限り、恐らくトヨタのMR2だろう。
 普段なら気にしない。だが、ここ最近この山を駆ける連中がいると思うと――正義感ではない何かが囁く。

――狩れ、と。

 ふん、と僅かに鼻で笑い、彼は一息にギアを下げる。
 アクセル全開――飛び出すように坂を上り始める車体に、一瞬遅れて追いかけてくるMR2。
 そこで彼はわざとアクセルを抜いた。
 MR2は、まるで図ったように登坂車線へと弾け、ゆっくりとシルビアを追い越していく。
――やっぱりSW20か
 扁平で丸っこい大柄な車体は同じだが、SW20はトヨタのスポーツカーでも高性能なターボエンジンを積んでいるという。
 はっきり言って、普通にも分の悪い争いである。
――くく…
 走行車線へとゆうゆうと戻ろうとするSW20を見て、スピードメーターの下にあるボタンを押した。かちかちとそのすぐ側のメーターが動き始める。
 そしてグローブを開くと、中から赤いライトを取り出す。
――さて……
 そして、かちりという音と共にメーターが停止するのを確認すると、赤いライトのスイッチを入れて、窓を開く。
 磁石で屋根に張り付くようになったそれを、無造作に屋根に置く。
 そして彼はラッパのマークの書かれたボタンに手を伸ばした。
 サイレンが、閑静な山に木霊する。
「喧嘩を売る相手が悪かったな」
 彼――柳川祐也は口元に笑みを浮かべて無造作にアクセルを踏み込んだ。
 突然SW20が挙動不審とも言える程車体を揺らし、さらに加速を始める。
 乃野坂峠は急勾配の低速コーナーが幾つも立て続けに続くテクニカルな峠である。
 東京側からの下りは決して難しくはない物の、折り畳んだような低速コーナーと生い茂った林が幾つもブラインドコーナーを形成する。
 隆山から東京方面に向かう下りはブラインドではないが、数カ所気をつけなければそのまま崖下に真っ逆様というコーナーを持つ。
 両方とも中盤に入るまでの素直なコースが続く訳だが、気をつけなければならないのは東京へ向かう場合の峠を越えた瞬間だった。
――最高速度制限三十キロのこんな道で
 柳川はメーターが百を越えようとするのを確認してからブレーキを入れた。
 登りが終わったのである。
 MR2のテールが勢いよく柳川の目の前で左に振れる。
 それはドリフトと言うよりもテールスライドと呼ぶ程の勢いで。
――やったな
 下りに変化する瞬間、いきなりブラインドの右低速コーナーが姿を現す。
 普通に時速四十キロぐらいで走っている分には、また慣れている分にはすぐ判るだろう。
 だが、焦っていたのだろう、MR2のドライバーは操作ミスをしたようだった。
 ただでさえピーキーと言われ、重量配分が後ろよりになったMRでは、失敗は即――スピンへと直結する。
 弾け飛ぶように目の前でコントロールを失ったMR2が、左テールライトを叩き付けるようにしてガードレールに激突して――止まった。
 柳川はシルビアをその後ろに止め、即座に運転席から飛び出してMR2の側に寄る。
 無惨な姿で停止したMR2の運転席のガラスを、警察手帳を挟んだ右手で叩いて言う。
「速度超過、四十七キロだ。免停だな」
 ドライバーはむすっとした表情で不機嫌そうに柳川を見上げる。
 モーターの音と共にガラス窓が降りる。
「なんだよ、騙しやがって」
 歳は二十二、三と言ったところか。
――ふん、まだまだ若いな
 刺々しい口調で言う青年に、不敵な表情で応える柳川。
「騙した覚えはない。……貴様が、間抜けなだけだ」
 一呼吸おいて言った言葉に合わせ、彼は表情を険しく、殺気を放った。
 それまで不服そうな貌をしていた彼が急に目を丸くして黙り込んだ。
「違うか?…まあ、今回はエアバッグも作動していないし」
 ちら、とガードレールを見る。
「この程度なら陸運局に連絡して、数万円ってところだ」
 多少へこんでいるが、怪我人もなく、ただ物が壊れただけ。
 柳川の物言いに、『この程度なら金だけで十分だ』と言う物を臭わせる。
「それに迷惑をしているのはこの俺の方だ」
 びきりと音がする。
 まるでガラスに罅が入ったような音だ。
 その音に、色んな意味で青年の顔が青ざめる。
 柳川は眼鏡を外した。
「判るか。貴様のように俺の車を追い立てる馬鹿者が多いんだ。ここ最近になって急な話だからな」
 柳川も自分がスポーツカーに乗っている自覚はある。
 だが、覆面パトカーという一点を除きどこも弄っていない。
 確かにここ最近の規制緩和はある意味画期的と言えるだろう。
 御陰で公道を走るレースカーが増え、警察の仕事が多くなった。
 もっとも――検挙しにくかった改造車を検挙しなくて良くなったというのは、良い事である。
「何か理由があるんだろう?この『白いシルビア』に?」
 殆ど脅迫するような彼の殺気に、青年は生白い顔をこくこくと何度も上下させて応えた。

 

      ―――――――――――――――――――――――
解説


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