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Cryptic Writings 
Chapter:4

  第6話 嘘

         ―――――――――――――――――――――――
Chapter 4

主な登場人物

  柏木耕一
   今回も大けがをする。
   体が丈夫だから虐めたくなるんだよな、こいつ。

  柏木 梓
   実は子供っぽい一面を持ってます。

  長瀬源五郎
   今回の『戦争』を予期していたものの、対応が遅れる。
   幾つか極秘と思われる情報の入手に成功している。

  月島拓也
   『Hephaestus』の一員として源五郎に接触してきた。
   冷たい感情のない性格で、人を人とも感じないで平気で人を殺せる。
   『電波』を操ることができる。

        ―――――――――――――――――――――――




 首から上だけがまるで別物のように、瞳も小刻みに動いて二人を拘束する。
 純白の服に、か細い体。
 下手に可愛らしい造形をしているだけに、その残虐性は著しく大きい。
 三流のホラーのようだった。
「糞」
 由美子を壁にもたれかけさせて、彼は一歩前にでる。
 梓はそれに習って彼の隣に出る。
――二人いれば…
 梓を邪険にここから離れさせても、どうせ言うことを聞かないだろう。
 なら。
「梓、俺が気を惹き付ける内に背後に回れ」
 こくん。
 真剣な表情で頷く。
――まだ、その方が安全だろう
 メイドロボと言っても、基本は戦闘に向いていない。
 その弱点は構造が『人間』過ぎる所だろう。背後に目があるわけではない。
 中に重火器が隠されているわけでもない。
 精々、人間をずたずたにする刃物や拳銃程度がある位だろう。
 セリオには衛星を利用して死角なく攻撃する事ができるが、相手はマルチ型。
 さほど怖くはない。
 小柄な分、兵装は大したものは積めないはずだ。

 地面を、蹴った。

『危険人物 コード1092 許可を』
 彼女の目に映った人影二つ。
 女の方は『最優先目標』コードに該当せず。
 一般目標と認識。

 耕一は滑るように教場を駆け抜ける。
 だが、あと一歩で間合いと言うところで敵が動いた。
 メイドロボのような『物体』では、気配を探りにくい。
 どうやら鬼は『狩り』に特化した生命のようだ。
――消えたっ
 だから曖昧な気配を慌てて追わなければならない。

  どくん

 死神が心臓を叩く。
「くっ」

 マルチ型に兵装が無い、などと思わない方が良かった。
 無表情に両腕を振り上げた彼女。
 彼女の服の両袖が無数に分かれて、肩から上がはだけている。

 梓は彼女の動きが見えなかった。
 ただ、急に白い物が現れたと思うと、細かな金属音に続いて絹糸がほどけるような音が聞こえたに過ぎない。
 無意識に、地面を蹴って横へ逃げる。
 

  甲高い金属音

 彼女が無情に振るった両腕は、教場の天井、壁、そして床をずたずたに切り裂いていた。
「痛」
 一瞬避け損なったのだろう。
 梓の左腕に赤い筋が走っている。抉れなかっただけでもましかも知れない。
 彼女は、惨状を見てそう感じていた。

――畜生、何故梓に襲いかかる!
 ロボットの真後ろを滞空し、彼は両腕を大きく構えていた。
 鬼への変貌が始まっている。
――許すかよ!
 だが、あと.1秒程の差。

  ひょう

「!!」
 慌てて両腕を大きく振るった。

  ぱし  ぱしぱし

 爪に何かが当たる。
 が、何の抵抗もなくそれは彼の腕を切り裂いた。
 死神はこちらを向いて、無表情にもう一度両腕を振りかざす。
「いやぁっっ」
 着地点はロボットの直前。
 同時に挙げた彼の咆吼。
 血だらけの拳がロボットの頭を打ち抜いていた。

  がこぉん

 中身の詰まった金属を、巨大なハンマーで殴った時に立てる音がした。
 無表情に後ろに崩れていくマルチ型。

『コード1092と現在交戦中 頭部損傷 現在72%の損害を受けました 自爆の許可を』
『…許可する』

 事切れたようにごとんと倒れる彼女。
 そして、一瞬白い世界が広がった。
 

「あぶない」
 彼らの向かう方向から轟音が響いた。
「しまった…まさか自爆したのか」
 二人は急いで爆発した教場へ向かう。
 角を曲がり、廊下から十分に場所を知ることができた。
――…う
 むっとする血の臭い。
 内圧に耐えられなくなったのか、廊下に細かな硝子の破片が散っている。
 廊下に人が叩きつけられている。
 慌てて側に寄るが、『人格』が彼には感じられた。
 『Lycanthrope』特有の症状だ。
――違う
 体を起こして教場へ踏み込む。
 入り口を塞ぐようにして机が積み上げられていたが、爆発で崩れたらしく廊下にまで散っている。
 彼は通れそうな場所を選んで机をまたぐ。
「…酷いな」
 物の散り方や破片から、爆発した場所は見当がつく。
 爆発した場所が黒く残っているわけではない。最近の高性能爆薬は高熱は発生するが煤は非常に微量だからだ。
 鉄筋に塗料を塗っただけの床に金属の破片が刺さっている。
 それだけでも爆発の勢いが分かるだろう。
「祐介ちゃん」
 少女――月島瑠璃子に呼ばれて、彼は顔を上げる。
「あそこに、人がいるよ」
 彼――長瀬祐介は彼女の指さす方向を向いた。そこには、血にまみれた男が一人倒れていた。
 

 暗い、満月の浮かぶ河原。
 生々しさは、以前に柳川と意識が繋がった時にも似ている。
 自分がまるでそこにいるかのような自然さを持っている。
 やんわりと漂う霧に若干視界が遮られる物の、そこは彼の良く知っている場所だ。
――あの…水門か

  どこかでちきちきというおとがする

――…どうして…ここに…
 彼はくるっと自分の周囲を見回した。
 誰も――いた。
 彼の後ろ、河原のすぐ側に少女が立っていた。
 見間違うはずもない。
「楓ちゃん?」
 背景に溶け込んでしまいそうな、儚げな雰囲気を湛える少女。
 暗い風景にすら映える艶のある黒い髪が風に揺れて、振り向いた。
「こう…いちさん?」
 楓は哀しそうな表情を僅かに歪めてそう応えた。
「耕一さんなんですか?」
 やがてその表情がくしゃと崩れ、大きく首を振る。
「そんな…駄目」
「楓ちゃ」

  白

 その途端風景は崩れて、ペンキをこぼしたように白く濁る。
 今まで全身を包んでいた現実的な空気は、あっという間に払拭される。

  楓ちゃん!

 耕一の叫びも、まるで夢の中の叫び声のように耳に届かない。

――まだ、こっちに来ては駄目です

 何故?
 分かった、これは夢なんだろ?楓ちゃん!何で逃げるんだよっ

――駄目なんです。耕一さん…これは夢何かじゃないんです…

 ……楓ちゃん……

 耕一は、楓の声に急に目頭が熱くなった。
 それが楓の感情だと認識した時、分からなかった事を理解したような気がした。

――ここは『境』です。…もう、私は…多分…目が覚めることはないと思います

 でもまだっ…まだ、生きているんだ。身体はまだ

――…耕一さん。…これ以上家族を苦しめないで下さい

 千鶴、梓、初音。
 泣き崩れる彼女達の顔が脳裏をよぎる。

――それに姉さんが待ってます

 っ…楓ちゃん、何で梓を焚き付けたんだ。俺が

――いつまでも死んだ人間を引きずる癖は、変わらないんですね

 声が遠くなる。

――思い出さない方が、良かったのかも知れません…

 楓ちゃん!

――せめて、もう…繰り返さないで下さい。必ず又…又会えます

  じりじり

 骨の中で響くような音。
 歯医者で歯を弄られているような音が頭に響く。
 まるで目覚ましが鳴り続けているような痺れ。
――五月蠅いな…
 まだ寝ていたいんだ。何もする気が起きないんだ。
 頼むよ、もう少し静かにしてくれ…

  ずき

 身をよじろうとした時、全身に痛みが走った。
「…いち、耕一」
 急速に脳が明晰になる。
 右足、腹部、右胸部、左腕、首筋、左頬。
 違和感はないが、出血しているというのが自覚できる。
 そこから力が抜けていく。
「耕一」
――そんな顔をするなよ。泣きそうなのはこっちなんだぞ
 戻ってきた視界の中で、梓は必死な表情で彼を見ていた。
「大丈夫?」
「…んなわけねーだろ」
 苦笑しても頬が引きつる。
 思い出した。
 白い服を着たメイドロボを殴り倒して、急に真っ白に…
 そうだ、爆発したんだ。
 全身が痛いのは、多分そのせいだろう。
「痛いから、肩の手をどけてくれ」
 はっと気がついたように慌てて身を起こす。
 耕一はのそりと身体を引き起こして、初めて他の人間がいることに気がついた。
「…彼らが助けてくれたんだ」
 そっと側に梓が近づいて言う。
 耕一の目の前に、二人の人間がいた。年は…自分と変わらないか、一つ二つ下、ぐらいか。
「いえ。貴方が丈夫だったんですよ」
 自然な笑み。こうして見ているとタレントか何かと思えるほどの優男。
「僕の名前は長瀬祐介」
 側にいるのは少し病的な雰囲気のある少女。
――楓ちゃんと雰囲気が似てる
 そう感じたのはほんの一瞬だけ。
 儚さが似ているのだろう。外観は全く違う。
「彼女は月島瑠璃子。…貴方達を助けたのは、何も我々の善意何かじゃないんです」
 幼さを感じさせる顔を、ほんの僅かに曇らせて彼は言う。
「…ある人を捜していて、その途中での、ほんの偶然です。…私達に協力して戴けますか?」
 梓の手が自分の肩に触れるのを感じながら、耕一は青年の瞳を覗き込んでいた。
「協力?」
 耕一は驚いたように大声を上げた。
 一部が爆風によって傷ついた教場の中央に、祐介が立っている。
「そうです。…月島拓也、彼は瑠璃子さんの兄です」
 美少年。そう形容すべき顔立ちが、僅かに翳る。
「…止められなければ、彼は滅びる」
 

 月島は大声で笑い声を挙げた。
「はっは、ご冗談を。それともふざけているのですか?」
 冷たい目つき。
 長瀬は冷や汗を拭いながら男を見つめた。
――どれだけの事を知っているんだ?
 拓也が無機質な笑い声を挙げるのを不快に思いながら、それを止める手段を持ち合わせていなかった。
「貴方はそれを『A』兵器だと知っているはずだ」
 月島の言葉にぎりぎりと歯ぎしりをする。
「…分かった、良いだろう。…そちらの条件通り、私の持っている情報を渡そう」
 一瞬目を開いた拓也は、口元をにいっと歪める。
「結構です。まずは私が渡せるだけの物を渡しましょう。さもなくばあまりにも不公平ですからね」
 彼は肩を竦めるふりを見せて、両腕を開く。
「さて。では…そうですね。まずは月島博士の…彼の我々との関係からお話ししますか」
 資料室には若干特殊なシステムが備え付けられている。
 部屋の中を24時間体制で監視できるのもその一つだ。

  がしゃ がしゃ ぴいーん

「…鍵を掛けさせて貰いましたよ」
 もう長瀬も驚かなかった。目の前の青年がどんな手段をもってそれを行っているのか、理解する気もなかった。
 理解という範疇を越えた物が、目の前にいるとしか認識していなかった。
――もしかして、銃弾も効かないんじゃないか
 そう思わせるものを彼は備えている。
「月島博士――光三は、若干頭がいかれていた。自分の妻と子らを捨てて、研究をとったのだ。
 まだ若い研究員だった彼は、その野心のために我々の元に来た。どうやって我々を知ったのか、そこまではわかりません」

 月島光三。日本の国籍は交通事故により既に削除されている。彼の身分は、日本ではなく『彼ら』しか保証するものはない。
 しかしそれも彼にとって『Hephaestus』に加えられるための、一つの手段に過ぎなかった。
 莫大な研究費用と、実験用の『肉体』が手にはいるのは非合法な手段を用いるしかなかった。
 生まれ育った土地を離れ全く別の戸籍を同姓同名で偽造すると、彼は来栖川重工に就職した。
――分かっている…だが、まさか既にその時には…
 長瀬は話を聞きながら改めて光三の性格を思い出していた。
 全てが自分中心。何もかも自分でできなければ気が済まない。
 研究については完璧主義。分からない事は一つもないと言う程、全てに全力を傾けていた。
 だからだろうか、人付き合いは悪い方だった。
 自分勝手な性格は人を寄せ付ける事もなかった。
 逆に彼の裏側を知っている人間もいないのだ。
「そのころ彼は、『実験場を作る』と言って莫大な費用を要求していました。
 結果、その金がどこに消えたのかは分かりませんが、その場所だけは分かりました」
 隆山。
 日本でも有数の観光地であり、非常に自然の豊かな場所だ。
 ただし、自然によって隔離されたここは、シーズンオフともなれば閑散としてしまう。
「ばっ…ばかな」
「いいえ、事実です。彼は一つの『県』を『箱庭』に見立てて実験を行っていたのです」
 彼は懐から封筒を出し、中身を広げる。

 『人間の遺伝子における脳の変異及びその考察』

「これは」
「我々に提出された論文の一つで、彼の研究成果ですよ」
 彼は口元を歪めた。
 苦笑、ともとれる笑み。
「一つだけ想像できるのは、彼は不老長寿というものの研究を行っていたのではないかと言うことです。
 人間の脳の構造を理解し、人間の『殻』を捨てて自ら永遠のものとなる。
 それは科学者としての夢だと聞いたことがあります」
 笑みはだんだん憎々しげなものへと変化していく。
「奴はっ」
 拓也は吐き捨てるように叫んだ。
 だが、すぐに表情を取り戻すと話を続ける。
「博士の研究題目は、『人間』を作り上げることでした。それは恐らくご存じではないでしょうか」
「…ああ」
「彼の専門では『コンピュータ』しか作る事ができないはずでしたが…研究の最中に奇妙な物を作りました。
 それが『A』兵器です。恐らく効用も、その原理も貴方はご存じのはずだ」
 長瀬が頷くのを待たず、懐から小さなアンプルを差し出して卓の上に置く。
「そうたった…これだけで人間を破壊する事もできれば、思い通りの手足にする事も不可能ではない、と言われています。
 『Lycanthrope』と呼ばれる、自分に投薬するA兵器もあります」
 まるで淡々と兵器の説明をしているような口調。
 芝居がかった口調で語る拓也。
「…今から3年前の事です。彼がそれを完成させたのは。
 それが今や隆山という絶好の実験場を経て、世界を滅ぼすかもしれない恐ろしい兵器へと姿を変えました」
 無言。
 しばらくの沈黙が二人の間に滞る。
「月島博士は死んだよ。アパートの瓦礫の下敷きになって」
 拓也は僅かに目を開き、長瀬を睨み付ける。
「だが彼は我々とコンタクトを常にとり続けている。現に…」
「最後通牒でも突きつけたというんだな?まあ、そんなところでしょうなぁ、奴なら」
 拓也は歯ぎしりするように黙り込んで長瀬を睨み付ける。
 彼が拳を握りしめるのを見ながら、僅かに安堵する。
「そこで私の情報が必要になる訳だね。先刻、『月島博士の遺産』とは言った物の、彼の『死』を確認できないから戸惑っている…と言ったところか」
 彼は手元にある資料室の端末を叩いた。
 素早くIDとPassを入力すると、初期設定がスクリーンに映し出される。
「その、壁を見たまえ。これが…今から一月程前に起きた事件の写真だ」
 

 残酷な数分間。拓也の現状を認識するまでのほんの僅かな時間。
「はは、ふはははは」
 乾いた笑い声がむなしく響き、ばしっと静電気のような音と共にスクリーンが歪む。
「そうか、死んだか、死んでしまったのか」
 悲しいとも寂しいともとれる、乾いた笑い。
 呟くような言葉に、長瀬はやっとこの男が人間なのだと確信できた。
「…では、我々が考えるべきことは、月島の名を騙るモノを探す事になりそうだ」
 鋭い視線を長瀬に向ける。
「長瀬源五郎。取引と参りましょうか」

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