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Cryptic Writings

   Chapter 1: COMA
   第2話 楓

前回までのあらすじ

 猟奇的な殺人事件が、隆山のあちこちで起きている。
 ほぼ同時に起きている薬の蔓延。
 柳川は、殺人事件から麻薬捜査の方へ回されることになった―


      ―――――――――――――――――――――――
Chapter 1

主な登場人物
 柏木耕一
  20歳。大学2年生(と言うことは、一応勉強していると…いうことか)。
  責任感が強く、父親に対しては誤解が解けない限り弔おうとしなかったであろう。
    みんなも良く知っている鬼の男。

 柏木 梓
  18歳。気が強くて男勝りな(※注 御転婆ではない)乱暴女。
    若干喧嘩っ早い節があるが、結構おっちょこちょいで思いこみが激しいという面を持つ。
   時折可愛らしいところも見せるが、基本的に曲がったことが嫌いな侍タイプ?
   サムライってなんやねん。タスマニアタイガーとは違う。

       ―――――――――――――――――――――――
 
 

 東京近郊。
 何の変哲もない、町並み。平和と共存した危機があちこちに溢れる街。
 だが、普通は何も考える必要もなく平和を享受できる。
 大きなあくびをして目覚めた男も、ひとしきり平和な惰眠をむさぼっていた。
 男の名は柏木耕一。
  まだ日も高いうちから横になっていたのには、訳がある(言い訳だが)。
 実は昨日、急にコンビニのバイトの時間が真夜中に変更になり、
 朝方まで出ていたので眠くて仕方がなかったのだ。
 時計を見ると、午後三時。午前中たっぷり寝たようだ。
――飯…
 冷蔵庫を開けると、ビールかつまみしか入っていない。
 この男が普段どんな生活をしているのかありありと分かるだろう。
 困った顔をしてそのまま部屋に戻る。
――いいや、後でコンビニでも行こう
 布団の上にごろんと横になって、彼はテレビを見ることにした。
『ニュースの時間です』
 休日のこの時間なら、大した番組はやっていない。下らないワイドショーかニュースぐらいだ。
 気怠い眠気を紛らわせるには調度良いかも知れない。でも眠いものは眠い。

  うとうと……

 彼はこうしている時間が一番幸せだった。が。

  じりりっりりっりりっりりっり

 見事なまでにやかましい電話のせいで、それはかき消されてしまう。
――…なんだよ…

  『次は、今話題になっている…』

 不機嫌そうに頭をかきながら彼は電話口に立った。
『耕一!楓が、楓がっ』
 聞き覚えのある声が騒ぎ立てて、思わず彼は耳を受話器から放してしまう。  
 つい受話器を置いてしまいたくなる衝動に駆られたが、声の主を思い出して我慢する。
 いとこの…それもつい二日ほど前まで泊まっていた叔父の家に住む梓だ。
 気になる名前を連呼している。

  『隆山から中継でお送りします』

「どうした?もう少し落ち着いて話せよ」
 言いながらテレビの音量が大きいことに気がついてリモコンを探す。
『…うん』
 らしくない落ち込んだ声が聞こえてすぐ、リモコンが布団の枕元にあるのが見えた。
 ちょっと遠い。

  『…男は白昼堂々、人通りの多いこの…』

『実は楓が…楓、買い物の途中で』
 耕一は大きく目を見開いて、受話器を握る手に力を込める。
 テレビの画面に被害者の名前が並んでいた。

  『柏木 楓(17)』

 反応のない耕一にキレた梓が受話器に向かって怒鳴っている。
『どうした耕一!聞いてんのか!』
「…悪い…今…たった今それがテレビでに映ってる」
 間の悪い沈黙。
 先にそれを破ったのは梓の方だった。
『…今入院してる。…あ、あのさ…』
 梓は言いにくそうに口ごもって、そして言った。
『又こっちに来てくれないかな…あの…この間みたいなことがあったばかりだけど』

  どき

 何の話だろう?
 一瞬耕一は躊躇したが、どうやらそれが親父の話だと理解して少しばかり苦笑した。
「分かった。どうせまだ…俺の方は休みだから」
 向こうで僅かに安堵した雰囲気が窺える。
『ありがとう…本当に、助かるよ』
 彼女はそれからいくらか細かい事を聞いてきたから、もう遅いので明日出発する事にして彼は電話を切った。
 つい一月半前の事だ。
 柏木賢治――耕一の父親は、死んだ。泥酔して睡眠薬まで投与して車に乗り、
 がけから転がり落ちたためにもう見る影すらなかったという。
 そしてその四十九日の為に、彼は親父の実家へ行ったのだ。
 そこには4人の従姉妹が彼の到着を待っていた。
 初めはそれにすら嫌悪感を持っていた。
 悪いのは彼女達ではないと分かっていても、
 自分の父親は彼女達の元へと走った――自分と母を捨てて――のだと。
 それだけ彼と父との隔たりは大きい物だったと言えるだろう。
 しかし、それ以上に――おそらくは梓は知らないだろうが――
 彼は柏木家の『鬼』について知ることになった。自分の『鬼』を呼び起こすことになった。
 と同時に、彼女達を護る事に、父の代わりになることに対する責任のようなものが生まれていた。
 ほんの僅かな彼の成長だった。
 
 

  がたん  がたん  がたん

 次の日の昼過ぎ。彼は電車の中で揺られていた。僅かな荷物だけを持って、従姉妹の待つ隆山へ。
 隆山は有名な温泉街だが、観光地としての隆山は彼は知らなかった。
 子供の頃に親父に連れられて来た記憶しかなかったからかも知れないが。
 駅についてすぐ、見覚えのある女の子が声をかけてきた。
「耕一ぃ」
 梓だ。
 …ちょっと待て。今日は平日だぞ?
「おい、お前学校はどうした」
 小走りに駆け寄ってきた梓はその言葉に少しむっとする。
「何だよ、耕一が来るからわざわざ学校を休んでやったってのに」
「な、そこまでしなくてもいいだろ?」
 耕一が慌てて言うと、梓は面白そうににっと口元を歪めた。
「へっへーん、う・そ。ばーか、本気にしたのかよ。今日はあたしが病院に行く番なんだ」
 そうそう毎日休むわけに行かない千鶴姉の代わりだ、とか彼女は言いながらにまっと笑った。
「荷物、おいてく?」
 柏木の屋敷に、だ。耕一は首を振った。
「先に病院に行こう。…梓、後で鍵貸せ。自分で行くから」
 すると梓はいつになく神妙な顔つきになって首を振った。
「あんたにあたしの鍵は貸せないよ。あたしの部屋の鍵もついてるし。
慌てなくても一緒に病院にいればいいでしょ?」
 どうせ見舞いに来たのだ。
 そう言う意味だろうか?
「ふん、どうせ信用ないんだな」
 一応、ふてくされてみせる。
「ああ、すけべな耕一の事だ。あたしのいない間になにするか分かったもんじゃない。…」
 と、何か言いたそうにしたが、口をつぐんだ。耕一もそれ以上絡む気になれず、
 ため息だけついて彼女の後を追った。
 駅前でタクシーに乗り、すぐ病院へ向かった。
「…で、どうなんだ、楓ちゃんの様子は」
 無言で首を振った。
「良くない。…耕一が帰ってすぐだったよ、本当に」
 梓は一緒にいなかったせいで事情はよく分からないらしいが、
 買い物の途中で事件に巻き込まれたらしい。
 突発的な通り魔事件。
「駅前まで買い物に来てたんだよ。
そこへ、何かわめきながら次々に通行人をナイフで刺すって事件に…
それで、楓は真後ろから二回刺されて…」
 犯人は取り押さえられても暴れていたという。取り押さえた人間のうち3人は軽傷、
 逮捕に来た警察官も刺されたらしい。今を持って、犯人の動機や目的ははっきりしていない。
 梓はうつむいて両肩を震わせている。耕一は両肩を抱くようにして頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「しっかりしろよ?元気だけが取り柄の癖に」

  ぼぐ

 息が詰まる。
「…一言多い」
 狭いタクシーの車内だ。彼女の肘が綺麗に脇腹に決まっていた。
 耕一は目を白黒させて彼女の肩から腕を放す。
「…そ、それだけ元気なら…」
 強がって何か言おうとするのだが、いかんせん急所に入っているので声にならない。
 梓はふん、とふてくされた顔で窓の外を見ている。
――か、可愛くねぇ…
 ぷちぷちと怒りが頭の先に来ていたが、痛みと息苦しさの方が先行して何もできなかった。

 病院にはほんの数分でついた。結構大きな病院だ。梓が黙って歩く後ろを、耕一はついていった。
 彼女の病室は個室だった。
  梓が落ち込んでいるのは手に取るように分かった。
 当然だろう。
 この短期間に次々に身内に不幸があれば、通常の精神の持ち主なら耐えられないはずだ。
 軋みすら立てずに扉は開いた。小さなベッドに彼女は横たわっていた。
「!」
 耕一は胸を締め付けるような痛みを覚えて歯を食いしばる。
 楓は眠っている。点滴が繋がれたままベッドに横になっている。
 白い肌がますます病的に白くなり、まるで作り物がそこに横たえられているかのようだ。
「楓…ちゃん」
 鬼の回復力があるんじゃなかったのか?なんでナイフで刺されたぐらいで…
 千鶴さんにやられた時だって…
「楓ちゃん!」
 だが、耕一の声に彼女は反応しない。本当に人形のように横たわっている。
 梓は今にもベッドに駆け寄りそうな耕一の肩をつかんで言う。
「無駄だよ、耕一。…ずーっとこうなんだ」
 入院したとだけしか聞かされていなかった彼は、事実を受け入れることに抵抗を覚えていた。
 まさか、昏睡状態だとは思っていなかった。
「何故?馬鹿な、そんな…意識不明だなんて…」
 梓は楓の隣にある椅子に腰掛けて、耕一にも差し出した。
「気管と肺の一部にまで傷が到達してたって、医者は言ってた。肺の中に出血して、
酸欠に陥ってたんだって」
 耕一は歯ぎしりした。いかに傷の治りが早いといっても脳をやられてしまえば同じ事。
 たとえ鬼といえども完全無欠ではない。
 千鶴の爪を受けた時は千鶴が僅かに爪をそらせた御陰で、内臓には達していなかったのだろう。
 だが、恐らくその傷すら癒える前に、背中からナイフを突き立てられたのだ。
 耕一は言葉をなくして力無く椅子に座った。
「…あたしは許さないから」
 耕一は梓を見つめた。
 彼女は何かを睨むような真剣な眼差しでそう呟いていた。
「犯人がなんて言っても、あたしは許さないから」
 耕一は自分の頭をかきながら呆れたように呟く。
「…どうするつもりだよ。もう刑務所の中にいるんだろ?」
 梓はあうあう、と困った顔をした後、黙り込んでしまう。
 気持ちは分かるが、流石に刑務所まで行って仇を取るなどという前時代的なことはできないだろう。
 だが、もし耕一の前にあの犯人がいたら。
 彼にも、自分を抑制する自信はなかった。
「でもさ」
 梓は先刻よりか幾分落ち着いた目で彼を見た。
「でも精神異常者なんて落ちが付いたら許せないでしょ?」
 耕一は頷いた。
 やり場のない悔しさと怒り。
 もし、その時その場に居合わせたならば。もう数日、帰るのを遅くすれば。
 でももう遅い。
「…警察に知り合い…そうだ、こっちの警察に若干知り合いがいる」
 慌てて言い直す耕一。柳川の件は彼女には伝えていないのだ。
「少し世話になったんで、奴に聞けば」
 梓はジト目で耕一を見る。
「何時そんな悪いことしたんだ?こっちにいる間に痴漢でも働いたのか?」
「馬鹿野郎」
 とはいえ説明するわけにも行かず、耕一は少ない脳味噌をフル回転させる。
「聞いてないか?千鶴さんを殺人の疑いをかけた刑事」
 ぽん、と手を叩いて頷く。
「ああ、あの馬面の?」
「いや、若い方」
 どうやら今度はピンとこないらしい。首を捻っている。
 …そんなに長瀬って、有名なのか?
「…でも、そんな程度で話を聞いてくれるかなぁ」
「可能性が零よりはましだ」
 と言いつつも、実際には聞いてくれると確信している。少なくとも柳川は。

 あまり会話のない空気の中、耕一は楓を見つめていた。
――…どうして俺達は一緒になれないんだ…又…
 そう言う運命なのだろうか。又、エディフェルの方が先に逝ってしまった。
 静かに目を閉じた彼女の顔は、穏やかで安らかだと思った。
――せめて…エルクゥの会話ができれば…
 彼女は意識不明だ。それすら不可能だろう。
 じっと楓を見つめる耕一を時折見ながら、梓は下唇を噛んだ。
「…梓」
 何の言葉もない時間が十分過ぎた頃。
「何」
 耕一は退屈そうな顔をあげた。時計は既に五時を回っている。
「お前、今日は帰るのか?」
「…うん。…夜中、今日は千鶴姉がくる事になっているから」
 耕一が何か答えようとしたとき、部屋の外を歩く足音が聞こえた。二人は入り口の方に顔を向ける。
「千鶴さん?」

  がちゃ

 扉が開き、ややあって灰色のスーツ姿の千鶴が姿を現した。
 耕一は思わず立ち上がって彼女の方を向いた。
「耕一さん。わざわざありがとうございます」
 彼女は先に耕一に挨拶すると、梓の方を向いて帰って食事を摂るよう言う。
「じゃ、耕一と帰るよ」
「梓、少しだけ待って貰えないか?千鶴さんと話がしたい」
 一瞬眉を顰めるが、彼女はすぐ頷く。
「じゃ、タクシー呼んどくよ」
 梓が病室から消えた。耕一は先刻まで座っていた椅子に戻り、千鶴は梓の椅子に座る。
「遠いところをわざわざ往復させたりして」
「まさか、それでなくても楓ちゃんが一大事だってのに」
 千鶴さんが言うのを慌てて遮り、耕一は続ける。
「どうしてこんな事に」
 千鶴は首を振った。
「医者は、奇跡的なぐらい傷の治りが早かったとは言ってました。
でも、間に合わなかったんです。…あの犯人は、事件当時ある薬を使っていたそうです」
 先刻ニュースで見ました、と付け加えながら続ける。
「何でこんな事になってしまったんでしょうか」
 その言葉は犯人への恨みよりも、自分の妹への哀しみの方が大きかった。
 
 病院から出ると、丁度タクシーが滑り込んでくるところだった。
「梓、俺警察に連絡入れてみる事にする」
 タクシーが後部座席のドアを開ける。耕一はそれをくぐりながら梓の方を見る。
 二人とも乗り込むと、自動的にドアが閉まって走り出した。すかさず耕一が、
「柏木家の屋敷…で分かりますか?」
 と言う。運転手は頷いた。
「…無茶はしないでよ。か、楓だって、嫌がるだろうから」
 自分はどうなんだよ。
 耕一は思わずからかいたくなったが、彼女の頭を軽く小突くだけにした。
「似合わねえって言ってんだろ?元気だせって」
 だが、梓は寂しそうな笑みを向けるだけだった。

 時間は少し遡る。
「柳川、事件だ」
 長瀬はいつものように声をかけたが、かけてから気がつく。
 柳川のデスクには誰も座っていない。
――…しまった、そう言えば今は別の部署か…
 照れたように頭をかきながら、今の声で反応した何人かに声をかけた。
「駅前で通り魔らしい。また派手にやってくれたみたいだ」
 長瀬が連絡を受けた時には、既に7人もの人間が重軽傷を負っていた。
 取り押さえられてもまだ騒いでいるらしい。
 長瀬らが現場に到着したときにはもう救急車も駆けつけていた。
「ああ、これは酷い」
 駅前からほんの数百mの距離だが、あちこちに血痕を残し、惨劇の様子を物語っていた。
「警部、こちらです」
 部下の一人が犯人を押さえている現場を見付けて、指さした。
 見ればまだ暴れているのが分かる。
 何人か素人が見えるところを見ると、どうやら抵抗を続けているようだ。
「…眠らせてやれ」
 長瀬はいつものように、何でもないことのように呟いた。
「報道関係者が急行しないうちにとっとと引き上げるぞ」
 現場は隆山の中心街であり、嫌でも人通りの多い場所だ。
 こんな所で無差別殺人と言うのも妙に符牒めいていて嫌らしい。
 思わず直前に起きた事件を思い出して苦笑する。
――一連の殺人事件との…関連なんかないはずだが
 それがとうとう表に向かって飛び出したと言うべきだろうか?
「しっかし、無茶しますよね」
 部下が正直に感想を述べる。
「そうだな。何か意味があったのか…」
「自分はヤク中じゃないかって」
 またか。
 …まてよ、となれば柳川も関われるんじゃないか?
 何故か、長瀬は彼が係わるのをわくわくしている節があった。
「調べればすぐ分かることだ」

 柳川は以前の事件の資料を集めていた。薬がらみと思われる事件の資料はできる限りの量を集めて、
 それなりに足しにしなければならない。
 結局は細かい作業になるが、この積み重ねがあって初めて捜査という物は進展する。
 何の根拠も証拠もなく足で稼ぐ捜査などあり得ない。
――…どうすべきか…
 実際のところ蔓延しているという程酷い状態ではない。
 資料はそれ程の数ではなかった。
 しかし、聞き込みや通称『ガサ入れ』を行う程の集団ではないと言うことなのだが。
 殺人。
 既に防犯的見地から放っておくわけにはいかないだろう。
「柳川警部補」
 一人部下が声をかけてきた。
 この部下は自分の評判を知ってか知らずかはともかく、非常に協力的な部下である。
 名前を矢環という。欠点は妙に真面目なところだろうか。
「何だ」
「これ、どうします?」
 そう言って差し上げたのは、例の事件のファイルだ。昨日の殺人事件に関してと、
 それに関連した事件が事細かく書かれている。
 勿論長瀬警部の差し金で、コピーを渡されたのだ。
「ん、…ああ、まだそいつははっきりしていないから待て。一番最近の資料だから他の課と調整がな」
 特に捜査T課とは。
 敢えて彼は声にしなかった。
「はい」
 矢環は簡単に返事を返す。だが、柳川はすぐに言葉を継いで彼を引き留める。
「そのかわり…若干調べて貰いたい人物がいる。前科があれば資料があるはずだ」
 その人物の名は吉川。
 貴之に薬を流していたバイヤーだ。
 そして、柳川が鬼になった直接の原因。
「ああ、分かりました」
 名前を聞いて彼は納得した。つい最近の事件だけに、彼も覚えているのだろう。

 あれから結局何の進展もなく夜を迎えた。
 その時丁度仕事をある程度片づけて一息ついたところだった。
 麻薬取締対策本部に思わぬ客人が現れた。
「柳川、仕事だぞ」
 嬉しそうな顔の長瀬だ。
 それも、よく分からない書類の束を持って。
「長瀬さん」
 彼はここでも一人だった。以前よりは周りと話す事もあるが、一度評判が悪くなればその回復は難しい。
「ほっ、嬉しそうだな」
 仕事が入ってきたので嫌な顔をしたはずなのだが。無意識に喜んでしまったのだろうか。
「それよりも仕事ってなんです?」
 長瀬はにやりとわらって書類の束を差し出した。
「おや?今の君の仕事は何かね」
 書類に目を通しながら柳川は困った表情を見せる。
「はぁ、麻薬取締対策本部の長ですけど」
 書類には幾つか気になることが書かれている。
 今日付けで殺人の疑いで逮捕された男と、その健康状態等の報告だ。
「…覚醒剤…」
 長瀬は部屋の隅のコーヒーメーカーからコーヒーをついで、ゆっくり傾けている。
「そ、昼頃起きた事件なんだがね?本人は薬は持っていなかったが、血中から反応が出た。
コピーしておいた書類だから、ま、参考程度にね」
 長瀬は気楽に言うが、柳川の表情は変化していた。
「この犯人は今?」
「ああ、留置所に入れている。今日の取り調べはすんだからな…
なんなら、明日の取り調べに参加するか?」
 言われるまでもなかった。
 少しでも手がかりがあれば、そこから麻薬の入手経路を割り出せる。
 そして今、そう言う生きた情報は少ないからだ――薬に関わった人間は、例外なく死んでいたからだ――。
 それは被害者にも言えることだったが。 
 今までに引き起こされた殺人事件の犯人も、既に行方不明の届けが出ていたり、
 犯行当日及び前日以前には既に姿を消している場合がほとんどだった。
 そして、例外なく原型を留めぬ程痛んだ死体となって発見された。
 一応中央の方に同じような事件がなかったかどうか確認を依頼した。
 だが、今現在を含んで、過去にこういった事例は一つとしてなかった。
 

 次回予告

   死を呼ぶ薬の狂気。
  次なる被害者は、一体誰か。 
  「暴行、傷害未遂の現行犯だな」
  再び隆山を襲う危機に、鬼が暗躍する。

  Cryptic Writings Chapter 1:COMA 第3話『鬼』

   早く!そいつら普通じゃないんだ!

      ―――――――――――――――――――――――


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