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Cryptic Writings 
Chapter:5

  第1話 『闇』

前回までのあらすじ

  藤田浩之に頼まれて、練習試合の審判をした祐也。
  事件を追う合間の息抜きにと思ったが、裕の事を思い出してしまう。
  浩之と別れた彼は、警察署へと帰る道を辿っていた。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 5

主な登場人物

 柳川 祐也
  鬼の刑事。現在鬼塚殺しの犯人を追っている。
  犯人である裕の正体を知って、若干困惑している。

        ―――――――――――――――――――――――


Chapter 5:LiVE aND LET DIE


 日本国某所。
「書類はまだ通らんのか」
 緑色の制服に身を包んだ男。
 胸についた奇妙な四角い物と肩の桜が彼の身分を示している。
 陸上幕僚長。
 陸上自衛隊の最も上級の幹部に匹敵する役職だが、彼は『指揮官』ではない。
 統合司令官が存在しないのが自衛隊の特色だった。
「もう全基地に待機命令を出した。一時間以内に迎撃は可能だ」
 こちらは航空幕僚長。
「…相手はほぼ間違いなく、小規模な空挺作戦を組んできます。ああ、これは私個人の意見ですよ?」
 並み居る政治家、軍人を前にして、男は堂々と発言する。
「『Hephaestus』は本来軍事力を持つ組織ではありません。『実験部隊』を囲っていますが…彼らとて傭兵。
 金さえ払っている間だけ忠実なんですよね。それはたとえ、その時敵対している相手から金を貰おうとも。
 そして、たとえ相手が『Hephaestus』に敵対するべき人物であったとしても雇い主になることができる」
 一瞬光が男の顔を遮る。僅かに傾いた眼鏡の上を光がなめたのだろう。
「それはある時には一撃で紛争を沈めた決定打であったり、ある時には絶対死守すべき場所で現れた救世主であったりしました。
 クェートもその力を信じて疑いませんでした。アメリカはその存在に気が付かなかった。
 …今度は国家と変わらない政治力でもって、我が国に攻め入ろうとしている、という訳です」
 男の顔にかかった眼鏡を、ついと人差し指で差し上げる。
「彼らの目的は、『首都の制圧』、及び『主要交通機関の分断』でしょう。
 もし私がこの国を攻めるのであれば、まず交通路を分断するのが手っ取り早いのではないかと」
 男の言葉に若干周囲がざわめく。
 当然だろう。
 彼は軍事専門家でも軍人でもない。
「まぁ、取りあえずは出方を見るしかないというのが結論ではありますが」
 統合幕僚会議。
 その、緊急召集がかけられたのはその男のせいでもあった。
 『Hephaestus』に所属するASSET、久品仏大志だった。
「言っておきますが、敵は私達じゃない。…奴らです」
 

 太陽が柔らかい日差しを散らしている。
 真昼の日差しが暖かいのに、空気の冷たさは拭えない。
 いつの間にか秋から冬の匂いが漂い始めた。
――もう、あれから一月になるんだな
 双子の裕との闘い。
 自分の中の鬼の正体。
 そして、それを良く知る自分しか、奴を止める事は叶わない事。
――それから全くと言って良い程、進展はない
 CYBER-NAUTSでの情報は大して期待していなかったとは言え、何もなかったことが逆に疲労感を増大させた。
 鬼塚死亡時刻は、今をもって正確なものは分からない。
 彼はずたずたの肉片として発見されたのだから。
 『あの事件』があって、初めてその死体が彼であると――血液等検査の結果――判別したのだから。
 彼の死体は巧妙に隠されていた。
 だからこそ、振り出しに戻されたとも言えるだろう。
 但し手口があまりにも巧妙すぎる。隆山のように死体を遺棄するという雰囲気ではない。
――…わからん
 頭をぼりぼりかいて、彼はため息をついた。
 河川敷から引き上げて、署の入り口をくぐる。
 ここもいつの間にか住み慣れてしまった。
 だが彼のため息は、大声によってかき消された。
「遅い!」
 部屋に入るなり長瀬が柳川を叱りとばした。
「一体昼食にどれだけ時間をとれば気が済むんだ!」
 見れば彼は上着を着込んで、机の上から書類をひっつかんでこっちに向かってくる。
――っ、しまった
 少しのんびりしすぎたのかも知れない。長瀬の手が飛ぶことなど初めてだが…
「行くぞ、急げ」
 直接怒鳴り散らすのかと思いきや、そう言い残して彼は柳川の側を過ぎ去った。
「え、あ、はい、今行きます」
 彼は慌ててその後ろをついていった。署を出てすぐ彼に追いつくと、柳川はリモコンを自分の車に向ける。
 がしゃん、と低い音がしてキーが解除された。
 と、すぐにスタータの回る音がした。
「どうしたんです?」
 運転席に回りながら長瀬に聞く。
「タレコミがあった」
 助手席に――長瀬はいつもこの席に座る――滑り込みながら応える。
 若干遅れて柳川が乗り込むと、エンジンは既に回っていた。
「…タレコミ?」
「ああ、CYBER-NAUTSの社員からだ。すぐに来て欲しいってさ」
 柳川は眉を顰める。
「今から、ですか?」
「今更の間違いじゃないのか?」
 長瀬は笑いかけて、懐に手を入れた。
「どっちにしても行くしかないさ」
 そして煙草を振り出すと、口を歪めてそれをくわえた。
 もっとも、ライターが切れたらしく懐をあさっているが。
「…はい」
 笑いながらソケットをぬいて彼に手渡す。
「おっ、すまん。…いいのか?」
「ええ」
 と笑いながらエアコンのスイッチを入れるのを忘れない。
 長瀬はため息をついた。
「お前ねぇ」
 長瀬は苦笑しながら柳川の横顔を見た。
 彼は決して嫌がらせでやっているわけではない。まだ子供っぽい目つきが残る横顔は、真面目で通るだろう。
「なんです?」
「…いや、いいよ」
 くすっと柳川は笑い、アクセルを踏み込んだ。
 

 CYBER-NAUTS社の側の喫茶店。
 指定された場所はここであった。
「…おかしいな…」
 人気がないと言っても、指定された時間はとっくに過ぎている。
 店の中には誰の姿もない。
「すみませーん」
 柳川が声を挙げても、店の人間の返事すら聞こえない。
「どうなってんだまったく…」

  ぴぃん

 妙に張りつめた空気。
 空気その物がまるで質量を持ったように重くなる。
――これは
 長瀬も気がついたらしい。目がすっと細められ、見えない何かを追うようにゆっくりと頭を巡らせる。
 空気が凍り付いたように全く動かない。
 じりじりと長瀬が動く。
 だが急にその気配が遠のいていく。
 まるで霧が晴れるかのように。
「柳川」
 長瀬がしわがれた声をだした。無言で頷いて、無意識に懐を探る。
「違うか」
「…ええ…別ですね」
 冷たい金属の塊に手が触れて、僅かに彼は足を進めることができた。
 ゆっくりカウンターの向こう側の気配をうかがいながら、奥へと進む。
 だんだん空気が重くなっていく。
 違う。先に進むのを恐れているんだ。
――!
 その時、その正体に気がついた。僅かな血の臭いがする。
 躊躇わず彼は即座に銃を抜く。
 そして厨房に躍り込む。
 ほんの僅かの時間、長瀬の目の前を紺のスーツが覆う。
 やがて、それが静かに収まると銀色の厨房が目に入った。
「ぐっ」
 柳川が息を詰まらせるのを聞きながら、彼は眉をしかめた。
「…こんなのは…久々だ」
 厨房にある大きな机。恐らくはそこに材料を並べるだろうそこに、人間が横たわっていた。
 大きく下腹部から喉元にかけて切り裂かれて。
 脈打つ内臓を見ればまだ生きている事が分かるし、出血もない。
「死んでいる方がいくらかましだな」
 何故か落ち着いた口調で長瀬が言うのを柳川は虚ろに聞きながら、目眩を覚えていた。
「…救急車を呼ぼう」
 そこで腹を真一文字に切り開かれた男は、CYBER-NAUTSで鬼塚を担当していた社員だった。

 彼は病院にかつぎ込まれたが、手術と検査の結果身体に異常は見られなかった。
「ですが面会は不可能です。脳波に異常がでていまして…恐らくこのまま目覚めないでしょう」
 それが彼を見た医者の意見だった。
 道すがらにでも襲撃されるかと身構えていた彼らは、何事もなく病院まで辿り着いたので安心していた。
「結局収穫なしかぁ。まいったな、柳川」
 口調も表情もまったくそんな風情を見せずに言う。
 柳川は半ば憮然とした態度で頷いてため息をついた。
「…どうした?」
「いいえ、以前に会った事のある男だったので」
 ふん、と長瀬は息を吐いて笑うと彼の背をぱんぱんと叩いた。
 柳川は苦笑して長瀬の方を見ると、やがて真剣な表情になって言う。
「どう捉えます?これを」
 じっと長瀬の顔を見つめて、彼は顔を前に戻しながら続ける。
「自分は…警告ではないかと感じたんですが」
「そうか?」
 長瀬はやけに意外そうに呟いた。
 柳川はそれが気にくわなかった。
「では、長瀬さんはどう感じてるんですか?」
「…柳川、もしあれが警告だとしても、あの男におかしなところがなかったか?」
 男に異常。
 柳川は発見された状況を良く思い出してみる。
――確かに出血はやけに少なかったが…
「内臓に目がいって、見てなかったんだろう。目つきが異常だったぞ?あれはまともに殺された人間の目ではない」
 言われてもぴんとこない。
「そう。…俺達に対する仕業にしては奇妙だと思わないか?むしろあれは、あの男に対する拷問のよう見えたんだが」
「だからですか?出血が少なかったのは」
 長瀬は頷く。
「何故なら、簡単に死なれては困るからだ」
 柳川はむっと嫌そうな顔をした。長瀬はその様子に僅かに笑い、ため息をついた。
「こういうことは結構少ないがな。…柳川、俺はお前と組む以前に一度だけ似た事件を担当した事がある」
 そして、今度はにっと笑みを浮かべて柳川の肩を叩く。
「お前と一緒に仕事するようになってから、奇妙な事件ばっかりだけどな」
「ちょっと、それ酷いですよ?」
 柳川は応えながら、しかし頭の中では肯定していた。
――長瀬さんには、悪い…かもしれない
 彼が警部補試験に受かって隆山に来た時からのつき合いだと考えると、まさに『彼が来てから』だ。
 柳川はエンジンのキーをリモコンで操作して、ふと背中に悪寒を感じた。
――…なんだ…
「どうした?」
 長瀬に声をかけられて、彼は頭を振ってなんでもないと応えたものの、冷たい視線が気になった。
――…まだ…見ている
 神経質になっているのだろうか?彼の視線の中に、しかし何も捉えることはできなかった。
 

 署長室。
 便宜上そう呼ばれる事務室には、応接用のソファと小さな机、そして仕事用のデスクがある。
 簡素な部屋だが、少なくとも仕事の為に必要な機能は全て備えている。
 今そこに、署長と一人の男がいた。
「…分かりました」
 署長の言葉に、男は頷く。
 恐らくかなり若いのであろう、まだ顔つきには幼さが残る。
 だが眼光だけは違う。署長に対して向けられた瞳の光は、鍛え上げられた兵士の物だ。
「恐らく止めることはできない。できる限り交戦をさけろ」
「…本部には」
「私から連絡する。いいか?それよりも我々の身を護る方が先決だ」
 再び機械的に頷いた。
「それと、ついでだから連絡しておく。『神の雷』が妙な動きをしているらしい」
 署長はそう言って、両手を開いてみせる。
「今回の件に関しては、『それ』もある程度関わってくる」
「…だから『奴ら』が出動している訳ですか」
 彼は頷く。
「礼儀知らずの傭兵どもだ。――聞き出せとは言わないが」
 そして思い出したように彼は一度瞬いた。
「――そうだ、矢環」
 そして、続けて非常に気軽に声を掛けた。
「もし――必要ならば持っていっていいぞ」
 そういって彼が机に置いたのは――通常、警察官でも持って良いはずのない――デザートイーグルだった。
「はい」
 矢環は何の感情も感じられない仮面の目を、凶悪なその銃へ向けた。
 

「がーっ」
 署長に報告を終えた長瀬は、奇声を挙げて伸びをした。
「長瀬さん、どうでした?」
「んにゃ」
 柳川の持ってきたコーヒーを受け取って、彼は首を振る。
「いつも通り」
 ずずとコーヒーをすする長瀬の側に腰掛けて、自分のコーヒーを一口含む。
 泥水のようなコーヒー、という表現があるが、あれはインスタントのコーヒーじゃないな、と最近思う。
 少なくとも、この署ではコーヒーメーカーが常時コーヒーを作り続けている。
「でも先輩なんですよね」
 ん、と長瀬は柳川を見下ろすように――珍しい物でも見つけたかのように――して彼は柳川に目を向けた。
 そして、二度顎をさすってふむ、と笑みを浮かべた。
「…俺達みたいな感じだったんだろうな。と、思うよ」
「え?」
「以前、署長と組んでたんだよ」
 応えると長瀬は苦笑いを浮かべて柳川の肩を叩く。
「あの人には敵わないがな。…恐らく、今でも」
 CYBER-NAUTSの社員については、もう警察関係の者を派遣した。死んでいないが、あの状態では死体と変わらない。
 もし拷問なら自白剤を使用されている可能性もあるからだ。
 味気ないコーヒーは、ただ苦いだけだった。
「柳川、お前、コーヒーもだめだったっけ?」
 よっぽど嫌そうな顔をしていたのだろう。長瀬が面白そうな顔つきで聞いてきた。
「酒もだめ、煙草もだめ、コーヒーもだめじゃ、何を楽しみに生きてるんだ?」
「長瀬さん」
 咎めるような彼の物言いも、長瀬は笑って流した。
「いいから。全く、仕事に差し支えるなよ?それでなくともお前、ため込む癖があるからな」
 見抜かれている。
 柳川はやれやれと言う風に肩をすくめながら、この人には敵わないと思った。
――取りあえず今は…まだ…
 酒は嫌いではなかった。それに、恐らく十分呑める方だろう。
 だが、酒が怖くなっていた。
 酔っている自分が、まだ怖いのだ。
 酒に口を付けることも、まだできないだろう。
「さって、仕事仕事」
 いいながら机に置いたカップを再び柳川は拾って給湯室に向かった。
 僅かに水を掛けてコーヒーを流すと、彼はそれを洗い場において立ち去ろうとした。

  ずくん

 悪寒。
――なんだ?
 急に全身から冷や汗が吹き出し、熱病に冒されたように目の前がぐにゃりと歪む。
「ぐ…う」
 頭を鷲掴みにされて振り回されているような気分の悪さに、柳川は洗い場に手をついた。

  じりじりじり

 金属を叩く甲高い音。
 目覚ましが頭の中で鳴り響いているような頭痛と耳鳴り。
「があああっ」
 声を殺せず、思わず片手を口に当てる。
 胃の中身が逆流しそうだった。

「がはっ」
 柳川は口の周りに溜まった唾を吐き出して頭を振った。
 先刻までの悪寒がまるで嘘のようだ。急速に晴れたもやに彼は目をしばたたく。
――なんだったんだ?
 仕事の事を思い出して、彼は給湯室を離れた。
 まとめる為の書類が幾つもある。刑事とは法律のエキスパートであり、またその官僚的手続きに長けていなければならないのだ。

  じりりりん

 席についた時だ。ほぼ同時に、彼の机の上の電話がけたたましくなる。
 一瞬こめかみを押さえるが、今度は間違いなく目の前の電話がなっているようだ。
「はい…」
『矢環です、柳川さん』
 それは隆山県警の後輩、矢環だった。
「なんだ?どうした、俺に用事なら携帯にかければいいだろう」
 僅かにため息を吐きながら、このどうしようもない後輩に恨み言を吐く。
『それが、実は仕事の用事なんです。用事で自分も今東京にいます』
 柳川は息を飲んだ。
 今彼が担当している仕事については矢環も十分知っているはず。
「鬼塚について…か?」
『そうです』
 

 矢環が指定したのは新宿駅のすぐ側にある喫茶店だった。
 平日、それももう昼を過ぎただけに人通りは少ない。
「お久しぶりです」
 矢環が立ち上がって彼に手を差し伸べる。
「ああ。しかし、まさかわざわざこのためだけに来たんじゃないだろうな」
 握手しながら、矢環はいつもの人の好い笑みを浮かべる。
「まさか。自分も東京に用事があったんですよ。今は休暇中です」
 休暇中の言葉に肩をすくめてみせて、彼は席に着いた。
 コーヒーを二つ注文する。
「…で、良い身分のお前が、一体何を教えてくれる」
 厳しいなぁ、と笑いながら、矢環はポケットから写真を出した。
 ふとそれを受け取って、視線を厳しくする。
「どこでこれを」
 それには柳川 裕とマルチ型の横顔が写っていた。
「…それは」
 矢環の視線がついっと上を向く。
 つられるように柳川もそちらを向いた。
 そこに。
 恐ろしく惹き付ける気配を持った人間がいた。
 細い人影がこちらを向いている。恐らく背も高い方だろう。
 細身の服が、見る物に鋭い針を連想させる。
 決して目立つ人間ではないのに、まるでそこだけ刳り抜いたような印象を与える。
 そして、その表情が砕けるように笑みを浮かべた。
「柳川さん」

 矢環の言葉が聞こえるか否か。
 そのタイミングで細く強く絞り込まれた殺気が走った。
「っ」
 くぐもった音が、彼の耳に伝わった。

 次回予告

  「そう。長瀬源五郎。我々に協力する代わり、その見返りを与えると言っているのだ」
  もう失敗は赦されない、月島はそう感じていた。
  町が闇に包まれるその一瞬、満月の下で大きな嗤い声が響いた。
  それは…

  Cryptic Writings chapter 5:LiVE aND LET DIE 第2話『狂気』

   本当は君も、自分の感情を持っているんだろう

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