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Cryptic Writings 
Chapter:6

  第4話 『白拍子』

前回までのあらすじ

  全ての鬼が目覚め、静かに狩りの幕が開く。
  祐也は初めて自分の中の『鬼の本能』と向かい合う。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 6

主な登場人物

 柳川祐也
  自らの中に合った『獣』の意識が『自覚』して、分裂した。
  不完全な混じり方をしたことと、香奈子の攻撃による後遺症か?

 柳川 裕
  静かに狩りを始める。

 柏木耕一
  柏木家の血を引く男。
  だが、その鬼の力は果たして…

        ―――――――――――――――――――――――
 

  がき

 二人の鬼は、ほとんど同じ体躯をした獣だった。
 恐らく近くに誰かがいたならば、悲鳴を上げて立ち去っていただろう。
 しかし幸いなことに――皮肉にも――周囲にはそんな人間はいない。
 全て殺されたか、意識を失ったか、そのどちらかだった。
 突如として襲いかかったこの世の終わり。
 東京は完全に壊滅していた。

  ぐるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううう

 だからこうして、二人が向かい合っているのを見る人間はいなかった。

 耕一は驚いていた。
 それを表す表情を持ち合わせてはいなかったが、明らかに動きが鈍る。
――違う
 目の前の鬼は、やばい。
 たとえるならそれは抜き身の刃。
 いや、刀を構えたサムライと呼ぶべきだろう。
 殺気、鬼気、どちらとも比べるべくもない程の強さを持つ。
 一介の狂気に駆られた獣ではない。
 非人間的な的な精密な殺戮機械。
 純粋な殺気が鋭利な刃のように肌を切り裂く。

 僅かに出遅れる。
 踏み込む。
 耕一の右腕が振り抜かれた時、裕は身体を沈めていた。

  ごきり

 嫌な音が聞こえた。
 身体全身に伝わる音。
 その後、鈍痛が内臓を伝わる。
――肋をやられた
 耕一は反撃の手を大きく振る。
 空を切る。
 決して無駄な動きとは言えないのに、拳は宙を掴む。

  びしゃ

 そして、血飛沫。

 通常、素人は格闘戦はあまり実力の差が感じられない物のように思えるだろう。
 それ程差のない者同士だと、攻撃が成功したのか、相手が回避したのかが判らないからだ。
 ところが、実力差が大きいとこれが大きく変わってくる。
 一方的になるのだ。
 達人と素人が殴り合いをすると、その結果は歴然としている。
 達人がどう動いても、素人は相手にならない。
――今のままでは耕一が殺されてしまう
 非常時だ、とばかりに無人のデパートで服を拝借し、祐也はひた走っていた。
 鬼の力を使うよりも、『鬼』になった方がいい。
 そうかも知れない。
 着替える暇などあるなら、とののしられるかも知れない。
 それでも彼は、鬼の姿を取ろうとしなかった。
『過去に鬼を滅ぼした次郎衛門は、『鬼』になったが、人から鬼に変身した訳じゃない』
 伝承の一部。
 覚えているのが不思議なぐらい、昔の記憶。
『そもそも変身することの方が不思議だろう?
考えても見ろ、身体が生まれてきたままとは変わってしまうんだぞ』
 父親に昔話を聞かせられた記憶なのか。
 その記憶は、確かに男の声で祐也に言っていた。
『わかるか?つまり…そんなものはあり得ないってことさ。
 御伽噺かり見ているんじゃなくて勉強しろ』
 それが誰だったのか判らない。
 誰に聞いた話だったのかも判らない。
 ただ今の自分があるのはその御陰だと思う。
 それに、鬼でいることは疲れる。
 途中で矢環に出会った。彼は冷たいアスファルトの上に身体を横たえていた。
 彼から、何故か巨大な銃を借り受けた。
『自分には必要ありませんから』
 そんなことをいって、彼は眠りについた。
 何故そんな銃を持っていたのかなど些細な問題だ。
 警察で押収したブツには対戦車兵器だってある。
 もう今更、遅い。
 弾は7発。
 これだけ口径が大きい銃なら、鬼でも一撃だろう。

『何で刑事を希望した』
 試験の面接の担当者は長瀬だった。
 当時既に――警部だったはずだ。
 それに、自分のことも志望理由も十分知っているはずだ。
 事前に俺の事を根掘り葉掘り調べた直属の上司の癖に。
『ある殺人事件で、同僚を亡くしました』
 それも、目の前で殺人犯に殺されるという方法で。
『二度とそれを引き起こさないという思いと』
 あの時、確かに奴は笑っていた。
 精神異常者の犯行だったと言ってしまえばよかったのに、残念な事にそれがままならなかった。
 記者クラブのミスか密告かは判らない。
 時の総理大臣はほぼ同時に退いている。
 もう既に証拠を集める方法すら存在しない。
『なんとしてでも、自らの手で犯人を捕らえたいと考えたからです』
 半分嘘で、半分本当だった。
 犯人は殺してやるつもりだった。そうでなければ同僚は浮かばれないから。
 何故なら、奴は――警視総監の息子だった。
 ずっと刑事という職業が下らないものだと思っていた。
 部下を持ってもそうだった。
 警部補試験に受かってからも。
 隆山で捜査をしている時も。
 何故なら。
 

 アスファルトの道路に男が丸裸で倒れている。
 もう一人の男がそれを見下している。
 その男も、一糸まとわぬ姿。
「やはりそんなものか」
 裕は呟いた。
 よく見ればアスファルトの一部は黒く濃い色で沈んでいることに気がつくだろう。
 血だ。
「期待をさせたな」

  めきめきめき

「待て」
 筋肉の膨張がとまり、声のする方を向く。
 そこには男が立っていた。
 柔らかい藍色のYシャツを着た男。
 待ち望んでいた獣。
「ああ、これ以上待たされるのは叶わん」
 獣は冷たい視線を彼に向けていた。
 それが間違っているなどとは夢にも思えないのだろう。
――幸せな奴だ
 彼は自問した。が、答えは出なかった。
「…待たせたな」
 祐也はぐっと腰を落として構える。
 裕は両腕をだらんと下げて彼の前に踏み込んでくる。
――早い

 鬼。
 エルクゥと呼ばれる種族は『鬼』の姿を持つ。
 但し、それは男性のみである。
 すなわち、自然の摂理の通り雄の方が体躯が大きく力も強いのである。
 ではどちらの姿が『本来』なのだろうか?
 『混血』だから『変身』するのかも知れない。
 自らを狩猟者と名乗り自らの内側に潜む物。
 人間以外の、存在。
 次郎衛門は頭に角が生えていたという伝承が残っているが、変身したという伝承はない。
 女性が同じ姿をしているからと言って、果たして人間とは相容れない物だったのかも知れない。
 人間のようにひ弱な生命体では、狩猟者を内に飼うのは不可能なのだ。

 右、左。
 鞭のようにしなる腕が祐也の頬を裂く。
 相手の左腕を身を引いてかわし、右腕で絡め取るようにして身体を巻く。
 合気道に近い動き。
 祐也は身体を右回転させて外側へと裕の腕を取った。
 腕の関節を逆さまに決めてそのまま体重を下へ沈み込ませる。
 苦痛に一瞬声が漏れるのを聞いた。
 このまま体重をかければ、それに逆らうことなく地面に崩れるしかない。逮捕術の一つだ。
 が、それがすぐに愉悦に変わるのを聞き逃した。
 全体重が、その体勢のまま持ち上げられる。
――しまっ

  ぶぅん

 力任せに関節をはずした鬼が、軽々と祐也を振り回す。
 まるで物でも投げ捨てるように。
 祐也の身体が大きく宙を舞う。

  どん

 鬼が地面を蹴るのが見えた。
――!
 左腕が動かない。
 叩きつけられた時に骨折でもしたのか?
 その一瞬の躊躇が、鬼の拳を避けられない距離にまで誘い込む。
 眼前に迫る巨大な岩のような拳。

  ぶぉん

 耳元を叩く空気の流れ。
 祐也の身体が宙に舞っていた。
――く
 危険を察知した『鬼』が頭を引いた。
 そして、重いその拳に弾かせて身体を一回転させて宙に舞ったのだ。
 足の裏に感じるコンクリートの壁の感触。
 鬼の頭が、コンクリートを叩いた腕が、無防備にも思える姿が、目に映った。
 地面――壁を、蹴る。
――前も、こうだったよな
 闇の工場の中で対峙したあの時。
――まさかこんな形になるまで…決着できないとは思わなかった
 懐に手を入れ、銃を出す。
 コマ送りになった世界の中で、彼は鬼の後頭部に素早く照準する。

  激痛

 だが以前と違うことが二つ。
 あの時は使い慣れたニューナンブだった。
 全く怪我一つなかった。
 引き金にかけた指が震えることもなかった。
――遅れた
 ほんの僅かな遅れであろうとも、それは致命的な物につながる。
 彼の知覚が次に裕を意識した瞬間。
――ドウシタ
 既に銃口の前には彼はいなかった。
 自分の考えているよりもそのミスは致命的な物だった。
「く」
 宙で一回転して着地した祐也の視界を遮る影。
 祐也は覚悟を決めて引き金を引いた。

  がぅん

 肘から肩に掛けて今までに感じたことのない程強い衝撃が走る。
 デザートイーグル50AEではその衝撃はあまりに大きい。
 銃口から俗にファイアボールと呼ばれる巨大なマズルブラストが閃いた。
 と同時に腕が真後ろに跳ね上がり、無防備な姿をさらす。
――っっっ!
 鬼が怯んだ様子を見せずに腕を振り上げた。
 が、そこで動きが止まる。
 祐也は既に動こうとしていた体を止めることはできず、大きく後ろへと下がった。
 鬼は腕を降ろし、再び祐也の前で唸る。
――ナゼ 狩猟者ノ姿ヲ取ラナイ
 なめているのか?
 そう言いたいのだろうか。先刻までとは違う、より純粋な殺気が彼を取り巻く。
 祐也の顔に笑みが浮かぶ。
 決して他人に見せないような、獣の笑み。
 眉の間の皺がぴくぴくと動き、歯茎をむき出しにした口元が大きく歪む。
「過去に鬼を滅ぼした次郎衛門は、『鬼』になった訳ではない」
 そして全身の筋肉をぎしりと軋ませて、大きく剥いた目を爛々と輝かせて裕を睨み付ける。
「そんなことより、自分の心配をしたらどうだ」
 右腕だけで銃を構え直すと眼鏡を中指で押し上げる。
「お前の目の前にいるのは、『次郎衛門』の末裔なのだからな」
 鬼が表情を見せた。
 目が見開かれ、無理に動かした眉根がひくひくと震え、さらに低く唸る。
――キサマ
「どうした、何を怯える」
 次郎衛門は人間を越えた。
 人間という壁を持ちながら、鬼と戦った。
 エディフェルの血により鬼になりながらも、人間であろうとした。
――鬼に勝つのは、人間でなければならない
 別にこだわる必要はないのかも知れない。でも、彼はそう思っていたに違いない。
 鬼の力に振り回されるのではなく、純粋に鬼ではない彼にとって。
 もう既に人間ですらない彼にとって、その境目を作るのは極当然の事だったかも知れない。
 だから、彼は決して刀を捨てなかった。
 エディフェルを、愛し続けた。
 何故か今の祐也には、そう思えた。
――そうだ
 応えに祐也は僅かに腰を落として地面を踏みしめる。
「これで終わらせるさ」
――終ワレルモノナラナ
 鬼の信号はちりちりとあからさまな挑発をする。
 大丈夫だ、と祐也は自分に言い聞かせて銃を握りしめた。

「お前は白拍子のようだな」
 月下で見る自分の妻も、こうして日の下で見るとまた違った趣がある。
 目立つ、と言う理由から着させた着物も、あの異国の着物よりも似合う。
「シラ…ビョウシ?それは何ですか?」
 聞けば鬼には文化はないという。
 そう言う物があった、らしいことは知識として知っているのだが、現在それに値する物はないのだそうだ。
 曰く、獣のように生活をするから。
 曰く、言葉の必要がないから。
 曰く、「狩り」にはそんな物は必要ないから。
「ああ、知らないんだったな。白拍子ってのは、踊りを披露するのを生業とする女のことだ」
 昔文化がまだ特権階級にのみ与えられていた時の事。
 文化が、暇をもてあました公家共の恋愛ごっこの道具だった頃の話。
「そうやって魅力を振りまいて、気に入られるのが仕事。一度取り入ってしまえば愛されることになる」
 あ、と気がついたようにエディフェルは頬を染める。
「誉め言葉じゃないがな…」
 売女とは、とても自分の妻には言えない。
「俺はお前を美しいと思った。戦場を舞うように戦うお前が美しく感じられた。
 お前を失いたくないし、だからといって鬼にこの地を明け渡す程お人好しでもない」
 エディフェルはすました顔でじっと見つめている。
「だから、俺は鬼を討伐する」
 恋愛すら存在しないのではないだろうか?
 こうして側にいれば顔を見なくても感情が伝染する。
 慣れてくれば言葉は必要ない。
 それは手続きに過ぎなくなってしまう。
 理想的な恋愛。
 次郎衛門は思った。
 自分をいかに表現するかを必要としないのであれば、そんな物必要ないではないか。
 相手が自分のことを理解できるのであれば、戦など…争い事など起きないではないか。
「…ああ、エディフェル、俺は人間なんだ。まだ、な」

 身体が冷え切っていて動かない。
 声を出したくても、声にならない。
 ひゅーひゅーとかすれた音が喉のあたりで擦れる。
 急に視界が戻ってきて、ぼやけた視界が焦点を結ぶ。
 …寒い。
 梓はゆっくり感触のない身体を引き剥がして周りを見回した。
――誰もいない
 誰かに名前を呼ばれたような気がした。
 でも、もうここにはいない。
「…服を」
 驚くほどしわがれた声だ。自分の声とは思えない。
 お風呂に入りたい。
 肌が引きつる。多分酷い格好なんだろう。
 ごそごそと服を身につけるとぼろぼろの窓から外を見た。
 もう戦いは終わっていた。
 あちこちに砕けたメイドロボの部品が散乱し、血飛沫の痕が見える。
 そんな中に少女を見つけた。
 年の頃は、どんなに見積もっても中学生位だろう。
 よろよろと死体の中を歩く少女。
 足下がおぼつかないのは死体やロボットの破片のせいだけではないだろう。
 やがて、彼女はばたんと倒れた。
――危ない
 その様子に酷く惹かれたのか、彼女は窓から飛び出していた。
 少女は必死になって地面を押さえていた。
「大丈夫?たてる?手を貸すよ」
 顔を上げた。
 多分声に反応したのだろう。
 少女は眉尻を下げて今にも泣きついてきそうな表情をしていた。
 だがそれ以上に梓は彼女の顔に驚いていた。
――そっくり
 自分を襲った表情のないメイドロボ達と顔がよく似ているのだ。
 表情がある、のに。
「あり…がとう」
 彼女はぼそりと呟くように答え、肩を借りて立ち上がる。
「危ないから帰った方がいいよ。こんなところにいたら」
「行かなければいけないんだ。お前に指示は受けない」
 ぷいと梓を無視するように歩き出す少女。
 梓はかちんときて思わず叫んだ。
「な、馬鹿野郎、人がせっかく親切でいってるのに!」
 少女は振り向かなかった。幸いなことに、もう後ろの女は声をかけてこなかった。
 少女はざらつくノイズに耐えながら歩き続けた。
――早く…行かなければ
 死んでしまう。
 あいつが…死んでしまう。
 そんなことになったら自分はどうなってしまう?
 きっと生きていられなくなる。
 だから…間に合え。
――死ぬなよ、ユウ


 次回予告

  多くの人間を巻き込んだ争いが終幕を迎える。
  「バックアップは全て消した。もう跡形もないさ」
  許しを請うこともなく、ただひたすらに生きてきた裕。
  そして、再び光がその一帯を包み込んだ。

  Cryptic Writings Chapter 5:The Game is on 第5話『消失』

   もういいよ、いいからこれ以上…苦しまないで


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