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Cryptic Writings

   Chapter 0: ロイヤルコート401号室

※ 諸注意
  このお話は、リーフ3部作を元に再構成した、ほぼ完全オリジナルの作品の可能性が(*_*)高いです。
  従って本編やLFとは設定が多少(本当か?)違う可能性があります。
  個別のファンの方は、諦めて下さい。


  がちゃ

  玄関の方で、扉の開く音がした。

  がちゃん

  続けて閉まる音。
「…来たようです」
  楓は耕一に言った。

  がさがさ がさがさ すた すたすたすた…

 暗い部屋の扉が、大きく開け放たれた。

  ぐるるううううううううあああああああ

 獣の呻り声が響いた。
 昼下がりのマンション。誰も注目する事のない余りに日常的な風景。
 だが、その中で非常識的な事実が引き起こされていた。
 向かい合う二人の鬼。既に話し合う余地はない。

――鬼が引き起こしたこの事件、『鬼』が片づける

 扉を開いた時には、既に人間の姿を捨てた『鬼』が睨み合う格好になっていた。

――オマエモ オレノ ジャマヲ スルノカ

 二人は拮抗した緊張感の間に立って、普通の人間ならとうの昔に気を失って
  いる程の殺気を放つ。
 両腕を大きく振り上げる。

  みりみりみり

 コンクリートが悲鳴を上げる。いや、コンクリの上に張っているタイルだろうか?
 ともかく二人の体重はさらに増加を始める。

  しゃ

 まず、部屋の中へと飛び込むようにして鬼が動いた。部屋にいた鬼は軽く跳躍してすぐ窓際まで退く。
 がしゃん、と小さな音がした。鉄の雨戸が入れられた窓が揺れたらしい。

  ぐるるううるうううううううう

 鬼はかなり不機嫌な様子だ。耕一は巣に入った邪魔者に腹を立てているのだと思った。
 今の鈎爪でも、危うく身体を抉られるところだった。
 鬼はゆっくりと歩を進めてくる。耕一と鬼の間には何の障害もない。
 耕一が部屋に入ったときに、被害者達は既に部屋の端に移動させられていた。
 今度は耕一が動いた。できる限り小さな動きで一息に鬼の懐に踏み込む。
 隙の少ない鋭い爪が、鬼の脇腹を抉ろうとする。

  残像

 だが、爪は空を斬る。

  殺気

 音を立てた殺気が、頭を薙ぐ。
 身体を捻ってかわしたが、左肩に激痛が走る。完全にはかわしきれなかったようだ。

 耕一は足を滑らせるようにして左側に回り込む。
 鬼が両腕を振り上げてそれを阻止しようと構える。
 それを読んだ彼は、フェイントをかけて逆方向へと回り込む。計算された動きで、
 完全に空を斬った鬼の爪は行き場がなくなる。
 耕一の一撃が鬼を捉える。

  がき

 だが、かろうじて鬼は爪でそれを防いでいた。すぐに反撃せずに退いたのは今の一撃が効いたからだろうか?
 耕一はそれを判断する暇はない、ともう一歩さらに踏み込んで襲いかかる。
 だが、今度は鬼が正面から姿を消した。
――しまったっ
 焦って姿勢を低くして右へ跳躍する。
 偶然、鈍い感触が右肩に乗った。
 それは本当に偶然だった。大きく右へ滑るように移動した鬼は、耕一を右側で捉えていたのだ。
 もし回避が一瞬でも遅れていれば鬼の一撃を喰らっていただろう。
 耕一はそのまま壁際まで転がる。床に倒れた耕一を、今度こそとばかりに腕を振り上げて襲う鬼。
――ちっ
 両腕を使ってさらに低く跳躍する耕一。
 
 

 鈍い感触。
 腐った果物に触れたように水っぽいものが掌を伝う。
 果物の皮のようなものが指の間にぶら下がっている。

 鬼の動きが急に緩慢になる。
 耕一は自分を襲った爪が全く別のものを捉えて戸惑っているのを見た。
「待って」
 畳みかけようとした耕一を、後ろから制する声。
 楓は耕一の肩を掴んでいた。彼女はやはり部屋の隅に立って二人の闘いを見ていた。
 耕一に言われて、出入り口に一番近い場所で。
「楓ちゃん」
 鬼の姿のまま、耕一は戸惑いの混じる声をかける。だが楓は耕一から手を離そうとはしない。
「見て」
 鬼は自分の両手を見ながらがたがた震えていた。
 鬼が震えていた。
 それは奇妙な、不思議な光景だった。
 

 手の中には脳漿がまだ滴っていた。薄赤い液体が手首を伝い、肘に流れる。
 おそるおそる手の甲を返す。
 指の股に毛が見えた。
 黒い、皮のついた毛が見えた。
 ゆっくり顔をあげた。
 そこに座っているはずの、人物を見ようとした。
 今の感触を、嘘だと疑いたかった。
「…タカユキ」
 日本語を扱うには不十分な声帯が、かすれた声を上げた。
 そこには、無惨に座り込んだものがあった。
 下顎だけが、首から上に残された最後のかけらだった。
 
 

  がば

 男は吐き気に上半身を勢い良く起こした。時計はまだ5時を回っていない。 
 胸を押しつける嫌な気分に慌てて洗面所へと駆け込む。
 ひとしきり胃の中身を吐き出して男は洗面台に両手をついた。黄色い液体に、血が混じっていた。
 男は荒い息をしながら水道を捻り、全てが流れてしまうのを見つめている。
 口をすすぎ、顔を洗う。ここ1週間いつもこうだ。夢の中ではそれ以上は決して進まない。
 だが、男はそれ以後にあったことを覚えている。あの鬼同士の対決は、この隣――401号室で行われた物だ。
 確かに覚えてはいるのだが、どうしてもそこで目が覚めてしまう。
 罪悪感と失望感が同時に襲い、そして気分が悪くなる。
 男の名前は柳川祐也。今年で26になる、大卒のスピード出世を果たした刑事だった。
 いかんせん出世が早い者というのは周囲のベテランとの確執が多い。
 特に彼のように、地方の部署に配属になり、孤立化した場合は蔑みをもって妬まれる。
 奴は点取り虫だ、と。
 彼は今まで全く周囲を顧みなかった。顧みることができなかった。
 もちろん、これからもそうだ。
 振り返る気すらない。何故なら。
 狩猟者。
 その言葉にどれだけの意味があるのか。
 どれだけの理由があるのか。
 しかし、彼はまだ生きていた。狩猟者を中に住まわせながら。
――貴之…俺は…俺はまだ生きているんだ…
 それでも、手の中で握りつぶした貴之の頭の感触が残っている。
 耕一は彼を介抱した。
 柏木家の人間は、彼を介抱した。
 関係などない。俺は柳川だ。
 俺は柳川祐也だ。
 あんな奴らなど…俺は…

  じりりりりりりりり

 電話が鳴り響いた。
 
 

 次回予告
  『朝早くからすまんな』
  上司からの仕事の電話。猟奇的な殺人の現場に貴之の思い出が重なる。
  殺人事件から麻薬取締対策本部へと辞令を突きつけられる柳川。
  「ただ薬が蔓延しているのなら早急に潰しておきたいんですよ。殺人の方もありますけどね」

  Cryptic Writings Chapter 1:COMA 第1話『薬』

   生きる事は最も辛い神が与えた試練なんだ。

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