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Cryptic Writings 
Chapter:4

  第3話 幻

前回までのあらすじ

  梓を連れて東京見物をする耕一。
  千鶴から楓の回復見込みがないことが告げられる。
  その途端再び情緒不安定になる梓。
  まだ語られていなかった夢の内容が紡がれる。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 4

主な登場人物

 柏木耕一
  20歳。鬼。
  最近鬼の能力を自由に扱う事を覚え始めた。

 柏木 梓
  18歳。
  元気な女の子。

        ―――――――――――――――――――――――

 二月前、隆山。

「梓、少し塩味が濃くない?」
 千鶴姉は味音痴だっていうのは、多分耕一でも知ってるはず。
 その千鶴姉がいうんだから、あたしは凄くいやーな顔をしたんだ。
 そんなはずないって、千鶴姉の分を味見した。
 …
 うん、これは塩辛い。
 まるで下手くそな料理屋で喰わせるまずい飯のように。
「ごめん、すぐ作り直す」

 あたしっておおざっぱなのかもしれない。
 普段はそんなことはないんだけど、ごくたまに味にむらが出る。
――あれぇ、おかしいな
 あたしはそう思いながら、一応全員分の味付けをしなおした。
 そして夕食の後のお茶は楓の役目。
「…あれ」
 楓がお茶を持ってきた瞬間、違和感があった。
 1、2、3、4、5。湯飲みが御盆に五つある。
 全員にお茶を配ってもまだ湯飲みが余っている。
 それでも何もなかったようにとって返すあたり、楓らしいけど。
 何も言わずにくすくす笑ったけど、あたしも同じ。
 初音も、耕一が帰ってすぐは寂しそうにしている。
 耕一が東京に帰ってからすぐは、いつもそんな感じだ。
 でも分からないのは千鶴姉だけだよ。いつもと変わらない様子で。
 恐らく。
――大人、なのかな
 と、思う。
 でも、もしそうだとすれば『大人』何かになりたくない。

 楓は無口で、いつも寂しそうな雰囲気を漂わせている。
 でも、感情が無いわけじゃない。楓だって人間なんだし。
 耕一が帰った日、妙に落ち込んでいた楓に、励まそうと思ってその日の夜に部屋に行ったんだ。
「楓、入るよー」
 慌てて動く気配。
 驚いたよ。
 だって、楓、机に突っ伏してんだよ?
「ね、姉さん」
 あーあぁ。もう、目を赤く腫らして。
「どうしたの。そんな、泣くほどの事か?」
 楓の奴、返事もしない。
 あたしの言葉に反論したいって感じがありありと分かる目。
 分かってる。でも、そんなに意固地になることない。
 だって、いつでも会おうと思えば会えるじゃないか。
「あいつがいなくなって寂しいんだろ?」
 こくん。
 こういうとこ、素直で可愛いんだけどな。
「私、耕一さんの事が好きです」
 今考えれば、あの言葉はどういう意味だったんだろうってね。
 だってそうだろ?
 あたしが姉だからって訳じゃない。
 彼女はあたしを完全に信頼してくれてそう言ったのか。
 彼女はあたしと一線を引いて対立したかったのか。
 今のあたしには、もう分からない。
 

 次の日、日曜日。
 本来なら耕一も、もう一日ゆっくりしていくはずだったのに。
『向こうで用事がある』って大慌てで引き返したでしょ?
 多分それがなければ何もなかったかも知れない。
 今更言っても遅いんだけどさ。
「あれ、しょうゆ切らしてる」
 いつもは買い置きが間に合うはずなんだけど、耕一が来たから少し早くなくなってたみたい。
 他にもいくらか少ないのがあるから、ついでに買い足すつもりで台所をでたんだ。 
「千鶴姉ー、ちづるねー」
 家計を握っているのは千鶴姉。それに一言言っておかないと心配をかける。
「…」
 こんな時、初音は勘がいい。
 家のどこにも、誰の姿も見ないままあちこちを探し歩いた。
 あたしは千鶴姉が楓の部屋にいるらしい事に気がついた。
――何やってんだろ
『何故!』
 楓の口調がいつになく激しい。
――こんなに激しい娘だったっけ?
『いいから落ち着きなさい、楓。あなたはまだ高校生なのよ』
 なんのこっちゃ。
 立ち聞きは良くない。
 そんなに急いでいないので引き返そうとした時、聞こえたんだ。
『関係ありません。私は私。今から耕一さんのところへ行きます』
 その後、居間にいたあたしに千鶴姉が声をかけて来たんだ。『楓の気を紛らわせてください』って。
 ようするに一緒に買い物に連れていってやれって事だったんだけど。
 前日の言葉もあるし、あたし…
「楓っっ」
 楓は背中から二回刺された。
 刃渡りの長いナイフのせいで、両方致命傷ではなかったものの、傷が肺に達していた。
 これにより呼吸困難になり、彼女は植物人間になってしまった。
 

「耕一さんが来てくれたのは嬉しかった」
 楓の言葉は、決して梓を責める強い言葉ではない。
 むしろそのまま放っておけば消え去ってしまうぐらいか細く弱い。
「楓」
「でも、何故か私は起きる事ができなかった。すぐ側にいるのに、耕一さんの声も聞こえなかった」
 僅かに、微かに目が震える。
「私の声は、耕一さんに届かなかった」
 目を閉じる。
 両肩を震えさせて、力一杯目を閉じる。
 梓は泣き出しそうな楓の側に行って、両腕で抱きしめてやる。
 懐かしい楓の匂い。
「馬鹿、少しぐらい恨み言、言ってくれたっていいじゃないか」
 視界が滲む。
――あれ…夢じゃないのかな
 両目に涙が溜まっているのに、彼女は気がついた。
「馬鹿…赦してくれなくてもいいんだ、あたしは…」
――楓を見殺しにした
 夢でもいい。
 懺悔の機会が欲しい。
「姉さん、だから姉さんにお願いしたいの。…耕一さんの事、好きなんでしょう?」
「っ!楓」
 梓は楓を放して彼女の顔を見つめた。
 いつもの冷たさを感じる表情が、梓を見つめている。
「…お願い」
 

 梓は言い終わってから顔を真っ赤にした。
「いや、もしかして夢だったらあたし、馬鹿みたいじゃないか。だから言いたくなかったんだ」
 自分から言った癖に。
 耕一は怪我をしたくなくて、敢えて言葉にはしなかった。
「…んで、例の夢も見せられたのか」
 うーっと目を彷徨わせながら唸り、こくんと頷く。
「あのっ…そのさ」
 梓はしどろもどろに言葉を探しながら、ゆっくり顔を上げる。
「その…耕一は、どう思う?」
 ただの夢だと思うか?
 その割に内容は堂に入っている。細部まできちんと再現された『エディフェルと次郎衛門』の話。
 明晰夢での楓との会話。
――梓の思いこみは激しい方だが…
 確かに、梓が勝手な解釈をした夢、というのも考えられる。
 良心の呵責に責め悩む人間が、故人に慰められるという勝手な内容だ。
――俺に信じろというのか?
 しかしもしそうであるならば、梓の遠回しな告白じゃないのか?
 だから恥ずかしがってるんだろうが。
「…もし夢なら、確かに馬鹿だな」
「なっ」
「待てよ。楓ちゃんの夢だろ?分からないな、全部嘘とは限らない」
 自分の中に妙に覚めた部分があるのを認めながら、それでも梓の顔を見つめる。
 ただ彼女が思いこんでいるだけならば構わない。
「まだ続きがあるんじゃないのか」
 多分、聞かなくても分かっている。
 確認したい訳ではない。
「夢は本当にそこで終わったのか?」
 梓は小さく声を挙げて困ったように表情を歪める。
 そして、かぁっと顔を赤くする。
――…まだ、続きはあるんだな
 今ので大体の内容は掴めた。
 想像していたとおりのようだ。
「…こ…」
 耳まで赤くして声を喉に詰まらせている。
「じゃ、なければここまで家出する事はないよな」
 思わず洩れるため息。耕一は自分の後頭部をがりがり掻きながら言う。
「…あたしじゃだめなの?」
 泣きそうな表情。
――やっぱり姉妹だな
 その表情は、細かな仕草は楓によく似ている。
 そんなはずはないのだが、もっと険のある表情だったはずなのに、と思う。
「自分の妹と自分を比較するつもりじゃ、ないよな、梓」
 責めたくはない。それに、彼女の気持ちだって嬉しい。
 楓が生きていて、彼女にその想いを託してくれたのなら梓を受け入れるべきかも知れない。
「楓ちゃんは、俺にとってかけがえのない女性だ」
 梓は表情を変えない。
「でも、それは梓、お前も同じ事だ」
 少しだけ、梓の表情が揺らいだ様な気がした。
 分からない。
 瞼が引きつっている。
「はいそうですか、って簡単に受け入れられるようなものじゃないんだ」
「どういうこと?」
「理屈じゃないよ」
 理屈かも知れない。
 楓ちゃんは帰ってこないからと言ってそれを引きずる必要はあるのか?
 『次郎衛門』も残されたたった一人の妹と結婚したではないか。
――違う。だから救われた訳ではない
 その結果はどうなった?
 何も残らなかっただろう。最後まで彼は忘れられなかった事を悔やんでいた。
 リネットを、愛することはできなかった。
――…繰り返さない自信が俺にはないんだ
 今だって必死になって梓から楓ちゃんの雰囲気を探ってるじゃないか。
 梓の目を見つめながら彼は頷く。
「じゃぁ、…お前は楓ちゃんの代わりでいいのか?」
 
 

 ほぼ同時刻、東京。
 あるビルの一室。
 サーバを集中管理しているとあるネットワーク企業のビル。
 通称、『Babylon』。
 堕落と退廃の象徴であり、栄華を極めた文明の代表として挙げられる伝説の都市。
 他のコンピュータの関連企業と同様に、警備は全て自動化している。
 警備員の格好をしたセリオ型がうろうろしている。
 生きている人間は、ここにはいない。
「さあ、宴を始めよう」
 鈴の音の様な声が暗闇に響く。
「時は満ちた」
 

  ごり

 セリオの足が何かを踏んづけた。
 彼女は緩慢とも思える仕草でそれを見、足をどける。
『M13-B、巡回路解放します』
 警備詰所に当たるコントロールルームに彼女は連絡を入れた。
『了解。二分以内に行え』
 セリオは転がっていたものを軽々と拾い、壁際に投げ捨てるようにした。
 それは力無く項垂れ、壁を滑るように落ちた。
 唯一の人間の警備員、警備隊長だった。

 コンソールパネルの並ぶここでは、セリオ達の動きも、コンピュータが流しているネットワークの状況も全て把握できる。
 勿論、警備状況も。
「眠りについた我が同胞(はらから)共よ、立ち上がる時だ」
 暗い部屋の明かりはディスプレイの光だけ。
 緑色に輝く光に照らし上げられるのは小柄な少女。
 華奢な体型で、活動的な服を着込んだ彼女は、見る人が見れば分かるだろう。
 髪型こそ違え、マルチ型のメイドロボだ。
 だが彼女には表情があった。
「この街も、我らのものに」

  かちり。

 その時全てのスイッチが入った。
 渋谷で飲み歩く若者も、
 新宿で客引きをしている者も、
 銀座で接待をする会社員も、
 神田を歩く者も、
 全てがほんの一瞬にして。

 被害者へとその姿を転じた。
 

 巨大なコンソールを目前にして、少女は指を触れることなくコンピュータを操っている。
 側には誰もいない。
 目の前にあるのはモニタだけ。
 そう、このだだっ広いオフィスの一角に彼女とコンピュータ以外は存在しないのだ。

  かたん

 少女は立ち上がった。一瞬その表情が強ばったように見えた。
 元々冷たいそれは、ゆっくり確実に表情を形作った。
「…ユウ…今どこにいるんだ…」
 それは彼女が彼女として生まれて初めての感情。
 他人を『必要とする』感情。
 自分ではない何かを頼ろうとする感情。
 『彼女』は自分の唇を噛んで拳を握りしめた。
 彼は今彼女の側にはいない。
 彼女が意識さえすれば彼の感情も、仕草も、声も、心臓の鼓動さえもモニタできる。
 だのに、側にいないことが何故こんなに辛いのか。
――ハン、馬鹿馬鹿しい…
 彼女の茶色く染め上げた短い髪が、むらを帯びる。
 元々の緑色が光の具合で透けて見えるのだろう、光ディスクのような輝きをそれに見ることができる。
「奴の戦闘能力でも、『奴ら』にかなうかどうか分からないんだぞ」
 このビルは元々コンピュータネットワークを行っている会社の物だ。
 従って、巨大なサーバマシンがここには存在する。
 インターネットにも無論繋がったそれは、莫大な数のハードディスクとCPUを積んでいる。
 どれかが不調でダウンしても、別のシステムがそれを補う為に幾つものサーバが並列されている。
 サーバ一つ一つも、内部構造は幾つかのCPUとやはり幾つかのハードディスクからなり、おおよそ同様である。
 これらの、集積された情報群を人間にたとえ、積み上げられた防壁とマシンを文明の象徴として『Babylon』と呼んでいた。
 人類の栄華の象徴として、それは『理想郷』の代名詞として呼ばれた。
――とでも考えたのだろうな
 だが同時に『退廃と堕落』を象徴した言葉に成り下がっている。
 Babylonはまさにそれによって滅んだのだから。
――フン…相応しい名前だ
 振り向いた先には人間がいる。
 自分達の敵がいる。
――さしずめ…そうだな…
 彼女は振り向きながら、人間より処理速度の速い『脳』からある言葉を抽出しようとする。
 そして苦笑いを浮かべてそれを握りつぶした。
――お前達の墓標には、もったいないほどの名前だ
 

 二人の間に沈黙が漂う。
「俺は、梓じゃ楓ちゃんの代わりにはならないと思っている」
「何で」
「梓、お前はお前だろう?世界中の誰だって、梓の代わりになる人間なんていない」
 梓の表情が変わる。
 惚けたような、唖然とした表情。
「耕一…」
「だからたとえ夢でも、夢でなくても、俺はそんな理由じゃお前を認めたくはない」
 その時、妙に低い物音が響いた。

  ずずううん…
 

「…爆発?」
 すぐ近くだ。
 耕一は音が聞こえた方の窓を開ける。
 暗くてよく分からないが、何か煙を上げている。
「何?」
「いや…分からん」

 どん  どん  どんどん

 だが彼の見ている前で次々に破裂音がして、煙が上がる。
「ばば、爆弾テロ?」
 慌ててテレビを付けようとすると今までついていた電気が不意に消えた。
「ちっ」
 駄目だ。恐らく今の爆発で送電線でも切れたのだろう。
 電池で動くラジオなんて便利な物を持っている訳ではない。
 携帯電話もない。ついでにネットワーク端末もない。
 2000年問題とか言う奴で便乗販売してる奴を買っておけば良かった。
「耕一、あれ」
 戸惑っているうちに、梓が声を挙げた。
 窓の外を指さしている。耕一は彼女の横から指さす方を見た。

 悲鳴。
 今まで仲良く話をしていたはずの人間が、急に白い目を剥いて涎を垂らして襲いかかってきたのだ。
 ついさっきまで何ら関わりのないはずの人間が、こちらを向いて飛びかかってきた。
 耕一から見える人間は2種類いた。
 阿鼻叫喚を挙げる者。
 意味不明な声を挙げて襲いかかる者。
「…なんじゃこりゃ?」
 閑静な住宅地が、つい先刻まで爆弾が爆発するまで物音すらしなかったのに。

  がた  がたがた

 下宿のアパートの周辺でも、妙にざわざわし始めた。
 嫌な予感が、今になって的中しそうだった。
「逃げよう」
 玄関に掛けたジャンパーを取りながら梓の手を取る。
 と同時に扉が音を立てて開かれた。
「あちゃぁ…」
 今、完全に鍵が吹き飛んだ。
 その瞬間、彼は一万円札に羽が生えるのが目に浮かんだ。

   ぐるっるるるるるるううううううぅぅぅぅぅ

 両腕をだらりと下げて、歯茎をむき出して野犬のように唸るそれは、既に見慣れた隣人ではなかった。
 既視感。
「ちゃんと鍵代、払わせるからな!」
 男が襲いかかってくるのにカウンター気味に耕一の蹴りが顔に入る。

  ぐしゃ

 嫌な音がした。
 足の裏側で、液体を含んだ物を叩く感触。
 哀れな元隣人は、勢い良く弾けて金属製の手すりに激突する。
 あ、と言う間もなく身体を反り返らせて下へ落下した。
「行くぞ」
 梓は敢えて彼の手を振りほどいた。
 咎めるような、驚いたような顔で振り向く耕一に彼女はいつもの笑みを見せて言う。
「馬鹿。あたしは護って貰う程弱くはないんだ」
 嬉しそうな様子の梓に耕一は苦笑して見せる。
「んじゃ、俺が護って貰うかな」
 

 種子は撒かれた。
 あとはそれを収穫するのみ。
「…狩りの時間だ」
 同時刻、別の場所。
 男の声と同時に電源が投入される音。
「目標の捜索と殲滅。『我らが兵士』を除く全ての人間を、刈り取れ」
 指令を与える男の目は黄金色に輝き、威圧的ともとれる気配を放っている。
 兵士は全てメイドロボ。
 ここにいるのは全て赤い髪をしたセリオ型ばかり。
「獲物を逃がすな。ゆけ」
 一斉に散開していく彼女達。
 そしてその後をゆっくり追うようにして、男は一歩踏み出した。
「待て」
「はい」
 その中で、彼は一人に声をかけるように引き留めた。
 彼女は、唯一のマルチ型だ。
 彼女が振り向いて、彼を見つめる。
 男は無言で一度目を閉じると、右腕を振るった。
「行け」
「はい」
 彼女は素直にそれに従い、背を向けた。
「俺も、行くか」
 笑みを湛える口元から覗く牙。
 男はゆっくりその姿を変貌させていった。

 次回予告

  大学に逃げ込む耕一達。
  突如凶暴化する民衆、現れる緑の髪の白い死神。
  「あの時の借り、返すよ」
  丁度その頃、長瀬はある人物と出会っていた。

  Cryptic Writings Chapter 4:Sweet Child o'mine 第4話『偽』

   …あれが月島博士の遺産だと言えば…若干の証拠にはなりませんか?

        ―――――――――――――――――――――――


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