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Cryptic Writings 
Chapter:2

   第3話 Sample Return

前回までのあらすじ

 マルチ誘拐について、綾香が動き始めた。
 雅史は以外に元気だった事に安心した浩之。
 雅史もマルチに出会っていた。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 2

主な登場人物

藤田浩之
 16歳。目つきの悪い事を除けば、ただの元気な高校生。…のはず。

長岡志保
 16歳。カラオケの巧い事を除けば、たぶんにただの女子高生…だよな。

神岸あかり
 16歳。お下げの似合う、多少童顔な少女だ。
    PS版はそうでもないが…

佐藤雅史
 16歳。今回の被害者。

来栖川綾香
 16歳。どちらかというとオープンな性格をした、目つきのきつい娘。
    若干いい加減なところが目に付く事がある。

        ―――――――――――――――――――――――

 それからしばらくして、浩之達は病院を離れた。
 雅史が元気だったこともあり、特に何事もなかったように3人は帰途についた。
「しかしよかったね、浩之ちゃん」
「そーだな…でも、あかり。やっぱりあれ、マルチだったんだな」
 浩之は前を向いたまま言う。あかりは頷きながら浩之の方を見て、慌てて言う。
「そうだね。でも雅史ちゃんが襲われたし、何かあるんだよきっと」
 もしこの後、マルチに会うことがなければこれで話は終わるのだろう。
 だが、浩之はまだ何か引っかかっていた。
 それが虫の知らせだったのか、ただの思い過ごしだったのか、彼には分からなかった。
 あかりと別れ、浩之は大あくびをして家の扉を開けた。

  きぃいぃ

 耳慣れたブレーキ音がして、彼の真後ろに車が止まった。
 何事かと振り向くと、来栖川の御嬢様方のリムジンだった。
――どうしたんだろうこんな所に
 と思っているうちに手前の扉が開いて、綾香が出てきた。
「やっほー」
 出てくるなりウインクして挨拶する。
「おう。何だ、俺に何か用か?」
 綾香は寺女の生徒だが、松原葵を通じて二人は知り合いになった。
 といえ、まだそれ程親しいわけではないのだが。
「用何てもんじゃないわね。協力して欲しいの」
 綾香は初めのおちゃらけた雰囲気のまま、真面目に話し始めた。
 彼女にとってこれが常なのだろうが、聞いてる方は――慣れなければ――真面目なことが分からない。
 浩之は少し目を鋭くして怪訝な顔をする。
「協力?」
「そ。マルチ捜索のね」
「は?やっぱりマルチか?」
 綾香は間抜けな表情をして目を円くする。
 そして残念そうに眉根を寄せる。
「やっぱりって、どういうこと?」
 綾香がまず浩之の元に駆けつけた理由はさほど難しくない。
 最も反応が面白そうだったからだ。
「ああ、こないだマルチみたいな奴を見かけたんだ」
 浩之はこの間見かけた場所や時間を詳しく話した。
 綾香の表情がだんだん真剣な物に変わるのが浩之にも分かった。
「間違いないわね。浩之がマルチを見間違えるようじゃ、あの娘もおしまいだわ」
「おい、人聞きが悪いぜ」
 浩之の言葉に綾香は――綾香は背が高い方ではあるが――見下すような目つきで彼を見つめる。
「あら?悪い意味で言った覚えはなくてよ」
 むっとする浩之を見てから両手を顔の前で合わせてウインクする。
「ごめん。マルチの名前を出したらもう少し面白い反応をしてくれると思ったからさ」
 そして改めてまじめな顔をすると彼女は言った。
「幸先いいわ。ねえ浩之、少しいいかしら?食事ぐらい奢るわよ」
 綾香は親指で自分の後ろ――リムジンを指さしながら言う。
「…飯で吊る気か?」
 普段先輩が乗り降りする扉をくぐりながら、綾香に問う。
「別に。…あたし、嫌いな人間と食事はしないしね」
 

 もう既に真夜中を指した時計を見て、彼はベッドに転がった。
 綾香の話は突拍子もないものでもなかった。
――警察に任せた方がいいだろ?
 浩之の言葉を聞いて、彼女は少し眉を顰めた。
 マルチは『メイドロボ』である。だから、『誘拐』はあり得ない。
 マルチという名のメイドロボ強奪事件に過ぎない。
 問題は、その内容である。
 本来凍結されていたはずのマルチが、研究所の奥から盗まれたということだった。
「長瀬主任、どうやらかんかんらしいの」
――それはそうだろうけどね
 綾香の言葉を聞きながら浩之は彼女が何を言いたいのかを良く理解しようとしていた。
 浩之が、そんな簡単な意見に賛成するはずもなかった。
――いくら俺が、彼女を『人間』のように扱ったと言ってもね
 警察権力が介入する前に、という来栖川の建前もあるかも知れない。
 だからと言っても一般人である浩之には重荷に過ぎない。
 情報は提供しよう。
 浩之の答えに綾香は不満そうに眉を顰めた。
「面白いと思わないの?」
――面白いだけで人生は決められねーよ
 そう思いながらも、彼は何度も繰り返し考えていた。
 あの泣きそうなマルチの顔。
 何もないところでこけそうになるマルチ。
 頭をなでてやるとすごく嬉しそうにしたマルチ。
 浩之は目を閉じた。
 もう出会えないと思っていた彼女は、幸せそうな表情を浮かべてはいなかった。

 気がつくと浩之は、マルチが立っていた場所にいた。
 何となく彼女に会える気がしたからだろうか?
 だがそこにはマルチの代わりに群がる警官がいただけだった。
「こら、そこの!仕事の邪魔だあっちにいけ!」
 邪険に追い払われてむっとしたが、彼は離れてしばらくその場に立っていた。
「…何か用かね?」
 時折てきぱき指示する背広姿の男が、浩之に気づいてやってきた。
「ここで何かあったんですか?もしかして、自分の知り合いかも知れないんですけど」
 刑事は困ったように顔をしかめる。
「佐藤雅史っていうんですけど」
 すると刑事は表情を一変した。そして、手帳を開きながら言った。
「だったら少しでも構わない、情報を提供してくれないか?」
 言いながら気づいたようにぎこちない笑みを浮かべる。
「僕は鬼塚。一課担当の刑事だ」
 男は鋭い目を、申し訳程度に歪める。
 簡単な職務質問のような物を受けながら、彼は思った。
――どっちにしても…これじゃ、まさかマルチには会えないか
  でも又来よう。彼はそう思ったわけではなかったが、結果として足が向いていた。
 一人で下校している時にはもう警官はいなかった。現場検証していた跡すら残していなかった。
 

――……なんでこんな事をしてんだろ
 浩之のすぐ側には綾香と、例の巨漢の執事がいた。
「綾香御嬢様」
 セバスチャンは小声で彼女の名を呼んだ。鋭い眼光がある一点を凝視している。
 綾香もその視線の方向に目を向ける。
「いた」
 物陰に隠れながら、あるアパートを見張っていた。

――マルチだ…
 まだ迷いがある、こんな時に限って、とはよく言われる。
 彼は以前に見かけた場所で再び彼女を見かけた。
 違うことと言えば、以前よりも若干幸せそうな顔をしていることだろうか。
 あかりの顔がよぎるが、綾香との約束もある。
 彼は取りあえず近くの公衆電話に駆け込んで、綾香の携帯に電話することにした。
 綾香が彼の側に来てから、逃げる暇もなく今こうしているわけである。
「綾香、少し…いいか?」
 路地はそれ程狭い訳ではない。
 そのため、隠れるには都合がよく適当な物陰に入っているのだが、綾香と浩之の間は2m以上離れている。
「何よ」
 彼女は目を逸らさずに声だけで応える。
「マルチの奴、ああやって自由に出入りしているところ見ると、別段さらわれた訳じゃないんじゃないのか?」
 綾香はふと彼の方を向いて、再び視線を戻す。
「…正確には『強奪』だものね。人間と同じように考えちゃだめよ」
 メイドロボなので何か手伝っていないと落ち着かないのかも知れないし、もしかするとマスター登録をしているかも知れない。
 そうすれば、誘拐なんぞ簡単に行えてしまう。
 綾香は懐から携帯を出して、見もせずにダイヤルだけする。
「何やってんだ」
「セリオにポケベル。携帯の位置を逆探してGPS情報を取り込むの」
 浩之はほへーっと間の抜けた顔をすると、綾香が不意にこちらを向いた。
「何締まりのない顔をしてるの。取りあえず引き上げるわよ」
「そう言うわけにはいかんな」
 3人は一斉に振り向いた。
 浩之は言葉にならず、ただ腰を低く構えて綾香に並ぶ。
 すかさずセバスチャンが綾香を守るような位置に立ち、綾香は身構える。
 浩之は男から発せられる殺意のようなものに冷や汗が流れるのを止められなかった。
 初めて感じる、腹の底からの恐怖感。
 喧嘩とは違う獣の気配。それは最も適切な表現だと彼には感じられた。
――こいつ…
 見覚えがあるはずだった。
 やけに存在感のある刑事だと思っていたが。
「?ほぉ…」
 男は口元に趣味の悪い笑みを浮かべる。大抵の場合、このような笑みを浮かべる人間にまともな神経は期待できない。
「誰よ、あんた!」
「気の強い御嬢様だ。噂通り、と言う奴か」
 冬にはまだ早い季節。
 日の暮れるのが早いせいか、僅かに肌寒い。
 いや、つい先刻まで気にならなかったはずだ。
「来栖川…綾香だったか?エクストリームのチャンピオンとか言う」
 男が言葉を紡ぐ度に気温が下がる様な気がした。
 男の顔に陰が差し、勢い良く風が吹き付けた。
「御嬢様、お下がり下さい!」
 セバスチャンが一歩前に出るや、男が踏み込んできた。

  鈍い音

 浩之の目では、男の動きは分からなかった。
 滑るような滑らかな動きで間合いを詰めた男が振り下ろした脚を、セバスチャンは右腕一本で受け止めていた。
「…ほう」
 悠然と脚を引き、男も身構えた。
 セバスチャンは舌打ちした。今の一撃は受けるだけで精一杯だったのだ。
 本来なら回し蹴りや踵落としのような大技は流してしまえばこちらが有利なのだ。
 だが、今の一撃は百戦錬磨の彼が両足で踏ん張らないと受けられない程の物だった。
「前哨戦にしては、十分だろう」
 今度はセバスチャンが動く。
「セバス!」
 右腕が大きく伸び、男の顔に吸い込まれるように走る。

  ぱん

 だが、まるで練習用のポールにヒットしたような硬い感触だけが帰ってきた。
 彼の拳は寸前で掌に阻まれていた。
 だがそれもフェイントにすぎない。
――貰った
 ほんの一テンポ遅れて彼の右足が男の足首を狙う。

  ふわ

「狙いはよい」
 だが、まるで悪い冗談を見ているようだった。
 男の身体はそれを読んでいたように僅かに宙に浮く。そして、そのまま右足が大きく振り抜かれる。
――跳び後ろ回し蹴り。テコンドーの大技の中では最も逆転性の強い、
 どちらかというと――他の格闘技においては――博打じみた技だ。

  びし

 僅かに身体を沈め、直撃を免れる。
「セバス!」
「早くお逃げ下され!」
 間合いを作ろうと後ろに飛び退いたはずが既に間合いが潰されている。
「てこずらせるな」
 視界の外。

  大きく歪む視界

 男の裏拳の軌跡は綾香ですら見えなかった。
 その直撃を受けたセバスチャンは、ゆっくり横に倒れていく。
「さて、真打ちの登場と願おうか」
 男はセバスチャンの身体をまたいで綾香の前に立った。
 綾香は圧倒されていた。
 間違いなく、この男は強い。

 間合いだけなら十分にある。問題は、男がどう動くかだ。
――多分、下手に動くと…
 あのセバスチャンをのばす手並みだ。
 握りしめた拳がじんわりと汗ばむ。
「どうした?」

  ぐん

 男が口を開くと同時に踏み込む。
 男の目が鋭く綾香を追跡する。
――早い

 同時に、男の視界が揺れた。
「な」
 揺れた視界の先に、綾香の姿はなかった。
 腰に、人の感触。

  ふわ

 既に後ろに回り込んでいた綾香は、男の脚を大きく払い、右手で首を引く。
 丁度柔道でいう大外刈りの変形のような技だ。
 

 男が視線を外すのと、浩之が跳び蹴りを入れたのは最高のタイミングだった。
 ほんのわずかに早くても遅くても、恐らく男は反応しただろう。
 勢いのついた浩之の蹴りは男に隙を作るには、十分すぎた。
「…油断した」
 そのまま容赦なくアスファルトに後頭部を叩きつけられたにも関わらず、男は生きていた。
――逃がしたか?
 流石にただではすまなかった――数秒程意識がとんだ――が、彼らには十分な時間を与えてしまったようだ。
――ま、報告だけ上げておくとしようか
 ため息をつきながら薄笑いを浮かべ、彼はアパートの一室を見上げた。
 彼が知る限り、この界隈は人が住んでいないはずだった。今も、彼の意識は大した気配を捉えていない。
 『暗部』というものがある。
 それはどの街にも必ず存在し、どうやっても排除できないような仕組みになっている。
 たとえばそれは急な開発や無理な地上げ等、どこかで行った強引さの『つけ』として現れる。
 ここはいわばそう言う場所だった。
 いや。
――無理矢理…そう言う場所にしたんだろう
 男はそう思った。
 できる限り足音を消して金属製の階段を登る。男はこの階段の音が、何故かどうしても好きになれないのだ。
「博士、いいか?」
 彼は扉をノックしながら言う。
『入れ』
 くぐもった声が聞こえた。
 同時に鍵の外れる音がして、扉がゆっくり開く。
「あ、えーと、ユウさんですね。いらっしゃいませ」
 中から顔を出す少女。
 マルチ、とか言う名前のアンドロイドだった。たしか、来栖川の開発したメイドロボだ。
 それも、試作の。
「…なんだ、今日は」
 部屋の奥。
 暗い、すえた匂いのする部屋の隅にある人影が訝しげに顔を上げた。
「いつもの事だ。…但し、今日は取り逃がした」
 博士が反撃する暇を与えず、彼は続ける。
「来栖川の令嬢と、その執事、そして目つきの悪い少年が一人だ」
 嘲るような鼻息の後博士は片方の眉を吊り上げて言う。
「ほぉ、そんな女子供共にねぇ。…ユウ、お前にはいくら金をかけていると思っている」
「悪いが」
 彼はうんざりするような博士の言葉に割り込み、懐に手を入れる。
「警官の振りまでさせておいて、その理由すら教えてくれないようではこちらとしても信用できないんでな」
 おあいこだ、とでも言いたいのだろう。男は大きく両腕を広げ、そして見下ろすような笑みを浮かべる。
「元々俺の仕事は『荒事の請負』だ。警官なんぞ性に合わん」
「にしては、よく似合っていたがな、と、理由だったな」
 博士はぴっと一枚のカードを見せる。
 クレジットカードだ。
「端的に言おう。『金さえ払えば確実に仕事をこなす』お前らの様な存在の方が、信頼におけるからだ」
「…直接上司に掛け合わないのが気にかかるんだが」
 博士は自嘲気味に口元を歪めてみせる。
「…少なくとも、お前も私の仕事を利用しているんじゃなかったのか?…お互い様だろう」
 ふん、と男は鼻を鳴らした。
「それで、俺が名前を借りた刑事、どうなってるんだ?」
「ふふん、知りたいのか?」
 博士の勝ち誇ったような――自慢げな笑みを見て男は首を振った。
「良い。聞きたくなくなった」
 男はそう言うと軋む扉を開けて出ていった。
――それが利口だ。…だが、お前も消えることになるだろう
 博士と呼ばれた男はキーを叩き仕事を開始した。
 

「面目も御座いません」
 転がるようにリムジンに乗り込む二人に、セバスチャンはエンジンをかけながらわびる。
「いいのよ、そんなこと。セバスがいなけりゃ、今頃あたしたちもやばかったんだから」
 綾香は隣に座る浩之の方を向いてウインクする。
「先刻の蹴り、良かったわよ。結構筋あるかも」
 逃げられた安心感からか、浩之はにやっと笑みを浮かべて応える。
「まあな、これでも葵ちゃんとこで鍛えてるからな」
 既に車は発進している。男の姿が見えないと言うことは、もう安心だろう。
 綾香はすぐに携帯を出して素早くリダイヤルする。
「…ん、そう、すぐ繋いで…あたし、そう、…うん、それで…」
『ああ、もしかして武器でもほしいんじゃないですか?』
 電話の相手は長瀬だった。
 彼は研究室のコンピュータの前で携帯を片手に話をしていた。
「日本は法治国家ですから対したものは用意できませんけどね、一応セリオに渡しておいたので」
 長瀬は言いながらコンピュータを叩いていた。
 実はつい先刻、メールが届いたのだ。
 相手は『Admin』――すなわち、管理者だ。ほとんどのヘッダーも読めないように書き直されている。
――ふざけたメールを…
「…え?いえ、そろそろ必要なはずだと思いまして。いえいえ、恐らくお気に召すかと。はい、では」
 携帯を切って、彼はメールを開いた。
 その中身はおおよそ想像通りの内容だった。
『遅かったな。急いだ方がいいぞ、さもなければ間に合わないかもな』
――相手が悪すぎるかも知れないな…
「おーい、松浦君、例のディスク、どこにおいたかね?」
「…主任、主任の机の上です。つい先刻も聞いたじゃないですか?」
 呆れた調子の声が帰ってきて、長瀬は笑いながら机の上の物を取った。
 DVDディスク。
 彼はそれをコンピュータのドライブに挿入した。

 次回予告

  コンピュータに向かい、『敵』の姿を追う長瀬。
  「…!こりゃあ…」
  再び武装して現場に向かう浩之達の前に現れる、巨大な影。
  月は再び満月の輝きを湛え、遠吠えは暗い街を覆い尽くす。
  
  Cryptic Writings Chapter 2:Perfect crime 第4話『Knockin'on heaven's DOOR』

   助けられるところにいるのに放っておける訳ないだろう!

        ―――――――――――――――――――――――


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