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Cryptic Writings 
Chapter:6

  第2話 『囃子』

前回までのあらすじ

  捕らわれの身の梓。
  神の雷が思わぬ襲撃に反撃する間、裕の猟奇的な所行が行われる。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 6

主な登場人物

 月島拓也
  暴走は止まったが、その能力が消えたわけではない。
  むしろ安心して力を使えるようになったため、以前よりも危険。

 柳川祐也
  現在精神病棟にて治療中。

 柳川 裕
  梓を拉致監禁、好き勝手いたぶって欲求を満たしている。
  決して楽しんでいるわけではない。

        ―――――――――――――――――――――――
 

 神社から流れてくる、祭りの気配。
 風に乗る囃子に添えて、僅かに紅潮する身体。
 隆山の祭りは初夏と秋に行われる。
――今日は本番かな
 隆山の祭りは通常『祀り』である。
 他の地方ではその風習が消えつつあるものの、『儀式』めいた行動は残っている。
 盆踊りの『練習』などがそうだ。
 別に、練習するほど難しいものをわざわざ楽しむ必要はないだろう。
 それぞれに意味のある内容を、意味のある形にして儀式として成り立たせる。
 少なくとも隆山ではまだその『意味』を知る者が多い。
 隆山の経済のほとんどを牛耳る柏木家の人間が、その儀式を執り行っているからだ。

 それは――過去に起きた出来事。

 真実を知る者こそ少なかれど、それは事実。
「あのね、昔にお侍様が守ったんだよ」
「次郎衛門の昔話だよね、誰だって知ってるよ」
「桃太郎よりも現実味あるから」
 祭りの、いや『祀り』の当事者である次郎衛門の名前を知らない者ももちろんいない。
 もちろん、その『祀り』に意味があるのかどうか。
 元を辿れば次郎衛門のための祀りではなかったとも言われている。
 彼が始め、やがて彼の部下が行っていた祭りが続いているとも言われている。
――今年は千鶴姉だったよなぁ
 今それを大きく取り仕切っているのは、隆山温泉の組合であり、毎年持ち回りで仕切っている。

 囃子が、聞こえる。

――全く、ドジでのろまな亀姉、毎回失敗してるから
 しかし、事実と真実の間に如実に横たわるそれは――虚実。
 そしてその虚実を作るのは、自分自身。
 どこからどこまでを信じるか――どこからどこまでが現実であると把握するかが、境目になる。
――今年は耕一は来るのかな
 彼は毎年来ている訳ではないし、別に…来て欲しい訳でもない。
 でも、来るのであれば準備をしなければ。
 食事だって増えるし、それに酒も。

――準備…しとかなきゃ
 

 自分の妹から伝わった情報によれば、『敵』がいるとの事。
 『梓』が見つかった、ではない。
――敵…か
 彼女の語調から彼が想像したのは間違いなく敵。
 突如全身を走った稲妻は、彼の感情そのものだったのかも知れない。
――まだ生きているんだな
 怒りとは別の感情。
 それでも、それは非情なまでに残酷で耐え難い衝動。
 殺意などと簡単に表現してしまうとそれも単純でチープに聞こえるだろう。
 だが、人間の意志は所詮、その程度の物に過ぎないのだ。
 瑠璃子が示した場所は、新しい戦闘の痕でコンクリートの粉臭い匂いに包まれていた。
 すでに金属も、硝煙もその臭いを捨て去っている。
 ただひたすらその痕だけを匂わせている。
 もう銃声も、遠い。

  じゃり

 足音がやけに響く。
 何もない…何の抵抗もない者を縛り付けるように、彼は地面を踏みしめている。
 ポケットに手を入れたまま。
 それ程広くない道路に囲まれた古い、いつ取り壊されるのか判らないビル。
「何だお前は」

  ぞく

 声が後ろから聞こえた。
 背後から気配がする。金属的な冷たさと異常な堅さ。
 緊張した空気の震えに混じるこれは――殺気。
「…まだ生きていたのか」
 月島の言葉に、男は眉の間に深い皺を刻む。
 拓也はぎりぎりという歯ぎしりの音を聞きながら、真後ろの気配を読んでいる。
――いつ後ろから近づいてきたんだ
 今確かに気配はするのに。
「何の話だ」
 振り返れない。
 指一本どころか、皮膚を引きつらせることすらできない。
 動けば、その隙につけ込まれてしまう。
「お前は人間ではないんだろう」

  じゃり

 一歩近づいた。
 拓也の額にゆっくり冷や汗が浮かぶ。
 これ以上耐えられる自信はない。
 左側から足音が自分の周りを回り、拓也の視界に男が現れる。
 だぶついた黒いYシャツ。整えれば十分に格好の良い頭も、乱れるままにしている。
 眼鏡の向こうの何かに飢えた目、異様に漲った気力。そのくせ奥に潜む冷たい光は冷静な物を感じさせる。
「――!貴様」
 『神の雷』の特殊部隊『Lycanthrope』に所属していた『喰らう者』拓也に『切り裂く者』裕。
 部隊としての戦闘能力の低さは、「その用途次第」という異常者の集団。
 個人戦闘能力だけを見れば彼らに敵う者はいない。
「誰のせいで我々が日本に派遣されたと思っている」
「…そうか…誰かと思っていたが」

  驚愕すら忘れたかのように固まる柳川。

 月島の体は柳川の懐に、既に拳が引き絞られた体勢で潜り込んでいた。
 拳の周囲が僅かに歪む。A兵器『Lycanthrope』を叩きつけるのだ。
「っ」
 振り抜かれる拳は、しかし完全に宙を切る。
 柳川は弾けるように後ろへ飛び退いていた。
 だが拓也の表情は何故か腑に落ちないものを感じていた。
――何だ?
 人間を遙かに上回る瞬発力で一気に後ろへ下がる柳川は明らかに『今のが見えていた』。
 しかも、『怯えていた』。
――…まさか
 『A兵器』を感覚的に捉えることのできるのは、宿主でなければならない。
――こいつも
 彼の体反応のよさは『同類』の見せるものではないし、同じ匂いもしない。
 まさか。
 拓也はそれを否定して僅かに離れた柳川にもう一度照準を合わせた。
 

 しばらく時間を遡る。
 拓也は病院に向かって歩いていた。
「柳川を助けてやってくれ」
 いつの間にか拓也が治療する事になっていた。
 別に、それが嫌なわけではない。瑠璃子が喜んでくれるのなら。
 僅かに反発はあった。
 それは――助ける相手が『耕一』と同じであると言う事。
 助ける相手が自分の一番嫌いな――『Lycanthrope』だと言うその事実には多少苛ついた。
「違う」
 耕一は否定した。
 ああ、確かにそうだろう。
 拓也はこの大学生と話をしていてすぐに解った。
――人間ではないが
 『彼ら』は、通常先天的に脳の異常を持つために通常の生活を営む事はできない。
 また、その思考力にも問題がある。
 IQがずば抜けて高い場合もあるが、大抵の場合話にならない程常識が欠如していたりする。
 それが感じられない。
 だから、従うことにしたのだ。
 それにその柳川という男にも興味がない訳ではなかった。
 何故なら、男の症状は「電波」によるものに酷似していたからだ。
 話に聞くだけでは断言できないが。
 何にしても警察病院へ向かう。指定された場所には隔離施設がある病院があった。
――結局梓とかいう娘には会えなかったが…
 ともかく、主の目的ぐらいは果たしておこう。
 拓也が受付で祐也の名前を出すとゆっくりと彼女は首を振る。
「面会謝絶です」
 まぁそうだろう。
 関係者以外立入禁止、とか。
 予想していた展開だけに彼は別段驚きもしなかった。
 だから予定通りの答えを彼女に渡す。
「実は長瀬警部に頼まれまして、届け物を持ってきたんですけどね」
 回りくどい。そうは思ったが今電波を使う気にだけはなれない。
 彼女はその名前を聞いてああ、と気がついたような顔をする。
 そして素直に病室とそこまでの道のりを教えてくれる。
「ありがとう」
 拓也は笑みを浮かべて答えて、彼女の言うとおりに歩き始めた。

 ふと廊下で大声を出している非常識者がいた。
 嫌でも耳につく声。
「だから、あれはロボットだっていってるんだっ、マルチはロボットなんだよ」
 何だあの男は。
 彼の物言いがかんに障るのもあるが、その表情がそれをますます増幅しているらしい。
 看護婦を捕まえて、恥も外聞もなく叫ぶ男。
 正しさの強要。
 いや、果たして本当にそれが正しいのかどうか、それすら判らないと言うのに。
 拓也は冷たい視線を向けるだけ向けると、即座にそこを立ち去った。

 以外に警察病院――特に精神病棟は、一般の病棟と変わらない雰囲気を出している。
 しかし、そこに溢れかえる『想い』は全く別物だ。
 人気のない廊下に、空気がまるで重量を持ったように横たわる。
 こんな時、彼は人間でよかったと思う。
 人間だからこそ、何もないはずのこの場所で、人の想いを感じる事ができる。
 気持ちが――いい。
 知らず彼は微笑んでいた。
 まだ自分が人間でいられる事を喜んで。
「誰だ?」
 声がした。
 呼びかけられた、のかも知れない。
 そうだろう、ここに来る一般の人間などたかが知れている。
 医者か看護婦でないなら、お前は誰だ。彼はそういう目つきで拓也を見ている。
 ふと拓也は既視感に捕らわれた。誰かに――そうだ、長瀬源五郎によく似ているんだ。
「…耕一さんからの使いで、月島拓也と言います」
 一度ぺこりと礼をすると、彼はぎこちない笑みを浮かべる。
「長瀬警部ですね?」
 だってそっくりじゃないか。
 驚いた顔をする彼に思わずほくそ笑む。
「で、何の用ですかな?」
 拓也はふむ、と僅かに笑みを浮かべてポケットに手を入れた。
――くえない男だ
 性格までそっくりだ。
 彼は笑みを浮かべ――笑っていなくても地なのだが――続ける。
「柳川さんの治療にあたります。…若干、そう言った知識があって」
 くく、と面白そうに笑う長瀬。
「…それなら一足遅かったさ。柳川だったら、消えた」
「は?」
 長瀬は自分の鼻の根本をつまんでううんとうなる。
「分からんが、部屋からいなくなったんだ」
 

 瑠璃子は一瞬足を止めた。
「瑠璃子さん?」
「…急ごう」
 もう戦闘は始まっている。
 間合はつかず離れず、ぎりぎりの距離でお互いの命を削る刃を繰り出す。
――近寄れない
 柳川は鬼の爪をぎりぎり伸ばして斬りかかっても、触れる端からそれは崩れていく。
 拓也の周囲に僅かに帯電した空間。
 柳川にはそれが周囲より『明るく』感じられる。
 勘が危険だと告げる。
 時折視界にノイズが走る。
 受信状態がおかしいテレビのような視界に、糸目で痩身の男が映っている。
――こいつのせいで
「あいつはどうした」

  ふぉん

 音が迫る。
 横に滑るようにして避ける柳川。
「あいつ?」
「貴様の側にいたメイドロボのことだ」

  どくん

 心臓が高鳴る。
 早鐘のように打ち鳴らされ、全身の血液が逆流する。
「彼奴は…壊れた」
 指先が震える。
 急に周囲の気温が下がっていく。
「壊れた?」
 そうだ。もう壊れてしまったのだ。
 奴は。
 知らず、口元に笑みが浮かぶ。月島は柳川の様子に気がついているのかいないのか、笑い声を漏らす。
「昨日のアレか?は…はははは。そうか、アレで」
 拓也の言葉を聞きながら、柳川は拳を握りしめる。
 彼の来ている黒いYシャツが大きくはためく。
「あとはお前を始末するだけだな、柳川」
 拓也の周囲が僅かに発光する。
 先程柳川の側を通ったのはこの球雷のような放電だろう。
 ただし、ただの球雷ではない。A兵器が放出された塊なのだ。
「『我々』を裏切ったのだ。いや…そんなことはどうでもいい。瑠璃子のために死んでもらう」
 薄く開かれた糸目。
 その奥に覗く、濁って奥を見通すことのできない瞳。
 それが燐光を放っているように見える。
「待て、俺はその『柳川』ではない。そもそも俺はお前など知らない」
 彼は自分の顔の前にある眼鏡を中指で押し上げて、獣をむき出しにした目で睨み付ける。
「敵対すると言うのであれば、手加減はしないが」
――ゲームだよ
 小さな小さなおもちゃさ。
 スイッチを入れてみな?
 その途端、お前は向こう側に行っちまうのさ。
――これはゲームさ。単純で簡単なやつだ
 俺が生きるか、お前が生きるか。
 違う。どちらが死ぬかだ。
 いやそれも違う。
「今お前と争っている暇などない」
 こんな事をしている内に、梓は手遅れになる。
 弱々しい彼女の信号は、あの隆山で『幽鬼』に襲われた時とは別人のようだ。
「悪いな」
 祐也は一気に自分の中の鬼を解放した。
 
 ずん、と極低音が耳よりも体に響く。
 拓也は自分の目の前にいる黒いYシャツの男が完全な『獣人』に姿を変えるのに顔を歪めた。
 その表情は驚きではなく、当然の事のように怒りを露わにした笑いだった。
「五月蠅い!貴様らのような存在があったから瑠璃子は…俺の父親はっ」
 彼の周囲が霞み光の破片が舞う。
 Å単位の機械が目に映る程にまで放出されている。もちろん『彼女』程ではないのだが。
「自分の研究に狂ったんだ!」

  轟!

 それがまるで紙吹雪のように、鬼に襲いかかった。
 

 僅かな偶然だった。
 本当に僅かに、間違っていた。
――…まさか
 一人の鬼を彼は見つけた。
 梓ではない。もっと強く、もっと兇悪な気配。
 禍々しさだけなら「あの事件」の柳川と変わらないだろう。
 耕一は舌打ちする。
――まだ他にこんな濃い血を持つ人間がいるのか?
 馬鹿な。
 だが柳川の例もある。決して否定はできない。
 しかも、鋭く堅い意志がこちらに向かっている。
 間違いなく自分を標的として狙っている。
 逃すつもりはないらしい。
――はん…
 少なくとも最近奇妙な殺人事件を聞いた覚えはない。
 最近覚醒した者ではないなら、隆山から追ってきたのか?

  ざっ

 気配はアスファルトの上でゴムの焼ける匂いを残して止まる。
 角から姿を現すと耕一は自らの鬼気を解放する。
「っ、と?」
 そして男の方を向いた時、彼は間抜けな声を上げた。
「や、柳川?」
 ラフなスーツで、眼鏡もかけていないが確かに柳川だ。
 彼の方も奇妙に眉を顰めている。
「なんだよ、柳川だったのか。脅かしやがって」
 肩をすくめて見せて、彼はゆっくり彼に近づいていく。
「…」
「どうした?眼鏡は?」
 だが柳川の不振そうな目は拭われない。
「誰だお前は」
 そう呟いた直後、彼の姿が残像に変わった。
 
 

 次回予告

  敵を見失いすれ違う拓也達。
  ――そうだ思い出せ
  どこからどこまでが嘘で、真実なのか。
  祐也の中で響く声。

  Cryptic Writings Chapter 5:The Game is on 第3話『神楽』

   そうなのか、柏木…柏木耕平の血を引く者か

        ―――――――――――――――――――――――


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