×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

戻る

Cryptic Writings 
Chapter:6

  第1話 『御伽話』

前回までのあらすじ

  東京駅へ向かう途中、裕に襲われて捕らえられる梓。
  まだ生き残っていた…

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 6

主な登場人物

 柳川 裕
  鬼。祐也の双子で『狩猟者』としての性格を持つ。
  一時期祐也の中でもう一人の性格を装って殺戮の限りを尽くした。

 柏木 梓
  裕に連れ浚われた『餌』。
  大体想像通りの展開に巻き込まれ…

        ―――――――――――――――――――――――



chapter 6:The Game is on

 かつて、古の民が畏れ敬った神々。
 暴風、地震、噴火などの自然災害は言うに及ばす、彼らに利を与える豊饒の大地も、彼らは敬った。
 いつしかその想いが生み出したものが、物語となって語られている。
 彼らが感じた想い、声、風、そして命。
 「神」と呼ばれた者。自然、そして季節。
 それらを言葉に、絵に、後世に残すために。

「…それが御伽話だ」
 暗闇の部屋。
 何もない、ただの真四角の部屋。
 コンクリートの埃っぽい匂いが鼻につく。僅かに肌寒い。
 陰が動くと、その後ろから光の塊が目に飛び込んできた。
 後ろ手に縛られた針金が動く度に締まる。
「それがどうかしたのよ」
 強気な声が響いた。
 男の背から投げかけられた朝の日差しに照らされて、梓が部屋の中に浮かび上がる。
 梓の前にはカジュアルスーツ姿の柳川がいる。
 彼女は冷たいコンクリートの床に両足を揃えて座り込んでいる。
――活きが良い方がいい。それだけ持ちがいいからな
 捕まえてきた女が以外に気が強そうなのを見て、僅かに笑みを浮かべる。
 同じ顔をしているのに、隆山で助けて貰った時の顔とは明らかに違う。
 梓は違和感を覚えた。
――『鬼』じゃ…ない
 彼女はその嗜虐的な笑みが鬼の物に感じられなかった。
 むしろそれが――そう、皮肉なことに――一層人間らしい表情のように感じられた。
 柳川はそんなことを気にもとめずに続ける。
「現実の中に非現実を見いだしたのだ」
「でもそれは、過去の人にとっては現実だった」
 彼女の答えに柳川は眉を顰め、一歩彼女の側に近寄る。
 梓は思わず身を引いた。

 血臭。

 僅かであるが、彼のスーツから血の臭いがしたからだ。
 血の臭いは初めてではないと言っても、ここまで猟奇的な薫りは初めてだった。
 見下ろす柳川の表情のせいだろうか?
 梓はそれでも強気な姿勢を崩そうとせず、続ける。
「じゃあ伽って知ってる?千夜一夜と同じで…」

  ばん

 梓の左頬に重み。
  遅れて来た激痛に呻き声を上げる。
 エナメルの黒い靴で梓の頭をコンクリートの床に押しつけている。
 柳川の――裕の表情が憎々しげに変わる。
「黙れ」
 彼が体重をかける度に頭蓋が嫌な音を立てる。
 最初こそ呻いたものの、それ以上体重をかけても彼女はうんともすんとも言わなかった。
――応えてやるものか
 想像を絶する痛みのなかで、彼女は強がっていた。
 踏みにじるのではなく、裕はただ純粋に体重をかけていた。
 それが無限大に強まるような錯覚を覚えても、梓はなにも言わなかった。
 彼女の強がりに気がついたのか、裕は足を彼女の頭からどける。
 無惨な靴跡が頬に刻まれている。
 やがて、上から声が聞こえた。
「…非現実だったからこそ、『面白かった』」
 どうやら話の続きらしい。
 彼女の目の前で踵が返り、一歩彼女から離れる。
 梓は右肩で体を弾くようにして体を起こす。
 窓の逆光に映える裕の背中だけが黒く切り取ったように見える。
 まるで意図してそこだけ強調したかのように。
「彼らにとっての現実は、現実であるべきではない」
 やがてその陰は手をポケットに入れて振り向いた。
 僅かに沈黙が部屋を支配する。
 裕の視線は動かず、ただじっと梓に向けられている。
「…何が言いたいの」
 視線に耐えきれなくなって梓はこぼした。
「さぁな」
 だが、裕はつまらない物を見る視線で梓を舐めた後、それだけ答えた。
 

 耕一達は梓の姿を追っていた。
 祐介、瑠璃子と耕一、そして月島の3手に分かれて広い範囲を下っていた。
 初めは気にもとめていなかったが、気になった耕一が気配を探って初めて気がついたのだ。
 近くに梓がいないことに。
「糞」
 道を辿れば会えると踏んでいたのが間違いだったのか?
 耕一は感覚を全開にして梓の居所を探っている。
 それなのに、こちらに向かっているはずの梓が見つからないのだ。
 昨晩から歩きづめだとして、もう十分近くにいるはずなのに。
「っ」
 耕一は足を止めた。
 彼の目に梓が乗っていた自転車が目に入ったのだ。
 他に放置された自転車もあるが、それはペダルが踏み折られている。
 よく見れば破断面の荒さが目立つのがわかる。無理矢理引きちぎったような折れ方だ。
 それに――血が僅かに付着している。
――これは
 眉を顰める。
 どう考えてもこれは襲われた壊れ方とは思えない。
 すぐに彼は梓が自分の力で壊したことを悟る。
――…馬鹿力…
 耕一は歯ぎしりする。
 自転車に負担がかかりすぎたのは確かだが、だからといって引き返した訳ではないだろう。
 他にどこに行くというのだ?
 それに気がついた耕一は苦々しい表情で自転車を見つめる。
――畜生

 人影、敵はもう数少ない。
 理由はわからないが、祐介が何とかしている訳ではないと言っていた。
『今は全く意志を感じません』
 彼の言葉を信じるのだとすれば、何か事故があって急にそれが停止したのだろう。
 理由は昨夜の『天使の輪』のせいらしい。

  ちり  ちりちり

 耕一の脳髄をかける嫌な感触。
 何かが頭の皮膚の下を這い回るようなそれと同時に、何かが聞こえてくる。
『耕一さん』
 強制的に祐介の姿が視界に割り込んでくる。
――話には聞いていたんだが
 現実に見えている訳ではなく、まさに幻が頭に浮かんでいる感じだ。
 彼の頭では説明されても訳が解らなかったが、実際に体験して理解することはできた。
 鬼の信号化された会話によく似ていると。
『急いだ方が良さそうです。メイドロボの方が動き始めました』
――どうしたんだ?
 しかし、大きな違いは相手が鬼ではないこと。
 だから一方的に受信することしかできない。何度呼びかけても所詮、それは独り言にしかならない。
『…どうかしましたか?』
 会話にならなくても感情は伝わるようだ。
 動揺の気配だけが伝わってきて、祐介は思わずそれに応えてしまった。
 すぐにそれがかき消される。
 祐介はため息をついて、連絡するためのナノマシンを切り離した。

 簡単で有名な計算がある。
 一分に一回細胞分裂をすると、一時間でいくつになるだろうか?
 15分で3万を越え、30分を越えると10億を越え、一時間で11京5千兆を越えてしまう。
 これは単純に幾何級数的に増えるように計算した場合だから、実際にはここまで増えることはない。
 材料が尽きた時点で細胞は死滅を始めるので『一時間では0こ』という答えもあり得る。
 バランスのとれているうちは良いのだ。僅かに減り、僅かに増える程度であれば。
 目に見えて増減はなくとも、減ることがなくそれは一定に保たれる。
――いつか喰われてしまうのではないだろうか
 だがほんの僅かでもその均衡が崩れた場合、もう止めることはできない。

 万能のような力は、決してそうではないのだ。

 ナノマシンの技術そのものも、そこに欠陥があった。
 自己増殖能力をどれだけ賦与するかによっては毒にしかならない場合だってある。
 『Lycanthrope』開発初期、その思想は『不老不死』そのものだったとも言われている。
 

 果たしてどちらが先に手を出したのだろうか。
 マルチ型達は自分の主人とは違いHaloの中でも動くことができた。
 ただし命令は全く受け付けず、『人間』に対して攻撃を始めたのだ。
 銃声が鳴り響き、血煙が走る。
 戦闘が開始された刻、両者はそれを考える暇などなかっただろう。
 完全な伏撃。
 自分の味方だと思っていた『物』が本当の敵だった。
 『神の雷』の背後から、依頼主が斬りかかってきたのだ。
 彼らの持っていた兵器についても同様だった。
 コンピュータ化されているものは暴発し、機械制御された部品は謎の沈黙を続けた。
 通信機によるLANはむろん何の役にも立たず、あちこちで孤立化した部隊が勝てない戦いを繰り広げていた。
 とは言っても実際に戦闘能力を持っているのは指揮官用端末のみという状態ではそれは一方的な殺戮にすぎない。
 銃声にあわせて踊る飛沫は紅く、白い単分子繊維のドレスがじんわりと染まっていく。
 やがて鮮やかな色があせ始めるとぼろぼろと粉になって黒く崩れる。
 ぬめる朱を引きずるようにドレスが元のワイヤの姿に変わる。
 紅い糸を引きながら舞う不可視の刃。
 飛来する銃弾をも切り裂き、細かくなった銃弾は皮膚を破り肉を破裂させる。

 地獄絵図はあちこちで――包囲した格好の『神の雷』が無差別に襲いかかる敵に対して――広がっていた。
 小銃の起こす甲高い悲鳴に、柔らかい液体の鳴き声と空気の金切り声。
 加えて、耐え難い衝動の波に意識が埋没しそうになる。

  がくん

 体がばね仕掛けのように跳ねる。
 それでも無理矢理歯を食いしばって喉を漏れる空気を押さえ込む。
 ここが、現実であることを忘れさせる。
 手首が引きちぎれそうな痛みと、乱暴に頭を掴む男の手。
 男が何かを叫んでいる。
 すべてが非現実。
 その総てはもう、白い世界の中にいる彼女には届かない。
 時間の流れも解らなくなる。
 ただ意識がそこに漂っている。
 暗い空間の中でもつれ合う姿も、彼女にとってはテレビの向こうの世界のように。
 痛い。
 男が梓の顔を真横に平手ではたいた。
 痛い。
 額を鷲掴みにして床にたたき付けた。
 痛い。
 それでも、男の行動との――目の前の映像との接点が見つからない。
 もしそれを見つけたなら彼女は、死んでしまうかもしれない。
――あたまがやけにいたい
 生臭い臭いもする。
 髪の毛がべたべたと粘る。
――助けて…
 やがて麻痺しきった意識が先に折れた。
 永遠に続きそうな地獄の中に光が差すように、彼女は現実に引き戻される。
 全身の感覚が戻ってくるように、先刻までの映像と自分の接点が思い出される。
「もっと楽しめ」
 柳川が言葉をこぼし、何かが口の中に無理矢理ねじ込まれる。
――耕一…
 そして再び自らの現実に、白濁した意識に逃避しようとする。
 

   タスケテ コウイチ
 

――っ!!
 白濁した白い意識が彼の中を駆け抜けた。
 その瞬間、危険な兆候を感じて彼は意識が現れた方向に目を向ける。
 駅から程近いが、今いる場所からだと方向は全く逆になる。
――耕一さんから遠すぎる
 しかし、一瞬の躊躇でしかなかった。
「長瀬ちゃん」
「判ってる」
 瑠璃子の声に答えながら祐介は地面を蹴った。
 今この近辺でまともな精神を持っている『生者』はいない。
 悲鳴を上げる事すらできない人間が今のような切実な思いを吐露するはずがない。
――危険だ
 ただし、それは非常に危険な事だった。
 正気と狂気の境。
 境目は非常に曖昧で、そこにとどまる時間もほんの僅かに過ぎない。
 いつ、どちらに転ぶのかそれすら予想だにしない。
「お兄ちゃんには連絡したよ」
 無言でうなずき、足を速めた。
 拓也と祐介の今の位置からならほとんど同時につくはずだ。
――無事でいてくださいっ

 ここは狭すぎる。
 裕は壊れた窓から階下を見下ろしている。
 ほんの一日でゴーストタウンと化した東京。
 あちこちで続く銃撃戦も半日と持たないだろう。
 『神の雷』も表舞台に出ないためにもすぐに退くはずだ。
――フン
 過去に東京が完全に機能停止するSFがあったことを思い出して笑う。
 今、恐らく日本のどこにいても同じ状況かもしれない。
――俺は狩猟者だ
 滅ぼすか、滅びるか。
 どうせ、近い未来に選択しなければならなかったことだ。
 ただ、今は側に立つものがいない。
 今考えるとどうして彼女は人間を滅ぼそうとしていたのだろう。
――…何か、相容れないところがあったのだろうか
 自分と比べて、似ている部分があることは知っていた。
 何も残されていない。
 何も残すことができない。
 捕食者と獲物との差。
 彼女にもその考えがあったのだろうか。
 今更聞く事のできない答えに、彼はただ唇をかみしめるだけだった。

 僅かに彼は後ろに目を向けた。
 斜めに差しこんだ光が白い肌を浮かび上がらせている。
 まるでそこだけ切り取ったように。
――…こいつも『鬼』だな
 血の匂いがする。
 それも濃く強い匂いだ。この女は他の誰よりも純粋に近い。
 あんまり抵抗するので頭蓋を叩きつけたが、出血の割に死の色は見えない。
「目が覚めているか?」
 呼吸音はするが、彼の言葉に反応はしない。眠っているのか、さもなければもう返事もできないのか。
 目はうつろで生気を湛えていない。冷たいコンクリートに素肌で横たわっているにも関わらず、動こうともしない。
――くだらんな
 裕は面白くなくなって再び背を向ける。
 こんなに――下らなかったのか?
 その自問自答に彼は自嘲の笑みを浮かべて再び窓から外を見下ろした。
「こんなものでは退屈すら凌げんぞ」
 誰に呟くともない言葉。
 狩猟者ではなく、『人間』ですらない彼らだけが唯一の『敵』だ。
――…早く来い。…さもなければ、面白くなさ過ぎる。聞いているんだろう、裕也
 彼は眼鏡に指をかけ、勢いよくそれを窓から投げ捨てた。
 激しい突風が一瞬それをさらい、やがて細かな砕ける音が響いた。

 次回予告

  警察病院に向かう拓也。
  「誰のせいで我々が日本に派遣されたと思っている」
  行方不明の柳川に、背後から迫る男。
  僅かな衝突が再び波紋を描く。

  Cryptic Writings Chapter 5:The Game is on 第2話『囃子』

   敵対すると言うのであれば、手加減はしないが

        ―――――――――――――――――――――――


back top next index