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Cryptic Writings
Chapter:5

  第2話 『狂気』

前回までのあらすじ
  謎の頭痛に悩まされた柳川。
  柳川の部下矢環の不可思議な行動と、署長岡崎との関係。
  そして、情報を渡そうとした刻、それは現れた。
  

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 5

主な登場人物

 月島拓也
  20歳。電波使い、だけど少し設定が違います。高校生の頃に3人の人間を廃人にしている。

        ―――――――――――――――――――――――

    ― ツギハダレヲコロセバイイノ? ―

  ずしゃ

 重い音を響かせて彼らは舞い降りた。
 鋼鉄の鎧、闇をも切り裂く目。
 それは技術の粋を極めた兵器の塊だった。
 音もなくヘリから降りた者、水中から姿を現した者など様々ではあったが、めいめいは同じ格好をしている。
 その先頭に、やはり同じ格好をしているものの金色のしるしのついた者がいた。
 指揮官の階級らしい。なにやら身振りで指示をしている。
「…!」
 その彼の後ろから、一人が耳打ちした。
 一瞬口元が歪んだがすぐに元の真顔に戻り、再び指示を開始した。
 その感情が、兵士達に伝わらないように。
 

「取引?」
 来栖川総合研究所。
 人里から離れた場所にあって孤立していたせいか、まだ研究所の周囲は静かだ。
「そう。長瀬源五郎。我々に協力する代わり、その見返りを与えると言っているのだ」
――正確には、この僕と、だけどね
 月島は笑みの裏側に決意の表情を隠していた。
 これ以上の失敗は赦されない。
 これ以上時間をかけてもならない。
 何故ならば。
――祐介はお人好しだ
 必ず邪魔をするに違いない。邪魔の入らないうちに事を済ませなければならない。
 だからこそ、こうしてなりふり構わず情報を収集しているのだ。
――瑠璃子がいれば
 ふとそういう考えも頭をよぎった。だが、彼は首を振ってそれを否定した。
「見返りは――」
「そうだな、見返りはもう既に用意されているとしたら、それでどうかね?」
 拓也は片方の眉を吊り上げる。
「な…に?」
「ああ、失礼。こういう意味ですよ。
 『君』の研究をさせてくれるので有れば、それで構わないと」
 ぴく、と月島の表情が歪む。

  びし

 甲高い、板を叩きつけるような音が後ろで走る。
 長瀬は振り返らなかった。恐らく、彼の想像している通りだろうし、今背を向けるのは得策ではない。
「よろしい、その条件が呑めないのであれば、もう一つ情報を挙げましょう」
 彼は素早く情報端末を叩き、一つのデータを引き出した。
 情報の機密ランクは非常に高く、今彼のIDで接続しているからこそ呼び出せる実験データ。
 それを彼は惜しげもなくスクリーンに投影した。
 それを見ていた月島の表情は大きく変わる。
「…これは!」
 目を丸くして驚きを全身で表現していた。
「…こういう憶測は、私はあんまり好きじゃないだけどね」
 長瀬は内心ほくそ笑んでいた。
 明らかに今では立場が逆転している。
 拓也が驚くだけの情報を握っている事が判れば、融通が利くかも知れないという『憶測』だった。
「これはウチの研究グループの一人にシュミレーションさせた結果だけだからね」
 結果。
 松浦は胃潰瘍を悪化させて入院。源五郎が入院費用をだして、毎日見舞いに通うことになった。
 閑話休題。
 拓也の目の前に広がっている、格子状の空間。
 いや、実際には若干違う。
 それらは格子を形成しながら、常に揺れ動いている。
 丁度『分子モデル』をリアルタイムに見ればこんな感じか?という模式図。
 実際には違う。
「…貴方は、工学者だ。理論物理学者とは、違う」
 拓也は呟くように言い、自らの頭を右手で押さえる。
 スクリーンに展開される像は、明らかに…
「実際にそれを確かめなければ、それが実際であることを突き止めなければ、信じることも公言することもない」
「お褒めの言葉と受け取っておくよ」
 自分の身体の中に『それ』が入っているはずなのだ。
 但し、瑠璃子と同じ初期型。
「これは散布状態のシュミレーション。そして…」
 キーを数回叩く。
 すると、今度は先程のような美しい格子ではなく、複雑に絡まり合ったアモルファスの――硝子のような分子構造。
「これが、密集状態。…何かに似ていると思わないかね」
 複雑に絡まり合いながら千切れたりくっついたりを繰り返し、それぞれが蠕動をする。
「…脳、だよ。正確にはシナプスの末端の動作と同じような物だと言ってもいい。
 ただこれだけでは外界からの刺激の伝達やそのフィードバックは不可能ではあるけれどもね」
 拓也の表情が険しくなっていく。
――…あいつは…自分の子供を実験体にして…
 源五郎はそれを怪訝に思いながら、映像を切った。
「これが私の研究結果…ま、一部研究中の過程を見せた訳だが」
「どうやら…どうやら貴方の方が一枚も二枚も上手だったようだ」
 拓也は自らの手札で、それだけで長瀬から情報を手に入れるつもりだった。
 あの社員のように。
 あの、情報を漏らそうとしたHephaestusの『残置』のように。
「これでは僕は、ただ掌の上で踊らされたピエロです」
 資料室の空気が冷たく濁っている。
 僅かに、ほんの僅かに『それ』を解放したからだ。
「やはり貴方の能力は惜しい。…殺すにはね」
 がたん、と椅子を蹴って長瀬は銃を抜いた。
「…ただの工学博士ではないですね」
 拓也はぎこちなさのない彼の動きにそんな感想を抱いた。
 だがその口調は一切の動揺を感じさせないものだった。
「『惜しい』と言っているでしょう。それに今はそんな時じゃない」
 拓也が目を閉じると、電子音がして資料室のロックがはずれ、停止していたカメラが作動し始める。
 そして、それと同時に辺りがざわめきに包まれた。
「もし次に、貴方と生きて会えるのであればその条件…飲みましょう」

――止めるべきだったか?
 扉の開け放たれた資料室で、源五郎は立ちつくしていた。
 妙に嫌な予感が、彼を取り巻いている。
 組み上げた方程式の中に、一つだけ計算できない非線形の物が含まれていて、その計算がまだ終わっていないのだ。
 通常その場合、次々に数字を入れていき量をこなすことである程度近似解が出せる。
 非線形の研究で有名な物はマルデンボロー図形を描いた複雑系の学問だろう。
 コンピュータの発達は非線形の研究の進展と大きく関わっている。
 源五郎の予感は、大抵の場合『最悪』な場合を予期している。そして、外れることはない。
 彼が最後に見せた表情がどうしても気になっていた。
 

 荒い息をついて、月島は頭を押さえ込んだ。
 生白い肌が、真っ青になっている。
 狂ったように懐をがさがさとあさり、ポケットから金属製の円筒を取り出す。
 『Auto Injector』と表記されている。
 彼は親指で軽い音を立ててキャップを取ると、自分の太股につき当てた。

  しく

 軽い痛みと共にそこから冷たい物が侵入する。
 と同時に、全身を支配していた『虫の蠕動』が嘘のように引いていった。
 一つ息を大きくついて、彼は背をぴんと伸ばす。
 最近『周期』が早すぎる。この間など、奴を追いつめたところで気を失ってしまった。
――僕にももう終わりが近づいているのかも知れない
 それも判っていたはずだ。
 既に高校生の頃に三人殺している。
 間接的に。
 その死に様を見てきたはずだ。
「…香奈子」
 彼は顎を引いて呟いた――いや、彼にとって彼女はおもちゃに過ぎなかった。一時の感傷で呟いた訳ではない。
 と、空中にぼんやりした気配が現れたと思うと、急速にそれは人の姿を象り始める。
 やがてそれは、15、6の高校生の少女の姿をとった。
 儚げな表情は、今にも消し飛びそうな気がする。
「本当は君も、自分の感情を持っているんだろう」
 断罪。
 一瞬そうともとれる感情が彼の中に沸き上がった。
――いや…懺悔か?
 訴えるように目の前の少女に叫ぶ彼の姿を、何故か冷静に感じていた。
 だが月島の言葉に彼女は首を傾げる事すらしない。
 ただひたすら焦点の合わない視線を彼に向け、にたにたと笑みを浮かべているばかり。
 判っていたはずなのに。
「お前もっ…」
 拓也は言いかけて止めた。
 余りに自分がむなしすぎるから。
 人形のようににたにた笑うことしかできない相手に、何をこれ以上言うのか。
 命令しなければ、彼女は動くどころかここに存在することすら不可能だというのに。
 そもそも、人形にしたのは自分なのだ。
 人形になってしまった、と言うべきだろうか。
「いや、…いい。行くぞ」
 我に返ったように彼は呟き、背を向けた。
 彼女は何も言わず、彼の後ろを足を引きずるようにして歩き始めた。
 月島はポケットに手をつっこんで、来栖川研究所からの道を下り始める。
――…同士討ちになる前に、奴を叩かなければ
 長瀬が与えた情報には非常に奇妙な物が含まれていた。
『…そう、まず『奴ら』の動きが奇妙なんだ。
 スキャニングできるほどネットワークは詳しくないんだが、どうやら傭兵を雇ったらしい。
 今回の様な一斉蜂起をする予定で、ではなくてもっと…そう、緊急に』
 判っている。
 傭兵の正体は、間違いなく『神の雷』、Hephaestusの抱える傭兵だ。
 急がなければならない。長瀬の情報は、十分過ぎた。
――考えられる最も近い場所は
 東京駅周辺。
『彼らが持てる物を考えればそこが最も有力だろう。
 電力を確保でき、人間を見張ることができ、そして人間の行動を制御するにはここしかない。
 ま、確証はないがね』

  にたり

 香奈子は口元を引きつらせるようにして笑みを浮かべた。
 しかし、拓也はそれに気がつくことはなかった。
 

「え?」
 梓は咎めるような声を出した。
 彼女と耕一の前には祐介と瑠璃子がいる。
 燻る硝煙の匂いが漂う教室で、彼らは向かい合っていた。
「…率直に言うと、私達が探していた月島さんと勘違いしたって事ですよ」
 祐介はさも当然のこととばかりに肩をすくめて見せる。
 梓は眉を顰めて黙り込んだ。事情が余りに複雑そうだからだ。
「僅かに、貴方達はどうやら『純粋』なようなのですけども」
「言っている意味がよく分からないんだが」
 耕一は半身をおこした格好のまま、祐介に問う。
 まだ身体が完全に回復していないのだ。
 祐介は僅かに哀しそうな表情を浮かべ、そして戸惑うように瑠璃子の方を向いた。
「それは、私達が純正な『もの』じゃないから」
 にっこり、というよりも正に微笑み、僅かに笑みと判る表情を浮かべて耕一を見つめる。
「私達は紛い物だから」
「人工的に作り上げられた『兵器』だからです」
 耕一は僅かに目を見開いた。
 梓などは手を口に当てて驚いた表情を隠そうとしない。
「へ…いき?」
「そうです。月島さん…瑠璃子さんの兄も、そうです。
『Lycanthrope』という言葉、そう、…『狼男』とか半獣人とかいろんな呼び方…はご存じですか?」
 梓が、人差し指をこめかみに当てて、上目遣いに応える。
「えと…ゲームとかででてくる?」
「そうです」
 大きく頷いて、祐介は両腕を大きく開いた。
「もっとも、広義の意味で『化け物』とも、いいますけど」
 祐介の笑みが自虐的な色を見せた。
「『毒電波』などと、月島さんは言ってましたが実際には違います。
 …でも、殆ど同様の力を貴方達は持っているはず」
 梓と耕一は顔を見合わせた。
 彼の言っている言葉の意味はよく分からないが、こちらが鬼であることはばれているようだ。
 何故?
「…何故なら、君達は普通の人間よりも『僕ら』に近いから。だから勘違いしたんだし」
 確かに初めはそうだ。初めは、月島さんと思っていた。
 無論、途中から違うことに気がついて『協力』して貰うように仕組むつもりだったのだが。
――少し計算が違う
 『Lycanthrope』であることがばれれば、即敵意をむき出しにする人間の方が多かった。
 だから協力的な対応をさせるには、こちらから下手に出てやれば即可能だったのに。
「聞いて好いかな」
 耕一は腕を組むような格好で二人を見た。
「どうぞ」
 できる限り表情を変えずに彼は言った。
「協力して欲しい、のなら、詳しい事を教えてくれないと。
 それと、今のこの状況、どうやら知ってるようだけどそれも教えてくれないか?」
 祐介は小さく頷いて、澄まし顔のまま続ける。
「勿論。恐らく…先刻までの話を話半分に聞き流していなければ信用できるでしょうが」
 祐介の前振りに、梓と耕一は変な顔をする。
 彼はその反応に笑みで応えて続ける。
「一般に知れ渡っている情報が『常識』である場合と、そうでない場合があるんです」
 そして、彼は片手を差し出した。それが何を意味するのか判らず、途方に暮れる耕一。
「取りあえずここから出ましょう。時間もありませんし、どうせ…遠からずまた奴らが来る」
 耕一は苦笑して、その手を掴んで身体を引き起こした。
「じゃ、歩きながら教えてくれないか」
「ええ」
 静まり返った――静けさの帰ってきた廊下に、彼の声と靴音が響く。
 改めて不気味な物を感じさせられる。電気が通っていないのも、恐らく原因の一つなのだろうが。
「まず。この騒ぎを起こしたのはたった一人だと言うこと。
 そして、その人物を追うのが我々だと言うことをまず承知して欲しい。
 その最中に行方をくらませた月島さんを探していると言うことです」
「裏切った可能性は?」
 梓が気軽に声をかける。だが祐介は目を閉じて首を振る。
「お兄ちゃんはそんな事しないよ」
 瑠璃子が、やはり感情を感じさせない幼い口調で言う。
「お兄ちゃんは『化け物』て言われるのがいや。そうさせた本人もいや。『化け物』もいや、だから」
「逆なんです。今言ったとおり、彼は『Lycanthrope』に対して激しい恨みを持っています。
 そのせいで、恐らく…勝手に行動しているのでしょう。
 でも、彼にとってそれは危険なんです。先刻説明したとおり、私達には人工的に力を与えられています。
 それが不安定なせいで、常時ある『薬』のような物を服用しなければならないのです」
 薬と聞くとどうしても緊張してしまう。
 先刻まで闘っていた幽鬼のような人間達や隆山の事件を思い出すからだ。
 耕一は喉が乾くような錯覚を覚えて、一度喉を鳴らした。
「もしそれを使わなかったらどうなるんだ」
「『喰われて』死にます」
 一瞬、静けさに包まれる。
 靴音が聞こえると同時に祐介が続ける。
「それよりも心配なこともあります。だから、少なくともいつも僕らは一緒にいるんですが…」
 耕一は一度側の梓に顔を向けた。
 梓と目が合う。
 いつもの澄まし顔だ。彼はそれを見ると祐介の方に顔を向けた。
「じゃ、その月島さんの特徴とか、教えてくれ」
「はい。彼は…体格は良くないですが背は高い方。もしかすると高校生の女子を連れている可能性もあります。
 糸目で、冷たい感じのする青年です。僕らの一つ上で、大学二年生と言えば判りやすいと思います」
 耕一の中で何かが引っかかっているような気がした。
「…で、女子高校生ってのは?」
「に、見えると言う方が正しいでしょう。外見は虚ろな眼差し、表情は無表情に近く、時折笑みを浮かべている。
 服装まで限定はできませんね」
 耕一は右眉をぴくっと引きつらせた。
 思い出した。確か、何事もない時期にぶつかった娘がいた。
 倒れたのに何の反応もなくただ歩き去った少女。
「もしかしてさ、それは人にぶつかったりしても何の反応もしないとか」
「ええ。彼女は所詮人形です。月島さんの『力』で蘇ったようにも見えますが…」
 続けようとして、彼は耕一の様子がおかしいのに気がついた。
「どうかしました?」
「いや、俺、一度高校生には有った覚えがある。あんまり人間味なかったから、間違いないと思う」
 その言葉に逆に眉を顰める祐介。
「え?…彼女だけ、歩いていたんですか?誰とも一緒ではなくて」
「ああ。俺が見た限り近くに人は…見なかった」
「それはいつのことですか?」
「一月ほど前だ」
 一ヶ月。
 祐介の脳裏に警報が鳴り響く。
「…急がなければもう間に合わないかも知れません」
 瑠璃子の方を振り向く祐介。
 彼女は一つ大きく頷くと、つと目を閉じた。
「もう一度聞きます。貴方達の力、貸して戴けますか」

 次回予告

  前進する幽鬼の軍団を、遮ることはできない。
  銀座の町並みを切り裂くような、鬼の雄叫び。
  「…裕様。この先、集結予定地までの安全を確保しました」
  そして、裕は彼女の元に軍団を送り届ける。

  Cryptic Writings Chapter 5:LiVE aND LET DIE 第3話『戦』

   …名前を、付けてくれないか

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