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Cryptic Writings

   Chapter 1: COMA
   第1話 薬

前回までのあらすじ

 夢にうなされて目が覚めた柳川。
 そこに電話が鳴り響いた。

      ―――――――――――――――――――――――
Chapter 1

主な登場人物
 柳川祐也
  26歳。県警所属の刑事。実は大学卒で警察学校を卒業の後巡査、巡査部長と
     異例の出世を果たした。何らかの手柄を立てたに違いないが…。
     若干ネクラ気味。

 長瀬刑事
  ?歳。柳川の上司なのだが、ひょうひょうとした態度で気のいい親父程度の認識である。
     かなり頭は切れるようであるが事実は定かではない。
     恐らくモデルは刑事コロンボ。

 柏木耕一
  20歳。大学2年生(と言うことは、一応勉強していると…いうことか)。
     責任感が強く、父親に対しては誤解が解けない限り弔おうとしなかったであろう。
     みんなも良く知っている鬼の男。

       ―――――――――――――――――――――――
 

Chapter 1: COMA

 柳川はあの事件では警察関係者でありながら被害者として扱われていた。
 もちろん、本来は犯人なのだが。
 彼の中の鬼は完全に自我が崩壊したのか、それとも柳川の意識の方が勝ったのか、
 あれ以来血の衝動も発作もない。
 垂れ流しになっていた鬼の信号も抑制できたらしく耕一ともつながる事はない。
 恐らく意識すればつながるだろう…そのつもりは一切ないが。
「はい柳川です」
 電話を取る。
『朝早くからすまんな』
 言葉とは裏腹に無遠慮な物言いを聞いて、彼はすぐに相手の顔と名前を思いついた。
「…仕事ですか?長瀬さん」
 捜査一課では二人はかなり有名なコンビである。
 こんな片田舎では大した事件も起きないのだが、一度事が起きると彼らが動く。
 彼らの担当は殺人事件だからだ。
「場所は」
 無言の肯定が、彼に次の質問を促せた。上司の言葉が借り物の耳を通して響く。
 知っている。確か、駅前の古びたアパートだったはずだ。
『もう死体は引き上げた。あとは現場検証だけだが』
 躊躇した彼の声。この上司は意外にも――そう、本当に意外なことに――
 柳川の事を良く心配してくれる。ここ1週間の彼の様子に気を回してくれたのだろう。
「いえ、ありがとうございます」
 それをくみ取った彼は取りあえず礼を言い、一言二言事務的な会話を交わして電話を切った。
 すぐに背広を着て現場に向かう。まだ昇りかけた日が涼しい光を湛える中、
 幾つものパトカーが物々しく並んでいる。何人かが彼に敬礼する。
 まるで挨拶でもかわすように返すと、彼は金属製の階段を登る。

  かつん かつん

 嫌な響きだ。彼はこの安っぽいアパートの階段が非常に嫌だった。
 現場は一番奥の部屋らしい。開いたドアから見覚えのある人間がうろうろするのが見える。
 ふとこちらを見て、彼は顔をあげた。
「おお、来たか」
 彼は手招きして部屋の中を見せた。
 部屋は4畳半。小さなキッチンらしいものがあり、冷蔵庫と小さな戸棚がある。
 だがその二つは原型を留めていなかった。血飛沫にまみれ、ひしゃげている。
 畳にも血溜まりの痕があり、がさがさの黒い痕になっている。
「…酷いですね」
 白手袋をはめながら柳川は顔をしかめた。幾分見慣れた光景だが、それでも醜悪な光景に嫌な物を感じた。
「うむ。まだホシの手がかりすらないが、精神異常者の猟奇的犯行か、あるいは…
今騒ぎになっている麻薬中毒かだな」
 いつもののんびりした口調で淡々と述べる長瀬。柳川は彼の言葉に少し眉を顰めて聞き返した。
「麻薬?そんな話は聞いてませんよ」
 すると長瀬は少し渋い顔をして顎を撫でた。どうやら思わず口を滑らせたらしい。
 本当にそそっかしいのか、それとも演技なのかは分からない。
「…実はな…以前にお前があげた殺人事件、あっただろう?」
 阿部の事だ。柳川は頷いた。
 あの事件は、阿部貴之という大学生が飼っていたペットの肉食獣が逃走し、
 次々に人を襲ったことになっている。肉食獣は、最後に主人の手を噛んで逃走したのだ。
 無惨な姿で残された、阿部貴之と呼ばれる猟奇的な犯罪者の死体は、そう言う風に片づけられた。
 山狩りまで行って肉食獣の痕跡がないことを理由に捜査を打ち切らせた。
――どうせ、嘘なのだから。
 同時に、彼の部屋にあった大量の麻薬を発見、そこを出入りしていたやくざの消息を追ったが、
 これも行方不明、薬の出所すら分からなかった。
「あの時の薬が、最近になってこの辺のあちこちで見つかっているんだ」
 俗称をEden's Apples、日本名を『知恵の実』という。
  解析した結果、この薬はダウン系に特殊なアップ系を微調整して混合しており、
 調合した割合を変える事により特定の神経を興奮させる。
 柳川の知っているものは単純な思考力以外を奪う、ダウン系の量の多いものだった。
 同じ薬でも若干調合のバランスや量が違うだけで全く違う効果を上げる。
 そのため、服用次第では頭がすっきりしたり、集中力が上がると言われている。
 しかし、ベースにダウン系を使用しているせいで、過剰摂取により脈拍の低下、昏睡、
  脊髄反射停止等の症状を示し最悪の場合植物人間もしくは死に至る。
 柳川にとって、最も嫌な薬だった。
「…薬がらみの殺害、ですか」
 長瀬は一人前の刑事らしくない曖昧な表情を見せる。
「とは言ってないが。ま、その線も今考えているところだ。だからガイシャの身元を洗っている」
 聞きながら彼は部屋を見回した。汚らしい壁にも血の飛沫があり、
 どれだけ悲惨な状態になったのかが分かる。
 部屋の中心辺りに大きな血溜まりが残っている。ここで殺されたのだろうか?
 ふと、彼は気がついた。
「そう言えば、冷蔵庫のフレームががたがたですね」
 小さな冷蔵庫である。しかし、小さいとは言え冷蔵庫のフレームを素手で破壊できる人間などいない。
 それなのに、よく見れば明らかに叩き壊したと思える部分があるのだ。
「あれだけにするには…素手じゃ、無理だよな」
 長瀬は嬉しそうに柳川に笑みを向ける。
――この人は…
 明らかに意図的に話をさせようとしている。敢えて応えても良いのだが。
「そうですね。長瀬さん、私が来る前に死体は司法解剖へ移されたと言うことは、
もう調べる物も残ってませんね」
 そう言って話を打ち切った。長瀬は少し困った顔を見せたが、
 すぐに気を取りなおして頷いた。
 一言二言、部下に指示を出して二人は部屋を出た。
「柳川、車持ってきたか?」
 彼が頷くと、こののんびりした刑事はにっと笑った。
「取りあえず飯を食ってから出勤だ」
「…コンビニですか?」
 まだ朝早い。まさか朝の6時に開いている店などない。敢えて言えばコンビニぐらいだろう。
「最近できた丼屋、24時間営業らしいんだ」
 彼は有名なチェーン店の名前を出した。柳川は眉を顰めたが、別に逆らう必要はなかった。

 署は既に何人もの人間が立ち働いていた。
 彼らの部署は普段書類仕事か、他の課の仕事が主である。だが今回は違う。
 久々の――そう、『鬼』の事件以来の――仕事である。
 しかしドラマのような派手な物ではない。本来捜査という物は地道な、組織的なものであり、
 刑事というのはいわば役職であって仕事の名前ではない。彼ら自身が動くことは少ない。
 ドラマのような仕事をしていては命が幾つ合っても足りない。
「…以上です」
 報告書にまとめた事件の現状、捜査の進展の様子を署長に報告する。
 そして、これからの予定を提出して一息ついた時には、もう8時を回っていた。
「御苦労。…柳川」
 署長は報告書を見ながら眉を顰め、彼を引き留めた。
「はい」
「最近、隆山のあちこちで似たような事件が起こっているらしい。この辺りでは、今回が初めてだが」
 そう言いながら、柳川に書類を渡した。一瞥して事件の概要を書いた書類だと分かる。
「一応目を通しておけ。参考になればコピーしておけ」
「はい」
 柳川は書類を眺めながら自分の部署に帰ってきた。
 すると長瀬がコーヒーを片手に彼の帰りを待っていた。
「御苦労さん、どうだった?」
 どうだったと聞いたところで大した事などない。が、この男はこう聞いてくる。
 柳川は書類をひらひらさせて、彼の前に差し出した。
「どうやら幾つか同じような事件が起こっているらしいです。…同一の犯人かどうかは…ともかく」
 長瀬はコーヒーをすすりながらそれを受け取り、ぱらぱらとめくって中身を見る。
一通り目を通してから彼は顔をあげる。
「…どう思う?」
「え?」
 彼との会話は、どうも禅問答のような会話になってしまう。彼の意図を掴みがたい。
 わざとやっているのだろうか?
「確かによく似た事件ですね。時間も場所も全然食い違いますけど」
 長瀬は困ったような表情をして頭をぽりぽりかいて、首を傾げる。
「うーん、そう言う事じゃなくて、何か気がついた点がある?」
 長瀬は彼に資料を渡した。柳川はぱらぱらめくりながら注意深くそれを眺める。
 資料に張り付けられた写真はほとんどが現場を撮影した物だ。
「…快楽的な殺人ではないですか?かなり猟奇的な一面が見られますね」
 彼はそう分析した。衝動的に殺すのであれば死体がぐしゃぐしゃになるまでする事はない。
 恨みがあって殺すにしても、死体を八つ裂きにはしない。
 犯人は、ここまで酷い現場を残したくて行ったかのようだ。
 だが柳川の返答に長瀬はあまりいい顔をしない。
――違ったか?
「いい線だと思うが、どの事件にも共通して言えるだろ?
今回のように壊せそうにないものが壊されている」
 そう言って彼は資料のある部分を指さす。
『被害状況』。
 彼の言うとおり、酷い物では金庫が半壊して中身がぶちまけられているというものまである。
 通常どんなことをすればここまで破壊できるだろうか。
「…そうですね」
「快楽的殺人と言う線は正しいと思うがね。あ、そうだ言い忘れてた。今日昼前に会議があるそうだ」
 柳川は資料から目を離して彼を見返した。
 余程驚いた顔をしていたのか長瀬は片方の眉を吊り上げる。
「何のです?」
「例の薬の件だ。隆山中で問題になっているからな、うちが動かないといけないんだが…
 殺人なんてのもあまりないだろう?恐らくうちの管轄できまりだろう。そのための会議だ」
 薬。
 一瞬柳川は反応したが、長瀬はそれには気がつかなかったようだ。
「…分かりました」
 彼はそうとだけ答えた。
 上司が自分の席に戻ると、彼も自分のデスクに座って資料を読み始めた。
 殺人事件を扱うのは初めてではないが、前回とは訳が違う。
 自分が犯人なのではないからだが、状況を確認しているうちにある共通点に気がついた。
 似ているのだ。
 鬼の狩り場に。
  だが違う点が幾つかある。
 まず第一に、狩り場にしては余りに無駄が多すぎると言う点。
 第二に、被害者の中には年頃の女性が含まれていた点。
 第三に――これは鬼であった彼だから思うのかも知れないが――
    ある死体などは食い荒らされたとしか思えない痕があった。
 カニバリズムと呼ばれる行動は通常精神異常者か、
 所謂宗教的行為であってそれ以外にはまずあり得ない。
 鬼から見れば確かに人間は獲物であるが、食べる為に殺すわけではない。
 狩る本能から、命の炎を見るために殺すのだ。
 その命に主眼があり、死んだ肉体には興味はない。
――薬…か。
 彼はもうすぐ始まる会議の内容について思いを馳せるより他、なかった。

 彼は全てにおいて清算したつもりだった。
 目が覚めると柏木家で介抱されていた。側にいたのは確か、千鶴と楓、そして耕一だった。
 彼らと柏木家の――鬼の血について話し合った。
「自分は柏木家とは何の関係もありません」
 自分の父親である柏木耕平については、彼は父と認めていなかった。
 それが彼にその言葉を言わせるきっかけになったのかもしれない。
「これからどうするつもりだ」
 耕一が聞いた。相手は鬼に操られていたとは言え殺人犯であり、助けたのも彼だった。
 無遠慮で不躾な言葉だが、柳川には逆にありがたかった。今更、彼らの叔父などと言えるはずがない。
 彼は『父親』に恨みがあり、そして耕一も友人を痛めつけられた恨みがある。
「…聞いたことがあるか?」
 年下である――それもまだまだ未熟な――耕一に、睨み付けるような目で見て、逆に疑問型で言った。
「死という物は逃避に過ぎない。人間の生は罪を清算するためだけにある。
罪深い者が最も長生きするんだ」
 そして、最後にこう言った。
「人生というのは、生きる事は最も辛い神が与えた試練なんだ」

 会議はものの数分で終わった。
 会議など名ばかりで、新たに薬物取り締まりを強化するためにその対策本部を作る事の発表がメインだった。
 恐らくは希望者をポストに就けるのが最も有効なのであろうが、通常こういう組織体では、
 辞令と呼ばれる人事発令を待つか、上司が指名するのが普通である。
 そして、余程の事がなければそれに逆らうことができない。
 名簿の中には、柳川の名前もあった。
 長瀬警部は既にそれも承知だったようだ。それを言うと両手を合わせて彼の前で頭を下げた。
「すまん。言ってなかったんだった。あの後すぐ聞いたんだが、別に悪気があった訳じゃなくてだな…」
「いいえ、別に責めているつもりではないですけど。
それに、逆に踏ん切りがつきましたよ」
 彼の言葉はまるでそれを望んでいたかのようだ。長瀬は気がついて目を丸くする。
「…お前まさか」
 彼が何を言おうといているのか気がついて、小さく笑った。
――貴之の事か?まさか、あいつと薬は…関係ない
「いいえ、ただ薬が蔓延しているのなら早急に潰しておきたいんですよ。
殺人の方もありますけどね」
 長瀬はむにゃむにゃと口ごもって顎に手を当てた。
「そうか、それならいいんだが…それだけならな。
ただお前を良く思わない奴が聞いたらと思ってぞっとしたんだ」
「心配性ですね、意外と。ありがとうございます」
 その時思わず彼は礼を言っていた。言ってから自分に少しばかり驚いていた。
 まさかこうして礼を言うことができるとは思ってもいなかったからだ。


 次回予告
  一度隆山を離れた耕一の元に、梓からの電話がかかってくる。
 「耕一!楓が、楓がっ」
  隆山駅前で起こった通り魔事件。
  耕一は隆山で再び従姉妹と再会を果たす。過去の、恋人とも。

  Cryptic Writings Chapter 1:COMA 第2話『楓』

   犯人がなんて言っても、あたしは許さないから

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