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Cryptic Writings 
Chapter:6

  第3話 『神楽』

前回までのあらすじ

  祐也と月島が邂逅する。
  そして、鬼を追う裕は耕一と出会ってしまう。
  すれ違いは奇妙な軋轢を生み、そして争いは終わらない。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 6

主な登場人物

 月島拓也
  初期型『Lycanthrope』を搭載した人間兵器。
  体の約8割が既に置換されてしまっている。

 柳川祐也
  自分の見ていた裕の信号を追う。

 柳川 裕
  既に『狩り』の準備は整っている。

        ―――――――――――――――――――――――

 一瞬で1mもの刃渡りを持つ刃が空を薙いだ。

  ひょう

 鋭い空気の音が彼の耳に伝わる。
 暖かいものが左頬に溜まる。
 再び構える柳川と、十分な間合いをとって耕一は向かい合っていた。
 彼は決して油断して近づいていた訳ではない。
 今、柳川が耕一の姿を見てからも殺気をまき散らせるはずがない。
 少なくとも、彼の知っている柳川なら。
 耕一は獰猛な表情を浮かべて柳川を睨め付ける。
「…お前は誰だ?柳川そっくりな顔しやがって」
 柳川――裕は口元を歪める。
「ほぉ、では俺が柳川である事がそんなに困るのか?」
 口元が切れ上がる。
 耕一も背を丸めて両腕をだらんと下げる。
「俺の名前は柳川 裕。貴様こそ、いったい何者なんだ」
「柏木耕一だ」
 今度は耕一が踏み込む。
 右腕を大きく前から横に開くように振り抜く。
――!
  左上
 耕一は左腕を頭上にかざした。

  どん

 まるで思いっきり体重をかけられたように肘の関節がきしむ。

 滑るような動きで踏み込んだ彼は、素早く腕を外側に回すように斬りかかったが、
それはほんの僅かな動きでかわされ、大きく開いた身体に裕の右腕が襲いかかった。
――早い
 そのため次に対応するのが一瞬遅れた。
 頬にめり込んだ拳の感触に気がついた時には、回りながら後ろに転がっていた。

  がぁはぁあああああああああっっっっ

 聞こえたような気がした。
 地面と空がくるくると巡る。タイミングを合わせて背中で地面を弾いて、かろうじて止まる。
 真横に足で跳ねる。
 入れ替わるようにしてそこへ裕の爪が突き立つ。
 右膝をついて左足を後ろに引き込んだような格好の耕一。

  たん

 左脚が弧を描き、軽い音を立てて両手で地面を弾く。
 耕一の身体がきれいな円弧を描く。
「く」
 左の踵が右の頬をかする。
 前傾して斬りかかったせいで体勢を戻すのが僅かに遅れる。
 ブリッジのような格好の耕一が、強靱な腹筋と背筋で勢いのまま体を縮める。
――食らえっ
 大きく開き、振りかぶられた両腕が隙だらけの裕に襲いかかる。

  にたぁ

 裕の顔に笑みが浮かぶ。
「アレはお前の女か」
 それ以上体を引かず、逆に肩から耕一に向けて体重を加える。
 ちょうどタックルを仕掛けたような格好。
 耕一の手首が裕の首筋にあたり、勢いが殺されてしまう。
 振り抜けなかった勢いと反作用で、身体が地面と平行な位置で止まってしまう。

  ずどん

 脇腹に襲いかかった衝撃に、不自然な方向へ体がくの字に曲がる。
 寝返りを打つように体を右へ捻りながら耕一は倒れる。
 裕はタックルを仕掛けたのではない。体重移動をしただけだ。
 だがそれは、勢いのある重い一撃を加えるには十分だった。
 裕の拳が耕一の脇腹に突き刺さる瞬間、彼の肩が震えた。

  がは

 血の塊を地面に吐き、さらに耕一は体を捻って俯せになる。
「やぁっ」
――苦し紛れだが不意はつけるはず
 右脚を大きく伸ばして、捻るのに合わせて振り抜く。
「フン」
 耕一の右脚は裕の眼前を通っただけで命中しなかった。
 裕は耕一を殴りながら身体を引き起こしていたのだ。
「鬼がそれ程多くいるはずもないからな。…祐也でなくて残念だ」
 裕の目が横に引き延ばされるように鋭く細くなった。
 

 祐也は真後ろのビルの壁に向けて跳躍した。
 鬼の姿が両足を壁に叩きつける。
 きらきらと輝く光の屑が行き場を失って一瞬そこに滞空する。

  甲高い音

 ガラスが彼を中心に爆砕する。
「逃がすかっっ」
 さらにそこから跳躍する祐也を追うように光の欠片が襲いかかる。
 だが影を引きずる姿に追いつくことはない。次々に向かい同士のビルの壁を蹴り上っていく。
 拓也は舌打ちする。
「畜生っ」

  わぁん

 撓む。
 ゴムのように彼の周囲が撓む。
 堅い物質が異常に湾曲し、道路を、ビルの壁を走る。
 柔軟な物質であれば、液体であればそのまますぐ元に戻る。だがコンクリとガラスは違う。
 靱性限界を超えて加わった力により粉々に砕け散る。
 彼の周囲を円を描きながらアスファルトが砕けて抉れていく。
 壁を――ビルの壁を音速で伝わる容赦のない破壊。
 そしてそれは鬼の背中を叩いた。
 まるで宙で何かに背中を叩かれるように体勢を崩す鬼。
「落ぉちぃろぉぉぉっっ」
 さらに月島は容赦なくもう一撃、放った。
 鬼はそれでも勢いを殺さずにビルの壁を突き破って中へと転がり込んだ。
 拓也は舌打ちする。
――追うか…
 奴は気配を読む。
 ビルに入ったが最後、間違いなく取り逃がすだろう。
 むしろ外で見張っていた方がいい。
 観念したようにその場から動かなくなる拓也。
 やがて、周囲に張りつめていた電波も気配を失っていった。

 目覚めたのは薄明かりの中だった。
 電子音が聞こえる、特有の臭いのする場所。
 点滴を引きちぎって床に降り立った時、いくつもの電極が体から引き剥がされた。
 痛い。
 だがそれにかまわず彼は窓に近づいた。
――ゲームだよ。簡単で単純な奴だ
 奴は女を――柏木の女を抱いていた。
――見えるだろう?判るだろう?感じるだろう
 奴は嬉しそうに――なのにやけに冷静な声で、祐也に言った。
――…そうだ、狩りだ。狩りの…時間だ
――狩りのための餌だ
――お前もよくやっていただろう
 強烈な悪意に、一瞬気配が霞んだ。
 そして、最後通告が聞こえて目が覚めた。
――お前が、お前を守ることができるか、全てが滅びるかだ、祐也
 しゃっと高い音を立てて光は窓から射し込んだ。
 もう、十分に明るい。
 何日ぐらいたったのだろう。
 体がぎくしゃくして動きづらい。
 やけに頭ががんがんと痛い。
――…梓、だったな
 脳裏に焼き付いた哀れな姿。
 虚ろな目に僅かに開いた口からは、時折漏れる息以外の音を出そうとしなかった。
 強い娘だ。
 彼は窓の鍵を開け、病院から飛び出した。
 自分の手で奴の始末をつける。
――俺の鬼は、俺でなければ倒せない
 

  じゃり

 床一面に広がった砕けたコンクリとガラスの破片。
 鬼はそれをものともせず踏み砕きながら悠々と歩く。
 こんなところで足止めを喰らっている暇はない。
 彼は扉を抜けて隣の部屋にはいると猛然と駆けだした。
 堅いオフィスの窓をぶち抜いて、さらに跳躍する。
――もっと向こうだ。もっと
 市街地から僅かにはずれた場所。
 人通りも普段から少なく、ほとんど廃墟と化したビル。
 警察でも危険な場所としてパトロールの範囲に入れていたために、詳しくない祐也でも覚えていた。
 そこまで、鬼の脚でも約10分。
――間に合え
 他の『鬼』が騒ぎ始めている。
 裕と、梓と、…これは耕一だ。
 後ろの奴が追ってくるかと思ったが、彼が二つ目のビルの屋上を蹴り飛ばした時には判らなくなった。

  強烈な違和感

 ちょっと待て。俺はこんなに自由に鬼になったのか?
 目が覚めて数時間。自分の記憶が曖昧になっているのだろうか?
 いや、俺はこんなに簡単に鬼にはなれなかったはずだ…
――そうだ思い出せ
 当たり前のように宙に体を舞っても、奇妙な違和感がある。
――お前は狩猟者だ
 混乱しているのだろうか?以前はこんな風に解放された記憶は少ない。
 解放?
 馬鹿な?いや…
 違和感の理由は、これが自分の体と自分の意識だからだ。
 意識を失っていた間の感覚は全て裕の物だ。裕との意識の共有が彼に混乱を与えていた。
 彼は屋上からビルを数回蹴りこんで地面に降り立つ。
 俺は?
 こんなに気軽に…
――そうだ。忘れたのか?
 両手を、ゆっくり自分の顔の前で開いて見る。
 岩よりも堅くゴムのように柔らかい、がさがさした肌。
 金属も引き裂く鋭い爪。
 これは――自分ではない。
「違う」
――何故違う?お前は何度その爪で人間を引き裂いた
 何故?何故だとお?前が俺の中にいた『狩猟者』だろう。
 お前が狩猟者、影だったのだ。
 いい加減にしろ、裕…
――それは嘘だな。お前などと他人行儀な。俺は『裕』ではない
「黙れ」
――確かに俺は眠っていただろう。目が覚めたのは初めて獲物を喰らった時だ
 吉川だ。奴を殺した時だ。
――判らないか?俺は『お前』だ。同族に起こされたが、俺はお前には違いない
「黙れ」
 何故今になって急に…
――急にじゃない。お前が忘れていただけで、俺はいつも『お前』だった
 では何故いきなり俺達はこうして分かれたんだ?
――…簡単なことだ。お前では『鬼』にはなりきれないからだ
――目が覚めたお前と『俺』は鏡の向かい合わせだ。これで初めて『俺達』は完全になれたんだ
 その声が大きく遠ざかった時祐也は人間の姿でそこに立っていた。
 

 容赦なく振り下ろされる脚。
 普通の人間なら、何の抵抗もできず踏み抜かれて砕けて死ぬのだろう。
 殺意が耕一の胸を突き抜けた時、心臓が一度大きく鳴った。
 全身に満ちる力。
 それが脳髄から末端まで、伝わって流れていく。
 血液の粒が感じられるほど敏感に、そして力強い流れが指先にまで到達する。
 急速に狩猟者としての自覚――獣の意識を取り戻していく。
――!
 裕の蹴りは耕一の心臓を踏み砕くことはなかった。
 堅い感触が彼の脚を伝う。
 慌てて蹴った反動で脚を引き戻す。
 耕一の両手が恐ろしい速度で裕の足首に巻き付こうとした、が、それは空を切った。

  ばん

 爆発するような音がして、耕一の体が弾け起きる。
「そうか」
 裕の表情が愉悦に歪んでいる。
「そうなのか、柏木…柏木耕平の血を引く者か」
 耕一は答えずにただ両腕をだらりと下げて裕の様子を見る。
「お前も狩猟者か」
 両者の間の空間が、殺気に満ちる。
 満ちた殺気が緊張とは全く別の空気を生み出す。
 常人ならばすぐにでも逃げ出したくなる空気。
 獣の、気配。
「違う」
 即座に彼は否定する。
 俺は狩猟者などではない。
「フン、正直ではないな」

  めき

 裕の両手の指が音を立てる。
「では身体に聞くとしよう」
 空気が粘着力を持つ領域。
 素早さがある程度を越えると、絶対的に力が必要になる。
 早くなればなるほど幾何級数的に増加する抵抗に、力と釣り合った時点で速度は一定になる。
――くっ
 鬼とはいえ時間的感覚は普通の人間と変わらない。
 感覚が加速するなら別だが、そんなレベルの速度で走る拳など目に映るはずがない。
 それをよけたり受け止めたりできるのは何故か。
「どうした」
 右フック。
 左からの袈裟懸け。
 胴回し回転蹴り。
 側頭部を狙う鋭い蹴り。
 脚払い。
 それら全てが恐ろしい速度で襲いかかる。
 その際に。
 一瞬先に、感覚を刺激するものがある。
 それが耕一の身体を一瞬早く退けさせる。
 どう対応するのか、ほんの一瞬早く身体が動いてくれる。
 本能のように。
「くっ」
 詰まるような声を出して必死に右の爪で斬りかかる。

  がん

 だがそれも、あっさりと裕は左腕を外側に開くようにして受け止める。
「ふん。甘いな」
 耕一は裕の蹴りを飛び退いて避け、大きく間合いを取り直した。
 僅かに冷や汗が額を伝い、殺気に心臓が急激に収縮する。
「自覚のない者に、勝ち目はないぞ」

 耕一は荒い息を吐く。
 息が詰まる程の殺気に彼は神経をすり減らすのを感じている。
「柳川っ」
 また鬼の意識に呑まれたのか?
 耕一は初めて鬼と対峙した日の事を思い出しながら構える。
 無謀な獣。
 あの時の柳川はまさにそうだった。
 自分の命を省みず、狂わされたように無為に暴れていたようだった。
――何故…
 二度目だからだろうか?
 あの時の柳川に比べると僅かに違うような気がする。
 自分の力すら理解せず、鬼の血、狩猟者という得体の知れない力に振り回されていたのかも知れない。
 それが今は理性的、いや自らを知り尽くした、そんな感じだ。
「何だ?耕一」
 口元をつり上げて笑う裕。
 完全な鬼との一体化。
 分裂していない迷いのない意識は、迷いを――自分に対する否定を持つ者よりも強い。
「…違うな」
 耕一は眉を顰める。
 裕は両腕を大きく広げ、蔑んだような目を耕一に向けている。
「違う。自覚がないだけだ。自分の中にある殺意の衝動が自分の物である自信がないだけだ。
 それが己の『倫理観』や『道徳心』に相反する癖に、明らかに自分の中にあるから否定してしまう。
 そして…気がつくと自分の中にもう一人『鬼』という人格を組み立ててしまう。
 所詮それが合わせ鏡だと言うことに気がつかずに」
 そして悔しいのか、口元を歪めた。
「お前は判らないのか?自分の中に『もう一人』を見つけることすらできない出来損ないが」
 裕の姿が、耕一の前で霞んだ。
――出来損ないじゃない
 逆に耕一も踏み込んで間合いを詰める。

 水門での出来事の時、彼はその衝動を押さえ込んだ。
 自らの記憶を失うことで、その衝動を否定した。
 自分は普通の感情があり、その衝動は一時的な迷いだったと。
 しかし、本当はそうではなかったのではないだろうか。
――もしかして…気がつかなかっただけで…
 もう既に鬼に呑まれていたのか?

  どくん

 逆に鬼を飲み込んだのか?

  どくん

 耕一は身体の中でひしめき合う衝動の均衡を、

  おおおおおおおおおおおっっっっっっっっっ

 破った。

「…フン」
 出来損ないの癖に、がたいだけは一人前に。
 彼の目の前で耕一が全身を軋ませる。
 膨張する身体に、筋肉の繊維が絡まり合っていく。
 見る間に倍以上の体躯になる彼を、ただ見つめていた。
 裕は全身の筋肉をめきりと音を立てただけで、ほとんど姿を変えなかった。
 僅かに周囲に満ちた空気の色が変化しただけだ。

  ずどん

 耕一の拳がアスファルトを抉った。
 鬼の岩のような肌でも、触れることができなければ裕のスーツには傷一つつけられない。
 彼は僅かに身体を動かしてその動きを見切っていた。
 本格的に戦闘訓練を受けた経験が、素人の『狩り』と差を作っていた。
「やっと本気になったか」

  にいっ

 彼は『拘束をはずす』のではなく、『無造作に』狩りの体勢に入る。
 スーツが弾け、その下から盛り上がる筋肉。
 あっという間にその姿が異形の化け物になる。

 ぐるぅうううううあああああああっっっっっっ

 そこには二匹の化け物が叫び声をあげて向かい合っていた。



 次回予告

  「過去に鬼を滅ぼした次郎衛門は、『鬼』になった訳ではない」
  鬼の血と真の鬼。
  元の姿に戻る耕一に振りかぶる鬼の爪。
  そして、血飛沫。

  Cryptic Writings Chapter 5:The Game is on 第4話『白拍子』

   御期待下さい。

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