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Cryptic Writings 
Chapter:4

  第4話 偽

前回までのあらすじ

  梓の告白に、耕一は動揺する。
  爆発音と同時に起こった、阿鼻叫喚の渦。
  耕一と梓は取りあえず安全な場所に向かう事にした。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 4

主な登場人物

 柏木耕一
  20歳。鬼。
  女たらしという評判だが、確かにスケベだが、それだけでは面白くない男。
  案外頑丈な精神をもってても良さそうな物だが、耕平爺さんの孫だしね。

 柏木 梓
  18歳。
  夢におののきながら、自分の正直な所を吐露する。

        ―――――――――――――――――――――――

 耕一は走った。
 一つは、襲いかかってくる人間から逃れるため。
 もう一つは。
――どうなってるんだ…
 大学の方に向かいながら、どこからともなく襲いかかってくる人間をいなす。
「どこにいくの?」
 梓が若干息が上がりかけた声で言う。
「大学。ウチの大学、あちこちに発電器があって電源が独立してる部分があるんだ」
 恒温槽や年がら年中動かしていなければならない実験器具の電源のため、わざわざ確保しているのである。
「教授がその一部から電気を拝借してるっていう噂もあるし、そこに行けば何とかなる」
 と、思う。
 希望的観測だ。
 以外と大学というのは戸締まりが厳しくない。
 何故なら、実験の最中である事が多く、夜中寝泊まりする教授がいるかと思えば、生活までしている教授までいる程だ。
『これが実験室か?』と思う学生も多いという。
「うちもサーバを管理してるし、そこでインターネットから情報があるかも知れない」
 急に横から飛び出してくる人間を裏拳ではったおして彼はひた走る。
 陸上部の梓でも息が上がっているのに、耕一は全く息が上がっていない。
 別に身体を鍛えている風でもないのに。
――『柏木』の力か…
 追いかける梓は彼の後ろ姿を見ながらそう感じていた。
 いつの間にかできていた溝。
 嫌でも思い知らされる、耕一との差。
 でも、確かこの間隆山で会った時は体力だけなら負けていなかったはずなのに。
――…良かった…
 と思うと同時に寂しいような気がした。
 ほんの僅かな事。
 梓は楓の感情を、『夢』で感じた。
 耕一に抱かれた記憶を手に入れた。
 でもそれだけだった。
 結局耕一のことを知らない自分がいることに気がついただけだった。

「梓」
 気がつくと耕一が真横にいた。
「大丈夫か?」
 遅れてきたのだろう。耕一が気を利かせて速度を落としたのだ。
「う、うん」
 でも、彼女にもプライドという物がある。
「それより耕一、まだなのかよ」
 折角気を利かせてくれてもそれに甘える事ができない。
「ん…ああ、もうすぐだ」
 耕一は少し先を指さした。
 彼の指先の向こう側に、黒い建物が見えた。

 耕一の通う大学。
 ここは理工系の大学であり、どちらかと言えば夜中でも研究室やらに電気が灯っているのが常。
 案の定、一部の電源が生きている部屋はまだ煌々と明かりが灯っていた。
「やっぱり」
 そして、鉄格子に数名の者が溢れていた。
 侵入を試みようとしている者。
 逃亡を試みようとしている者。
 そのどちらも、例の『敵』だった。

 それらが一斉に彼らの方を向いた。
 安物のホラー映画のようにのっそりと、そのどろっと濁った白い目を、まるで調子でも合わせたかのように。
「梓」
 一瞬声を掛ける。
 同時にしゃがみ込んで彼女の腰を抱く。
 そして。

 一瞬腰だけが宙に浮いた。
 と言うより腹筋がよじれて引っ張られるような感触だった。
 文句を言う事もできず、梓は急速に離れていく地面を見つめている。
 無理な力が加えられて呼吸困難になる。
 二人の身体はあっという間に大学を囲む塀以上の高さに跳躍していた。
 そして音もなく着地する。
「こういっ」
 あまりの出来事に声が裏返っている。
「文句は後だ。来るぞ」
 言いながら、耕一は愚痴た。
「こんな事なら、さっさと塀を乗り越えりゃ済んだ」
 

「ちょっとぉ、なんでこんな時に限ってこんな事になるのょぉ」
 大学の教場。
 ここも特に戸締まりなどは厳しくはないため、放課後解放している場所も少なくない。
 一部の教授が夜遅くまでいるから、という理由のため、その教授が担当する教場は言えば貸して貰えるのだ。
 真面目な、その教授のゼミの学生が自分の席で勉強することもある。
 実は由美子も時折気がついた程度に利用していた。
 真の目的が、大抵の場合はあったのだが。
 その彼女が、出入り口に机を幾つも積んでバリケードを作っていた。
 バリケードに寄りかかるようにして彼女は床に座り込んでいる。
 今でもがんがんと扉を叩く音が聞こえる。
――嫌ぁ、来ないで来ないでっ
 頭を抱えて彼女は声にならない叫び声を挙げた。
 何故か、隆山での出来事を思い出す。
 『鬼』に連れさらわれた事。
 がたがたと顎の奥で歯が音を立てている。
――怖い…
 あの時みたいに耕一君が助けに来てくれないだろうか。
 我ながら余りに都合の良すぎる考えだと思った。

 耕一達は、まだどこかの研究室に専属という訳ではない。
 まだ一般教養の科目もいくらかあるし、研究室もさらっと紹介されただけだ。
――取りあえず誰かいるだろう
 安易な考えだったが、あのまま暗い自分の下宿で過ごすよりはこっちの方が安全だろう。
 取りあえず人が多い方がいい。
「…?」
 教場に電気がついている。
 と言うことは誰かいるはずだ。
――由美子さん?
 彼は気がついて足を止めた。
「耕一?」
「知り合いが…」
 梓も教場の方に目をやった。
 机で作ったバリケードを両手で押して何か叫んでいる。
 駄目だ。
 もう横や上の方から崩れ始めている。
「中にももう入り込んでいるのか?」
 四の五の言っていられない。
 彼は窓に手を掛けた。

  めき

 アルミのサッシが歪む。
 音を立てて鍵が弾け飛び、勢いよく窓が開いた。

  悲鳴

 同時に由美子は音のした方を向いて大声を上げた。
「心外だな」
 思わず声にだして、彼は片手でひょいっと窓を飛び越える。
 そして教卓の前を通って彼女の側まで来る。
「少し離れてて、由美子さん」
 由美子が離れるとがんがんという音と共に机が崩れる。
 その隙間から、見覚えのある人間が顔を出す。
 耕一は舌打ちする。
 ゼミで同じ学生だ。由美子とも仲の良かった奴だ。
――ごめんよ
 だが、彼は目の濁った彼らの姿を一度見ていた。
 隆山で見た、あの『鬼』の少年ら。
 梓を襲った時、奴らは既に薬によっておかしくなっていた。
 あの時の状況と変わらない。
 判断は速い。
 地面を蹴って、耕一の姿が宙に舞う。
 同時に両腕を振り上げる青年。

  肉を叩く鈍い音

 呼吸と同時に振り抜いた耕一の脚が、彼の顔面を砕くように命中する。
 その勢いで顔を思い切り仰け反らせる。
 若干の反作用で彼は宙に一度静止し、着地する。
 同時に青年は床で勢い良く弾けて廊下の向こう側の壁に激突した。
 動かないのを確認すると、彼はバリケードから降りる。
「大丈夫?」
「こ、耕一君…」
 由美子は手を差し出した耕一の顔をみて、そのまま気を失った。

 後を追おうと思った。
 実際、ここでじっとしていても仕方がない。
――!
 だがその途端急に後ろから羽交い締めにされ、口を押さえられる。
 肘鉄を入れる風に右腕を前に差し出しながら腰を落とす。

  ふん

 梓の気合いと同時に地面が鳴る。 
 腕を引きながら身体を前傾させるようにすると、背中にあった重みが急に軽くなる。
 そして、そこで地面を蹴った。
 容赦はいらない。
 梓は躊躇わずに後ろに組み付いた人間を一本背追いの要領で担ぎ上げた。
 投げた勢いで宙に舞った梓は一回転している。
 そのまま『鬼』の力を全力で解放する。

  ぐしゃ

 嫌な音が聞こえた気がした。
 頭の後ろでうめき声を上げて、梓の頭から腕が離れる。
「噴」
 そしてここぞとばかりに両足を振り上げ、ばね仕掛けの人形のように立ち上がる。
 彼女は勢いを利用して後ろを振り向くと、そこには3人の人間がいた。
 男二人に女一人。
 恐らく年格好からして大学生だろう。
 倒れているのはもう気を失っているが、こいつだけは恐らく学生じゃない。
「誰だか知らないけどさ、あたしは倒せないよ」
 そしてにっと口元を歪める。
「あの時の借り、返すよ」
 そして彼女は疾風へと姿を転じた。
 

 鬼の力、というのは非常に恐ろしい。
 現実に存在する生命の中で、最も強い力を秘めた生命。
 確かにその能力は非常に強力で、簡単には砕けはしない。
 だが既に薄まった血では全くその効果はない。精々、普通より病気にかかりにくいとか、その程度の物だ。
 気がつかない事の方が多い。
 だがその気がつかない程度というのが問題になる。
「しゅにーん!外が大変ですよ!」
 夜中と言ってもさしたる差はない、来栖川総合研究所HM研。
 最近では最新機の開発はそっちのけで月島の証拠を追っていた。
「五月蠅いな、そろそろ来る頃だとは思っていたさ」
 現在、コンピュータの前でずっとキーボードを叩いている。
「…主任?」
 インスタントコーヒーを彼の側に置きながら、部下の一人が声を掛けた。
「なんだ」
 画面から少しも目を離さずに言う。
「あの、試作していた筐体はどこにおいたんです?」
「それならそこの乾燥室に入れているだろ?」
 長瀬は鬱陶しそうに頭を上げる。
 見慣れない研究員だ。若いし、恐らく配属されて初めてなのだろう。
 ふと違和感を覚えた。
「…来い」
 長瀬は彼を連れて、研究室の隅にある筐体の乾燥室に案内する。
 ここは過去にマルチの筐体を保存していた。
 今では、マルチの記憶以外は試作品の筐体や予備の筐体があるだけだ。
「ここが乾燥室。部品何かは全てここに保管する。電子機器は埃や塵、湿気を特に嫌うからな」
 そう言って彼はすっと懐に手を入れた。

  ちゃき

 すぐに差し出された手には、黒い金属が握られている。
「何を」
「動くな。騒いでも誰も来ないよ」
 いきなり突きつけられた銃に戸惑った表情を浮かべて、青年は顔を蒼くする。
「最近物騒でね。うちの研究室、なかなか新入りが入ってこないのね」
 まるで人事のように淡々と述べる長瀬。
 白衣に拳銃という非常にシュールな構図。
「それに新入りは必ずその日に宴会芸をさせるから、忘れるはずないんだよ」
「…不幸ですね、それは」
 青年は糸のように細い目で笑みを作る。
 そして頭をかきながら困った色をありありとその顔に浮かべる。
「困りましたね…分かりました。流石は、と言っておきましょう。でも私は産業スパイではないんですよ」
 そして、何気ない動作で彼は手の中からカードを出した。
 それは奇術のようにほんのわずかな動きで、掌の中に出現したようにしか見えなかった。
 長瀬の目が引きつる。彼が見せたカードの幾何学模様に見覚えがある。
「お分かりですね」
 彼は懐にそれをしまい、真剣な表情になった。
「私は敵ではありません。貴方の…そうです、祐介はご存じですね?」
 頷く長瀬を見ながら続ける。
「彼の、一つ先輩に当たります。彼からの伝言と、『我々』からお願いに参りました」
 源五郎はしばらく銃口を彼に向けたまま思案していたが、やがてそれを懐にしまう。
「…いいだろう」
 長瀬は研究室の人間に少し声を掛け、資料を取りに行くと行って彼を連れて出た。
 この研究所の資料室は、他者の産業スパイが喉から手が出る程欲しいはずの代物だ。
 長瀬が作ったメイドロボのデータも、全て保管されている。
「さて、ここなら良いだろう」
 それらを検索するシステムがあるあたりに、若干座るスペースがある。
 ここで書類を整理する事もできる。
 本来はここには常駐する事務員がいるのだが、夜中には流石にいない。
「話して貰おうか」
 青年はにっと口を歪めた。
「…あまり我々をなめない方がいいですよ」

  ぱりぱり

 長瀬は身体をぴくっと痙攣させる。
 肌の上を電撃が走ったような感触がしたのだ。
「しばらくこのあたりの警報システムは麻痺させました。残念ですが、私に関する記録は一切不可能です」
 目を丸くして彼の話を聞き、はあ、とため息をついて両肩をがっくりと落とす。
「なんだ、ばれてたのか」
「ふふふ。人を食ったような態度は噂通りですね」
 彼は口元に嫌らしい笑みを湛え、座る彼を見下ろすように立ち上がる。
「ではまず祐介からの伝言を」
 彼は小さな四角い箱を出して、それを長瀬の前に置いてスイッチを押した。

『…源五郎おじさん。祐介です。
 恐らく急な話で混乱していると思いますが、おじさんが関わってしまった事を悲しんでいます。
 詳しい説明をしておきたいのですが、残念ながらその時間すらありません。
 単刀直入に言って、現在、貴方は微妙な位置にいます。
 排除すべきか、否か。
 どうやら上の人間も決めかねているようです。
 私は一構成員であり、それに口出しはできませんが…
 部下を一人、派遣しました。
 私個人の話ではなく、今我々も抱えている問題を解決できる人物が、おじさんだけだという判断です。
 最後に。
 貴方は常に、何らかの形で見張られています。
 下手な動きをすればどうなるか、脅すつもりはありませんが気を付けて下さい』

 青年はスイッチを押して止めた。
「…さて、では我々からのお願い、を聞いて貰いましょう。
 彼は私の後輩ではありますが、恩人であり現在は部下という形を取っていますが」
 十分に長瀬を見下ろすと、彼は自分も席に着いた。
「場合によっては貴方を、十分使い物にならないようにする事は簡単です」
 沈黙。
 長瀬の表情は変わらない。
 彼はつまらなさそうにしてため息をつく。
「さて。端的に言いましょう。今から約一時間程前から騒ぎが起こっています。
 爆弾テロと同時に勃発した『戦争』です」
――やはり、な
 ある程度情報は上がっている。
 今まで独自に調べた結果、推論ではあったがやはり引き起こされるべくして起きた事象だ。
「原因は、お分かりのようですね」
 青年の言葉に長瀬は眉を顰める。
「私はこれでも科学者でね。論理的に考えることはできるが証拠もなく正しいとは思えないんでね」
 青年はくすくすと笑い、細い目を開いてうっすら笑う。
「そうですか。
 …あれが月島博士の遺産だと言えば…若干の証拠にはなりませんか?」
 鋭い目。
 怜悧な表情と相まって、とても笑っているようには思えない。
 眼光の鋭さの割に、色は濁った白。
 長瀬は彼に良い印象は持つことができない。
 むしろ、生理的な嫌悪感がまず頭に来る。
「月島博士の遺産、それが我々の利権を損害しつつあるのです。彼の存在が…」
 その鋭い目がゆっくり絞られていく。
 それはまるで、照準を定める重火器のようだった。
「たとえば、貴方を我々と結びつけた」
「…利権の侵害ね」
 一瞬余計なギャグが浮かんだ物の、彼は敢えて言わなかった。
――はん、まだまだ余裕があるな
 自分でそう分析しながら、心を必死になって落ち着ける。
 目の前にいる蛇からどうやって逃げようか。
 蛙は、睨まれていてもまだ逃げるつもりだ。
「今やそれが全世界的な規模で起こっている。詳しく言えばメイドロボの反乱、急激な人民の暴走」
 そしてにっと笑みを浮かべて、彼は掌を合わせて胸の前で組む。
「奴らの目的は分からない。だが月島博士の陰謀を探っている人物がいる」
「それが私と言うことか。…私にも分からない事の方が多いぞ」
「だから私が派遣されたのではないですか?」
 張り付けた笑みの――道化の仮面を彼は嫌と言う程見せつける。
「我々も彼の動向は分からないのですが…『Master Mind』という名前の麻薬をご存じですか?」
「知らん」
「静脈注射型の麻薬で、非常に揮発性の高い薬品です。何故揮発性が高いようにして売りさばいたのか」
 喋る彼の表情は、だんだん人の不幸を喜ぶかのような暗い色を呈してくる。
――これか…
 先程の生理的嫌悪を、彼は認めた。
 人間を人間と認めていないのだ、この男は。
「どうやら、薬を大量に拡散させるためだったようですね。
 考えても見て下さい?麻薬を使わない人間に麻薬をすわせる方法を」
「それで私に何をしろというのだ」
 いい加減しびれを切らした長瀬の言葉に、青年はきょとんとした表情を見せた。
 そして、改めて頭を下げる。
「分かりました。では情報交換ということで、条件を提示しましょう」
 青年は再び顔を上げる。
「その前に名前ぐらい聞かせてくれんか。話がしづらくてかなわん」
「…まあ、良いでしょう。私の名前は月島拓也。ま、どうせ祐介に聞けば分かることですね」

 次回予告

  幽鬼のような人々が、そうではない人々を駆逐しようとする。
  耕一の大学も、既に彼らに飲まれようとしている。
  「助かりました、先生。覚えてなかったらどうしようかと思いましたよ?」
  彼らを襲う影と、それを追う影。 

  Cryptic Writings Chapter 4:Sweet Child o'mine 第5話『虚』

   …まだ、終わってないよ

        ―――――――――――――――――――――――


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