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りみっとぶれいかーず!――Road to the Circuit――

Case:1 隆山 〜乃野坂峠〜 第9話:祐介−2


これで本気が出せる。――でも、本当にそれが望みだったんだろうか。


 藤田浩之と名乗った青年の乗る車は、外観は確かにEKだった。
 排気音から考えてもEK4だろうか。野太く低いそれは、明らかに下位のグレードでは鳴らすことの出来ない音だった。
「初めまして、藤田さん、長瀬祐介と言います」
 僅かに興味の食指を唆された。
 赤い顔をしている梓の横から回って浩之の前に出る。
 浩之は面倒臭そうに眉を動かす。
「ああ、よろしく」
「――この車、改造車じゃないんだったら、もしかしてEK9ですか」
 ぴくりと眉が動く。
 祐介は表情を変えずについっと車の前に回る。
 隣に並んだ梓のEG6に比べ、僅かに長い全長。
 外観はEKだ。だがリアに見えるスポイラーは明らかに形状が違う。
「へえ、詳しいな。――そうか、そっちの車に乗ってるのか?」
 合点したように言うと、梓に目を向ける。
「な――何よ」
「いや。……初心者だろ?」
 まるで返事を待つように一拍おいて、彼は大きくため息をついた。
「EGの乗り方、教えてやろうか?」
 そう言ってちらっと視線を祐介に向ける。
「え」
「この車を持ってたのは俺だ。俺の方が乗り方を知ってる。何、あんな危なっかしい乗り方してるなら、きちんと教えて貰った方がいいだろ」
 その時、ばたんと言う音がしてセルモータの快音が響き渡る。
 そして地響きのような低音がアイドリングとともに吐き出される。
 祐介の車――トミーカイラZZが始動したのだ。
「助手席でアドバイスを受ける事なんか、無いだろ?」
 元EGのオーナー。
――彼の車だったんだ
 あんまりに唐突で突然。
 それぐらいしか想像も出来ず。
 どう対応、反応して良いのか迷っているうちに、さっと回ってきた浩之は運転席に乗り込んでしまう。
「あっっ、ちょっと!」
 セルモータが唸り、エンジンが咆哮する。
 返事を返す暇なんか無い。
 慌てて彼女は助手席に回り込んで乗り込むと、ハンドルを握った浩之がにやっと笑った。
 止める暇もあらばこそ。
 エンジンとタイヤががなりたてる不平不満と同時に、滑るように休憩所出口へ向けてEGは発進した。
 大きなヨーに引きずられるようにドアを握りしめ、自分の体を支える梓。
「ちょっと!止めてよ!」
 返事の代わりに一気にエンジンを回転させる浩之。
 なのに、ジャダーも起こさずにシフトチェンジする。
「黙ってろ」
 きびきびと、まるで違う車のようにEGは休憩所を飛び出した。
 それを追う祐介のZZのヘッドライトがリアを照らし出すのが判った。

  ごっ

 風は凪ぐ事無く激しく暴風となり吹き荒れて、梓の感覚を研ぎ澄ましていく。
 シートに押しつけられる感覚。
 車の外のはずなのに、肌に感じる風の匂い。
――…これが
 ボディが軋み、タイヤが悲鳴を上げながら全荷重を受け止める。
 そしてそのまま、まるで引きずられていくように前へと、コーナーの外へと弾き出す。
 ちらりとスピードメーターを覗いたが――彼女が普段走る速度よりも、実は遅い。
 なのに、周囲の風景は飛ぶように流れ、それがどれだけ速いのかが判る。
「クラッチを踏んでギアを抜いたら、一度クラッチを繋いで煽ってから減速するんだよ」
 コーナーを抜けながら彼は言う。
「少し二速でこじった後がある。激しいだけの走りじゃ、車を傷めるだけだ」
 丁寧に変速しながら、彼は前だけを見つめ――梓に語りかけ始めた。

――車を知ってる人間だったら、必ず耳にする噂がある
 祐介は性格の変わってしまったEGを追って、アクセルを完全に開いていた。
 MRとFFという性格的な違いより、170psと190psの明確なパワー差とキャブ・インジェクタの差が現れた。
 1速の発進で出遅れたものの、休憩所を飛び出すタイミングは悪くなかった。
 前を走るシビックとの距離は変わらない。
――EKでTYPE-Rを作る、それもとんでもない車に仕上げてってね
 形式名E-EK9、シビックをリアルスポーツへと昇華させたというTYPE-Rは、しかしまだ市販されていない。
 予定からまだ半年ぐらい速いのではないか。
 そんなものを乗り回す人間だから、勿論普通じゃないだろう。
 いかにテストドライバーだからと言ったって、安易に車を手に入れられる訳ではないのだから。
 先刻の話しぶりでは、目の前で走るEG6は元は彼の物らしい。
 だったら。
――これが、EG6の本気、と思っても構わないんですね
 左手がシフトノブに伸びる。
 無意識に手が震える。
 それが快哉なのか――それすらも意識の片隅に消えて。
 ただ。
 アクセルを踏み抜く快楽の果てに、祐介は進んだ。

 そもそも、祐介自身は車には興味はなかった。
「長瀬ちゃん」
 彼よりも速く手を出してしまった、月島拓也を追うのが目的だった。
 彼を再び止めなければならないのであれば、と思った。
「お兄ちゃんを止めて。いつか、事故起こしそうだから」
 それは責任感からだっただろうか。
 その言葉を紡いだ彼女――瑠璃子の為だったのだろうか。
 少し違う。
 今なら違うと言える。
 でもその時は判らなかった。だから、拓也が一人で走り始めたのだったら。
「判ったよ、瑠璃子さん。僕も月島先輩がどこかに行かないように、抑えてみるから」
 その向こう側を見てみたい。
 彼と、自分は似ているから。あまりに現実とはかけ離れたところへと向かう癖があるから。
 もし拓也がまたあの世界を求めたので有れば――見つけたので有れば。
 多分自分にもその色が合っているに違いないんだ――と。

 

      ―――――――――――――――――――――――
解説


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