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Cryptic Writings 
Chapter:2

   第4話 Knockin'on heaven's DOOR

前回までのあらすじ

  浩之は結局協力する羽目になり、マルチが再び発見される。
  そこへ強襲する男。それは浩之が一度見た刑事だった。
  長瀬に協力を依頼すると、彼は一枚のDVDを準備し始めた。

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Chapter 2

主な登場人物

藤田浩之
 16歳。特技は見よう見まね。でもきちんと身体を鍛えているらしい。

長岡志保
 16歳。情報発信基地を自称するが、どちらかというと『混乱発振基地』と言う感じだろう。

来栖川綾香
 16歳。エクストリーム優勝者。女性にしては良く鍛えられた身体で、大の大人でも一撃でのす。
    とはいえ、美人で普通の女の子なところもある。

 セバスチャン
  じじい。恐ろしく腕の立つ格闘家であったと噂されている。
      前回相応の腕を見せて活躍した。

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「ちょっと、その辺で待っててくれる?セリオを呼び出すから」
 車を近くの駐車場へ止めさせて、綾香は再び電話を始める。
 その間、浩之は一度車外にでた。まだ日は傾いたばかりで、日が沈むまでには時間がかかる。
――全く、お人好しだよな…
 ジュースでも買おうとポケットに手を入れて、何の気なしに顔を向けた。
「あ」
「え」
 偶然、志保と目があった。
 どうやら、このすぐ近くの商店街に来ていたらしい。
 制服姿のところから察するに、その辺のブティックだろう。
「…ヒロ、その車、来栖川…」
 志保が続けようとするのに割り込むように、綾香が車の陰から現れる。
「浩之、しばらくかかりそうだから…」
 ばったり。
 顔を、合わせてしまう。
「あーっ、ヒロ、やっぱりあんた」
「半ば成り行きでな」
 否定せず、彼女を抑えるようにいう。
「昨日あれだけ言ってたのに、警察に任せるんじゃなかったの?」
 浩之は若干目の光を強める。
 そう、確かに彼はそう言った。だが、肝腎な刑事が今、つい先刻襲いかかってきたのだ。
 先刻までは確かに成り行きだったが、もしかすると必然だったのかも知れない。
「…警察が信用できないとしたら?たとえば刑事が、犯人とグルだったら?」
「え?」
 彼女は彼が言いたいことが良く理解できなかった。代わりに、綾香が後ろから声を掛ける。
「え?もしかしてあの男、刑事だったの?」
 綾香が割り込むようにして言う。
「ああ、刑事が俺達を襲ったんだ」
 志保は困った表情を浮かべてうーっと唸る。
「…あかりが心配してんじゃないの」
「志保、お前はすぐあかり、あかりって言うがな」
 すっと人差し指を彼女の鼻先に突きつけると、志保は驚いたように一歩退く。
「な、…何よ」
 一瞬の逡巡の後、彼は口を開いた。
「マルチを返して貰う」
 今はここでこいつを退かせるに十分な理由を突きつける必要があると思った。
 だから浩之は、今そう言うことを聞く時ではないと感じた。
「確かに、あかりも大切な奴だ。しかしマルチも大切な友人だ。あいつはロボット何かじゃない」
 ぎり、と歯を食いしばって睨むように志保を見る。
「たとえ捕まっているのがお前でも、助けられるところにいるのに放っておける訳ないだろう!」

  ぱんぱん

 綾香は拍手するように両手を打ちならしながら、リムジンのボンネットに身体を預ける。
「はいはい。捕まってるのがあたしだったら?それでも助けに来てくれる?」
 綾香がからかい半分に言いながら、二人を見比べるようにして言う。
「志保さん、だったかしら。非常に申し訳ないんだけど、もうしばらく彼を貸して貰えるかしら」
 そして、猫のように笑みを浮かべて両手を組む。
「確かに先刻、男に襲われたけどね、彼は的確に対処したわ。今ここで抜けられても困る。彼には手伝って欲しいの」
 しばらくの沈黙。
 やがて、志保が口を開いた。
「…分かった。…でも、一つ条件を聞いて」

  ぱぁん

 浩之の頬が鳴った。
 きっと浩之の顔を睨み付けて、志保は叫んだ。
「馬鹿!怪我して帰ってきたら承知しないから!」
 背中を見せて走り去っていく志保を唖然と見送りながら、浩之はため息をついた。
「なに?女の子二人も泣かせる気?」
 にやにやして綾香が見つめるのをふん、とかわす。
「るせえ」
「御嬢様、来たようですぞ」
 小さな軽が駐車場へ滑り込んでくる。勢い良く、しかし正確に駐車場に止めると、彼女は姿を現した。
 HMX-13セリオだ。
「――御嬢様、只今参りました」
 同時にトランクが開く。
 セリオはトランクの中に入ったスーツケースを開いてみせる。
 綾香は口笛を吹いて目を輝かせる。
 中に入っていたのは、軽易なアーマージャケット、ごっつい革手袋、そしてトンファーだった。
「結構気が利くじゃない、あの人」
 スーツケースは全部で4つ。
 中身はどれも同じだが、若干サイズが違うらしい。
「取りあえず、そっちに積み替えて。移動しながら車で着替えるわよ」
「…なんで4つもあるんだ?」
「――それは私のです」
 セリオが、何の感情もない声で言った。
 リムジンの後ろに綾香とセリオ、そして助手席に浩之が乗り込むと、再び発進した。
 

  かたた かた かたかた

 長瀬はネットワークの専門家ではないが、それなりに扱える人間である。
 これでもマルチの『心』のメインプログラマである。中枢は彼が手がけたのだ。
――…いた
 彼は『男』を探していた。
 マルチをさらい、セリオに殺人を行わせ、今敵対している『男』を。
 ネットワーク上に残った痕跡から、かろうじて彼は『男』を見つけた。
 そのデータを一度にダウンロードする。『男』のように、よけいな痕跡などは残さない。
 巨大なサーバ間で使用するような回線を使用してほんの数秒で端末に落とすと、素早く展開する。
「…!こ、こりゃあ」
 長瀬は思わず声を上げて、慌てて周囲を見回した。
 彼が奇声を上げるのは日常茶飯事なので、別段気にした者はいなかった。
 それを確認すると再び目をディスプレイに落とす。
 『Hephaestus』
 一度だけ聞いた名前がそこに写っていた。
――月島っ、まさかお前…

 ユウと呼ばれていた男は釈然としない物を感じていた。
 直接自分を指名してきたのがあの『博士』だ。
 時々そう言うことがあるのは、聞き及んでいた。
 それが『奴ら』のやり方だと。
 だから『休暇』をとって、博士に応じた。この仕事は彼の上司は知らない。
 博士の身分も、立場も彼には伝えられていなかった。直接の交渉であるにも関わらず、だ。
 彼はかぶりを振った。
 そんなもの、ターゲットには必要ない。いつもならそう割り切れるのだが、今回は違う。
 獣のように鋭い嗅覚が、きな臭さをびりびり感じているのだ。だから、いつもならクライアントなどに突っかかりはしないというのに。
――忘れろ。…仕事に私情は邪魔なだけだ
 彼は自分の身を守る術は心得ている。小さなガキの頃から嫌と言う程教え込まされたものだ。
 この、社会という枠組みに。
 彼はもう一度アパートを振り返った。
 月が昇ろうとしていた。
――多分、あいつらはもう一度来る
 鋭い目をさらに細くし、彼は歯ぎしりをした。
 仕事にはプライドがある。確実に仕事はこなす。たとえそれがどんなに嫌な仕事であろうと。
――風…
 頬を撫でる風に、細かな振動があることに気がついた。
 来る。
 それがエンジンの音であることに気がつくのに、時間はかからなかった。

  ききぃぃぃ

 軽いタイヤの軋みとゴムの焼ける匂い。
 荒事は嫌いではないが、この『闘い』が始まる瞬間は、男にとって最も『生きている』事を感じる瞬間だった。
 どちらかというと武闘派。それも、できる限り武器を使わない本当の『武闘派』。
――さあ、来い
 うっすらと男の目が赤く染まった。
 車の扉が開き、赤い風が彼の真正面に飛び出してくる。
 不意をつかれて慌てて飛び退く。
――!?
 間合いを切ったはずなのに、影はまるでその行動を読んでいたかのように間合いを詰めた。

  ぶわ

 風が男の耳を叩いた。
 微かな痛みが、耳が切れたことを知らせていた。
 その時、目と鼻の先にいる人物の表情が見えた。
 冷たい、何の感情も映さない仮面。
 まるで薄いビニールを貼ったような、むらのない顔。
――ロボットか!
 冷静で的確な攻撃に納得がいった。
 奴は人間以上の感覚を駆使してその行動を規制しているのだ。
 しかも分の悪い事に、人間と同じ気配はしない。
 ならば。
――全力を出すしかないんだな
 躊躇はできない。
 既に次の拳が彼に襲いかかっている。それを素早く流し、間接を決めながら地面に叩きつける。
 が、まるでそれが真綿のように衝撃が伝わってこない。どころか、逆に自分の身体が勢い良く跳ね上がった。
 宙に浮く瞬間、彼は快哉を叫んでいた。
 久々に、それは解放を望んだ。
 ほんの一瞬の躊躇は、やがて暗い歓喜にとってかわった。

  ずしゃ

 重い、重すぎる着地の音。めくれ上がるアスファルトの欠片が、構えるセリオの足に跳ね返った。
 男の身体が音を立てて膨らむ。
 先刻までの威圧感を、遙かに上回る殺気と存在感が辺り一面に放出された。

 結果間合いをとる事になったセリオは慌ててデータを検索していた。
 敵の運動能力を測りかねていた。
 車で移動中に長瀬からダウンロードを受けた各種格闘技のデータだけで対抗できるのか。
 戦闘が始まって既に1分が経過している。セリオの何の感情も表さない顔に、僅かに汗が浮かんでいた。
 アクチュエータの発熱はまだ許容量だが、このまま続けばあと2分で放熱限界に達する。
 主任からは最終ロックの解除が行われていたが、彼女はそれを使うことを『躊躇って』いた。
 既に、彼女のマスターは「綾香」であり、主任ではないからだ。
――身長2m、推定体重400kg…
 人間ではない。
 彼女はすぐに使用するデータを置き換え、新しいデータの要求をネットワークに流した。

「主任!セリオから…」
 長瀬が気づいたときには既にセリオからの『データ』が、巨大なバックアップデータが送信されてきていた。
 データベースがセリオの要求に対してデータを返送してしまっていた。
――まさか、あのデータだけで足りないのか?
 そんなはずはない。
 長瀬が確認しようとする間もなくデータ受信が開始された。
 リアルタイムに状態を確認する。
  ヘッダの形式がメールではない。データもアスキーではなくバイナリである。
「君、すまないがすぐに通信ポートを開いてくれないか」
 長瀬が声を掛けたのは、HMXシリーズの試作段階でフレーム等のシュミレータを作成し、
 完成時には各センサの状態からフレームの動きをモニタできるようにプログラムした人間だった。
 物としてはモーションキャプチャーに近いものだが、各間接の負荷やアクチュエータのデータから、
 どんな素材にすべきか、どんな衝撃を受けるのか等の研究用に細かなデータも出力できるようになっている。
 そのためのログデータにそっくりだったのだ。
「セリオが、ログを出してきている」
 勘だった。
 だが、自分の娘の考えることが分かるような気がした。死に臨んだ娘の気持ちが。
 やがて送られてくる膨大なデータがフレームモニタに送り込まれる。
 このアプリケーションはポリゴン状の人型フレームが、現実の状態をトレースするようになっている。
 ただの円柱の組み合わせたような不格好な人形が、ワイヤーフレームの空間に出現する。
「…動き出しました」
 やがて滑らかに、非常に人間くさい動きでそれは動き始めた。

 幾つもの警告。
――オプションの不足、電圧の低下、アクチュエータの放熱限界、蓄熱量の上限、過負荷警報…
 恐らく『自己保存』プログラムが強制停止を命じるのも時間の問題だろう。
 彼女は、そのプログラムが動かないように自らの今までの記憶から総てバックアップを取るようにした。
 さらに、現在の行動すべてのログを自分のデータベースに流すことにした。
 それら、彼女のこの思考まで含めて、長瀬の目の前で再現されていた。
 彼女が相対していた人間に対して『熊狩り』のデータを必要としたところも。
「何故だ」
 セリオの目を通したデータは、巨大な衛星回線を使うと言っても非圧縮では回線を圧迫するためか、まだ流れてこない。
 『解除』コードは既に流したのに、彼女はまだ『兵器』になっていない。
 自分のデータを守るための行動を起こしているのに、目の前の敵に自分の『死』を予感しているのに、
「何故全力を出して戦わない!」
 長瀬は机を叩いた。
 思い切り叩いた。
 HMX-13の開発には『あの男』月島も関わっている。だから、セリオには『兵器モード』が備わっていた。
 通常は必要ない、一種のオプションのような物の為に普段は眠っている。もちろん販売されたHM-13には搭載されていない。
 これは、開発当初に考えられていた兵器としてのロボットの利用の構想がまだ残っていたからだ。
 残す必要はなかったが、長瀬は敢えて取り外さなかった。厳重にロックし、自分でもその使用が制限されてしまうように。
 火器は現段階で一部実装する必要のない火器を除いて、一つだけ渡している。
――相手は一体何なんだ
 送られてくるデータからは想像もつかない相手である。
 初めはどうやら成人男性だったのだが、今――恐らく3分22秒前から――は熊のような生物と戦っている。
 フレームは休みなく動き続けている。
 嫌な予感がした。セリオを戦闘専用から汎用型に換装した段階で既にフレームや電源に戦闘状況への対応が比較的短期間に縮んだこと。
 既に最後のログに入り始めたこと。
「馬鹿なことを考えるんじゃないぞ」
 長瀬はここから自分の声が届かない事が非常に無念に思えた。
――必ず無事で帰ってこい…もう一度
 その時、人形は首を掴まれたように直立し、地面に叩きつけられる。
「セリオ!」
 と、同時に接続が切れた。

 初めから、綾香と浩之は直接マルチを狙っていた。
 セリオが彼を抑え、その間にアパートを強襲する。
 男の格闘技術を前提にした場合、それが最も有効な手段だとセリオが計算していた。
 綾香はいい顔をしなかったが、他の手段は選べないとセリオが――そう、何故か執拗に――主張したのだ。
――長瀬主任…貴方の差し金かしら?
 リムジンを離れる瞬間、セリオの拳が男をかすめるのが目に映った。大きく波打つ赤い髪が印象的だった。
「どうかしたのか?」
 浩之に声を掛けられて、綾香は今のが顔に出ていたことに気がついた。
「え、ううん。…セリオの事が少し心配になってね」
「綾香御嬢様、もう敵陣に御座いますぞ?ご自分の身のみをお考え下され」
 今はこの妙に古くさい言い回しが頼りに思える。
「…ん、わかった。分かってるよ」
 答えはしたが、どうしても彼女の心の隅にひっかかっていた。もう、セリオとは会えないような気がした。 
 男のいる場所からは、丁度反対側に当たるアパート。
 それが目標地点だ。
 先頭に綾香、次いで浩之、セバスチャンと言う感じで大体一直線に並んで走る。
 何故か他にボディガードのような人間はいなかった。アパートまでは完全にがら空きだった。
「気がついてる?」
 浩之は首を捻ったが、セバスチャンは大きく頷いた。
「妙ですな、この周辺はあまりにも人がいなさすぎる」
 もう夜中になろうというのに明かりのついた家が少ない。
 いや、この周辺に至っては一切ないではないか。
 綾香は嫌な予感が這い上がってくるのを止められなかった。

  かんかんかんかん

 金属製の錆びた階段を駆け昇り、マルチが出入りしていたドアに向かって走る。
 丁度綾香が扉の前へ出ようとした時。

  鈍い何かが潰れる音とガラスの割れる音

「っ」
 綾香の目と鼻の先を扉が弾けて吹っ飛んだ。
 とほぼ同時にアパートが大きく揺れた。
「うわっ」
「跳んでっっ」
 ぐらりと傾いたアパートの向かいの塀を足場に、地面に向かって跳ぶ。

  ずずずううううんん…

 コンクリが細かな煙となって舞い上がる。
「一体何が…」
 振り向くと、既にアパートはもうただの瓦礫の山になっていた。
「っ!浩之危ない」
 振り向くより早く、浩之は地面を蹴った。
 彼の耳にも恐ろしい速度で接近する何かが、強烈な『殺気』を帯びていたからだ。

  ぐるうぅぅぅぅううああああああああああああ

 それは叫び声を――否、咆吼をあげた。
 天を仰ぐようにして、その場にいるその声を聞く者総てをおののかせる獣の息吹を。
「なんだ?」
 浩之は顔を真っ青にさせて、その生物を見た。
 それは背中を向けていたが、その周囲だけまるで密度が濃くなっているかのように暗く、重い。
 明らかに人間を越えた姿であるが、その人型をした獣は、彼の頭の中である言葉になって浮かんだ。
「鬼だ」

 次回予告

  「――それ以上は許しません」
  獣のような男の攻撃に耐えるセリオ。
  狂科学者がその身を金属の身体に魂をやつし
  満月の夜に、哀しい咆吼が木霊する。
  
  Cryptic Writings Chapter 2:Perfect crime 第5話『MY WORLD』

   勝手な言い分だわ。…そうは思わない?

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