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Cryptic Writings 
Chapter:5

  第5話 『暴走』

前回までのあらすじ

  柳川が入院したという報せを聞いた耕一達に、襲いかかる月島拓也。
  しかしそれは香奈子だった。
  完全に暴走している事に気がついた祐介は急いで前進する。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 5

主な登場人物

 柏木耕一
  今回、ほとんどいいところなし。現在タクシーの代わり。

 長瀬祐介
  生体兵器『Lycanthrope』。

 月島瑠璃子
  拓也の妹で、恐らく祐介の恋人ではないか。
  実ははっきりしない。

 月島拓也
  『Lycanthrope』の犠牲者。

 柳川 裕
  狩猟者。僅かに自分の存在意義を疑い始めている。

 マルチ型(月島)
  どうやら感情が生まれ始めたらしい。
  但し自分が何者で何をしたいのかは自覚できていない。
 

        ―――――――――――――――――――――――
 

 警備の厳重さから、この先に奴がいるのは判っている。
 拓也はびりびりと感じる先の気配を追って道路を歩く。
 既にもう何人もの『人間』も、『ロボット』も通り過ぎていった。
 彼らには『見えない』からだ。
 彼らの目に映っているわけではないからだ。
 それが、電波だ。
 

 部屋の外にでた。
 がたん、と簡単な音を立てて扉は閉まる。
「え…ええ、そうです。ああ、携帯だからですよ」
 大志はPHS程の小さな携帯電話で話す。
 眼鏡の奥に隠れる光。
「なに。『枝』を付けても大丈夫ですよ。わざわざ計ったように自分の側にいないと判らない程指向性の高い奴です」
 普通のPHSではない。
 つと顔を上げると、すぐ側にセリオが立っている。
「…ええ。…ああ、はい。まぁ、『Lycabthrope』の方は上手くやりますよ」
 彼が持っているPHSは本来の電話回線を『複数』同時に割り込み、データをランダムに分散させてあるサーバへと送る。
 サーバは強制的に割り込みをかけて次々にデータを送り、最終的に電話の主に伝えるようになっている。
――この声を聞くことができる人間は側にいる人間か、同じシステムを持った者だけ
 特殊な秘匿通話用電話だ。
「なに、もう連絡はついています。暴走した方は押さえましたよ」
 大志の顔が若干皮肉ったものになる。
 冷徹な表情。
「それに良いデータが手にはいるかも知れないですよ。『Lycanthrope』…そう、A兵器の方です。
 月島博士ない今、実験体からの生データしかないですからねぇ」
 電話口の向こう側で非難していた声がやむ。
 
  くす

 彼は電話に笑いかける。
「『HALO』現象、拝めるかも知れません」
 
 

  ぴくん

 コンソールの上を滑る指先が一度、ほんのわずかにはねる。
 エラーコードが視界に入る。
 ドライバ正常、パルスモータ正常、センサ正常。
 今の反応は?
 彼女の脳裏に一つの結論が生み出され、後ろにいる彼に声をかけるのが妥当だと結論した。

「ユウ」
 マルチが振り向きながら声をかけた。
「…行ってくれないか」
 ディスプレイに赤い光点が映っている。
 警告を示す光点だ。それをちらっと見てから、彼は頷いた。
「貸して貰えるか」
「一人出そう」
 彼女の言葉に、隅に立っていたセリオ型が一歩前に出た。
「行くぞ」
 僅かにスリングの金具をちゃりちゃりと音を立て、セリオは彼の側についた。
 マルチが後ろを向いた時には既にだれもいない暗い扉だけが残されていた。
――近づいている…
 恐怖なのか?
 自分の体の中で暴れる予感に彼女は自問自答する。
 それは『自分は人間だ』と自覚したアンドロイドのようでもあり、初めての感情に戸惑う子供のようでもあった。
 

――この…先か
 目のうつろな人間がすっと彼の前を横切る。
 拓也は何もなかったかのように宙の一点を見つめている。
 もう逃すつもりはない。

  ぐず

 丁度テレビの画像が乱れるように。
 調子を外した眼鏡の映像のように。
 彼の右腕が一瞬形を失う。
 痛みを伴わず、感覚すらなく、ただ目に見えて確かに『滅びる』。
 彼はそれが脳の裏側まで追い立てられるように近づいているのを知っていた。
――まだ消える訳にはいかない
 

 うつろな目をした少女。
『ぬげ』
 彼女は何の躊躇いも恥じらいもなく自分の服に手をかける。
 面白くなかった彼は、すぐに言い換えた。
『ひきさけ』
 しかしそれも、ただ絶望するだけに過ぎなかった。
 全力で制服を引き裂きながら、彼女は裸体を露わにした。
 ほんのわずか、自分の『電波』を浴びせすぎて、人間としての思考ができなくなった状態。
 それはあまりにも面白みのない、人形相手の会話のようで。
 彼女のことを哀れとも思えなかった。
 ただ、もう少し多くするとどうなるのかと思った。
 試しに、自分の下で働いていた少女二人に試すことにした。
 勿論、十分楽しんでから。

 面白いことが起こった。
 ある程度越えると精神が壊れてしまい、電波で操れるただの人形になる。
 人形にさらに電波を加えると『帯電する』ようになる。
 人間の体がぱりぱりと音を立てて、常に静電気を帯びているような状態になるのだ。
 そして、さらに加えると彼女達の体は崩れ始めた。まるで砂で作った人形のように。
 

 それが『Lycanthrope』と呼ばれるものであることに気がついたのは、生まれ変わってからだった。
 

  かつん

 人間の様な男とセリオ型ロボットをやり過ごすと彼は階段を選んで足を踏み出した。
 株式会社Babylonの名前は拓也も聞いたことがある。
 『Hephaestus』の息のかかったサーバ管理会社だ。
 ここの管理するサーバにはプロキシが仕込まれている。社員ですらそれと気づかれないよう。
 社員達がそれを知っているのか知らないのかは、拓也には判らない。
 だが『Hephaestus』がこのサーバを通して様々な事を行っているのは確からしい。
――…この…感じは
 階段を一歩一歩上り詰めながら、近づいている『意志』に彼は何故か――酷く『近い』ものを感じる。
 自分が探してきた『それ』が、ここまで自分に近いものだとは思っていなかった。
 いや、考えれば当然かも知れない。
 何故なら彼は拓也の父だからだ。
 彼が――父が、瑠璃子を無茶苦茶にしたのだ。
 廊下の向こう側にセリオ型が立っている。
 彼は眉を顰め、ゆっくりそれに近づいていく。一瞬彼の方を向こうとした瞬間、彼は僅かに『それ』を解放する。
「…あけろ」
 セリオはぺこりと頭を下げ、鍵を外した。
 軽い音を立てて金属製の扉が開く。
――こんなものか
 余りに呆気なかった。それだけに思わず拍子抜けしていた。
 彼の目の前に僅かな空間が広がり、その先にあるものは白い光。
 緑色の斑が浮かぶ、茶色い髪の毛の少女。
 それがゆっくり振り向いた。
 左右対称な綺麗な顔立ち。

 二人が、鏡あわせのように向かい合っている。
 やがて意外そうな横顔が醜く歪む。
「ほぅ…」
 そして満足げな声を上げ、拓也のつま先から頭の先までじっと眺める。
「成る程。誰かと思ったが」
 親しみとは別の感情が拓也の中に沸き上がってくる。
 自分の行動と感情がほんの一瞬で否定されたから。
「こちらの科白だ」
 言いたいことは山程ある。
 会いたかったはずの『父』がこんな姿になっている事も。
 瑠璃子のことも。
 そして今のことも。
「ふざけた…ふざけた格好しやがって」
 怒りを露わにする彼に、月島は口元だけを歪め嗤うと見下すような嘲笑を目元に浮かべる。
「さぁ?お前は誰の話をしている?私は――お前の考えているような人間ではない」
 そして彼女はゆっくり椅子から立ち上がり両腕を大きく広げる。
 小柄な彼女のその姿は滑稽でも、奇妙な威圧感と畏怖を感じる。
「わたしは『私』だ、月島拓也」
 小柄な少女。
 一瞬その姿が歪んで見える。
――来る
 と思った瞬間、肩口に衝撃を受けた。
 衝撃は表面ではなく体の中を突き抜けて行く。
「『初期型』が、この私に敵うはずがない」
 左腕が痙攣する。
 だが二人の間の空気は微動だにしたわけではない。
 脳が感じれば、それは本当の痛みとして受け止められる。
 今月島は、拓也に対して『痛み』を感じさせたのだ。
「『ヒト』の器に収まっているままではこの私に勝てるわけがないだろう?」
「貴様っ」
 叫んだ。
 絶叫に近い声で。
「だから人間を人形にしているのか?だから支配しようとしているのか?」
 だが――いや、当然、彼女は眉一つ動かさない。
 能面の様な表情が彼の前に浮かんでいるだけ。
「…お前も人形を持っているではないか」
 拓也の表情が一瞬険しくなる。
「少なくとも――『月島』の記憶には『彼女』のデータもある」
 

 一瞬記憶がなくなった。
 血にまみれた拳を握りしめ、何故冷たい床に倒れているのか判らなくなった。
「…ぐぐ」
 くぐもった声が彼の耳に届いた。
 拓也は両手で体を起こそうとして初めて床が濡れていることに気が付いた。
――血?
 鏡のようになった暗い床に自分の顔が映っている。
 真っ黒な顔に、汚れた顔の中に浮かぶ白い目。

  ぐぶ

 吐き気を催して、床に吐いたそれは朱。
「…間に合って良かった」
 後ろから聞こえる声に拓也は混乱しそうになった。
 判らない。
 誰も、自分の姿を見ていないはずなのに。
 声の主を見ようとして両手に力を込めて、派手に床に転がる。
 力が入らない。
 思うように体が動かない。
 何故。
 どうして力が抜けて行くんだ。
「フン…まぁ、こいつなら別にお前の手を借りる事はなかった」
 奴の声がする。
 このまま…死ぬのか?
 

 月島――マルチ型のCCDにも捉えられない程の速度でそれは振り抜かれた。
 拓也の後ろに裕の姿があった。
 右足はまだ地面から離れていた。
 拓也の横腹を真横から思い切り蹴り飛ばしたのだろう。
「むしろ、お前には荷が重かっただろうな」
 言葉でそう言ってみても、実際にはどうか判らない。
 本当に、肉体を維持している彼を上回っているのか?
 『月島』はその問いに応えられない。
 何故なら、既に死んでしまったから。
――『私』では…もう判らない
 咄嗟に拓也の体内のナノマシンに指令を与えて攻撃したものの、それが限度だった。
 それも思いつく限りだった。もっとも、構造はほとんど同じなのだ。
 柳川に対してできたことができないはずはない。
「…そうか。…まぁ、それなら良いだろう」
 裕が表情を変えずに足を地面に降ろして呟いた。
――良い?
 何故良いんだ?
 彼女がむっとした表情を見せると、裕は眉を顰める。
「…何が不満だ?」
 判っている。
 彼がそう応えることも。
 判らないのはむしろ、自分の方だ。
 何故こんなにいらいらするのだ?
 そもそもこの――『感情』はなんだ。
「取りあえずこの塵を片づけよう」
 裕は触らぬ神にたたりなしとばかりにすぐ話を逸らせた。
 向こうの壁際で僅かに体を痙攣させる拓也の側まで悠々と歩く。
  違和感
 その時彼女の体の一部で奇妙なエラーが発生した。
「?気を」
 つけろ、そう声をかけるつもりで、その声はかき消された。

  轟

 劈く激しい雑音。
 頭に何かを差し込まれるような音。
 機械部品が軋みをあげ、ノイマンチップは立て続けに不可避エラーを弾き出す。
 裕ですら頭を抱え込むほどの奔流。
 それは本当の音ではない。
 音として捉えられるほど高密度の電磁波。
 電子レンジ程高周波ではないが、遙かに高出力なものだ。
 『Lycanthrope』が自己位置標定及び通信の電磁波を流すのは確かだし、共鳴させて指向性を持たせるのも可能だ。
 だがここまで強力なものを撃てば人間なら砕けてしまう。
――一体何が
 幾度もノイズの交じるCCDに、一瞬だけ人影が映った。

  ― ワタサナイ ―

 言語中枢がその言葉を拾い上げる。

  ― ダレニモ ―
 
 

 ぐずり、と右腕から先が崩れてしまう。
 拓也は全身が乱れたテレビのように崩壊するままに、目を閉じようとした。

  ちり

 その時、まるでそれに共鳴するかのように何かが現れた。
 拓也の中に、何かが染み渡るように。
――っ
 途端、形を失いかけていた彼の体は焦点を合わせるようにして元の姿を取り戻す。
 だが今度はそれが行きすぎたかのように姿がぶれる。

  あああああああああああっっっっっっっ

 一気に意識が真っ白に塗りつぶされていくのが、解った。
 自分以外の誰かの存在を感じた。
 それが最後の彼の『存在』だった。
 

――!
「お兄ちゃん」
 瑠璃子もそれに反応していた。
――間違いない
「見つけたのか?」
 耕一の言葉に、祐介は真剣な顔で頷いた。
 彼らの見ている方向に耕一は顔を向ける。
 耕一は声を失い、喉を鳴らした。
 それはまだ一度も見たことのない、初めて見る光景だった。
 異常な光景なのに、それを見た瞬間彼は体が震えた。
「天使の翼…の、ようだ」
 言い切りそうになって、慌てて彼は付け加えた。
 駅の側にそびえ立つビルの中腹よりも僅かに高い部分からそれは現れていた。
 よく見れば解るが、空中に虹のような光沢と硝子に走る罅のような筋がドーナツ状に浮かんでいるのだ。
 ビルが体とすれば、耕一の見ている方向からでは美しい羽根のようにも見える。
「Halo。天使の翼ではなくて輪ですよ」
 だが祐介の目にはそれは天使などという生やさしいものには見えなかった。
――むしろ…そうだ、怪物の目が見開いているんだ
 それが見つめるのは自分。
 祐介は下唇を噛んで続ける。
「僅かに…間に合いませんでした。もう…」
「無駄じゃないだろ?」
 耕一は重ねて言葉を畳みかける。
「もう目に見えてるんだ。間に合わないじゃない。間に合わせるんだ」
 驚いた顔をする祐介に人の好い笑みを返す。
「『何とかなる』ってのが嫌いな性分なんだ。それよりも『何とかする』だよ」
「しかしあの光は」
 耕一は彼の言葉を遮って瑠璃子を親指で指してみせる。
 瑠璃子の表情は変わらない。ただ
「お兄ちゃん」
 一言だけ呟いた。
「『何とかしてくれ』。俺達なら、何とかなるだろ?」
 耕一の言葉が、どれだけ本当に生きているのかは解らない。
 でもどれだけの強がりを言っても、これほど心が揺れ動かされるとは思えない。
 何故か。
 何故か、素直にその言葉に従いたくなった。
「迷ってる暇はないですね」
 耕一は不敵な笑みを浮かべていた。祐介にはその顔が非常に頼もしく思えた。
 

  ぐぁあああああああっっっっ

 拓也は叫び声を上げる。
 だが、それも激しい奔流にかき消されてしまい声にならない。
 彼は襟首を掴まれるように胸を反らせて浮き上がり、幾重もの暴風の中央で張り付けにされていた。
「糞、一体何なんだ」
 裕の鬼の瞳は人間の可視外の波長を僅かに捉える事もできる。
 闇の中を見通す事ができるのはその御陰なのだが、その目で僅かに『歪み』が映る。
 それは脈打つように拓也から放たれている。
――紅いな
 本能的にマルチ型をかばって彼の様子を見た。
 解る。
 薬だ。自分の体の中にあるものがそれだと囁く。
 拡散しやすい薬らしく、瓶を僅かに開けていただけで空になった薬。
 その日はけだるさがとれなかったのを覚えている。
 だがこの奔流は密度が違いすぎる。
――…逃げなければ
 奴の命の火が消えかかっているのが解るが、間違いなくその前にこちらがくたばる。
 それでなくとも彼の周囲にあるコンピュータは既に電源を落として――そう、誤動作により――いる。
「…ディフェ…っ」
 だが、かろうじて彼女は生きている。
 いや、その表現は正しくないのかも知れない。何故なら、彼女は。
――っ、今はそんな時ではないっ
 彼女を抱き上げた瞬間、僅かに震えた。
 ほのかな温もりと同時に、それは大きな安心感を与えてくれる。
 まだ、生きている。
 彼は言うことを利かない体を弾くように、ぎくしゃくと地面を蹴った。

  いぃいいいん

 彼が動くとそれに合わせて『濃度』が動く。
 密度の差が『衝撃波』を産み、窓の硝子を震わせる。

  どんっ

 地面を、蹴る。

 格子という鎖を断ち切られた硝子の破片。
 粉々としか言いようのない硝子の煙を突き破って、裕は体を宙に躍らせた。
 

  ― コノヒトハ ワタシノモノ ―

  ひゅごっ

 まるでそれと入れ替わるかのように大きく風が吹き込む。
 煙のようになった硝子が部屋へ舞い込むが、それは拓也を避けるようにして部屋の隅へ流れて渦を巻く。
「月島さんっ」

  ― マダ ジャマヲスルカッ ―

 急激に膨らむ奔流。
 だが、レンズに歪められた光のように逃げていく。
 触れることなく避けていく。
「だめだよ」
 揺れる光が、弾けるようにして乱れた。
 そこには二人がただ静かに立っているだけだった。
 後ろには一人、跪いている。
「君は…『太田香奈子』じゃない。月島さんの作り出した亡霊だ」
 その言葉を叩きつける彼は、もう優男の印象は少ない。
 歳不相応に感じられる程の存在感を持っていた。
「消えて――なくなれっ」
 

 その時。
 ビルの周囲に広がっていた天使の輪は溶け崩れるように広がり、ゆっくり縮みながら消えていった。
 同時に壁が内側へとひしゃげ、その階は支えを失って潰れた。



 次回予告

  「もういいんだよ」
  そして次の日の朝が訪れた。
  神の雷が潜む東京駅周辺。
  逃げ出した裕と、まだたどり着かない梓。

  Cryptic Writings chapter 5:LiVE aND LET DIE 第6話『風』

   CYBER-NAUTSの技術だ。決して、来栖川のようなちゃちなものじゃない


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