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Cryptic Writings
Chapter:2

   最終話 信頼

前回までのあらすじ

  長瀬は弟の頼みで工場を調べに行き、もう一人の柳川を見つけた。
  闘いの末、結局捕まってしまう。
  柳川はマンションを捜索中、信じられない物を発見する。
  『鬼塚』が、『柳川 裕』という名前だったこと。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 3

主な登場人物

 長瀬警部
  人間。この中では唯一。

 柳川祐也
  被害者。

 柳川 裕
  もう一人の鬼。
  
 マルチ(?)
  少し口が悪くて目つきも良くないマルチ。
  おつむはマルチよりもよい。  

        ―――――――――――――――――――――――

――アレは俺ではなかったのか
 心の中で続いた叫び。
 血の衝動。
――だったら、俺が殺した…俺が殺したはずの人間達は?
――オレノエサダ
 柳川は両手をわななかせる。
 彼の前には両腕をだらんと下げたままの狩猟者が、獲物を見つめ瞳を向ける。
 狩猟者はじっとしたまま応えた。
――『お前』を利用したんだ。あの時と同じさ、あの長い夜と
 じゃああれは?あの心の奥底から沸き上がった殺意は?
 俺は一体何者なんだ?
――お前も狩猟者の血を引いているのだろう
 鬼はあきれかえったような声を返した。
――俺が、後押ししたのは確かだ。だがお前の殺意は確かだ
 そして、彼は口元に笑みを浮かべた。
――俺もお前も、同じ血を引く者だからな
 柳川は混乱と驚きにまだ立ち直れない様子だ。
――俺の為に、良く踊ってくれたんだ。…でも、もう必要ない
 鬼の脚が一歩、ずっとすり出される。
――『狩りの時間』は、俺にはもう必要ないものだ

  うわあああああああああああああ

 柳川の身体が変化する。
 全身の筋肉は一斉に盛り上がり、人間という器から逃れようと脈打つ。
 口が裂け、目がつり上がりまるで引きつったように表情が変化する。
 その時。
「ユウ!」

  ずくん

 柳川の全身が急に鉛になったように重くなる。
 いつか感じたあの感じ。
 そうだ、こっちに来る時に見た夢の感じだ。
「止めろ。そこまでだ」
 いつの間にか、獣の側に小さな少女がいた。
 柳川が胸の苦しさを感じているその時、鬼は頭を抱えて両膝を付いていた。
 そして、見る間に人間の姿へと転じる。
 これだけ短期間に身体を変貌させれば鬼と言えどもダメージは計り知れない。
「…?その顔…」
 長瀬が言うと、少女はらしくない勝ち誇った笑みを浮かべる。
「何か?日本の刑事さん」
 柳川は息苦しさに声も出ない様子で、地面にうずくまっている。
「あ、いや、こちらの勘違いだ。…さて、ではまず理由をお聞かせ願おうか」
 いつもの人を食ったような口調で彼は始めた。
――どうするか?まさか出てきたのがこんな…
 彼は敢えて何も言わなかったが、彼女の姿をHMだと見破ったのは弟の話を聞いていたからだ。
 恐らく弟の言っていた試作型はこの事だろう。
――…様子を見るか…
 ともかく、取引に応じる位の気はあるようだ。
「理由、ねぇ」
 そう言って彼女は周囲をぐるっと見回す。
 長瀬つられて周囲を見て絶句した。
 血の海。死体がごろごろと転がっている。
 想像していたことだったが、今の今まで鬼の殺気に気を取られていたせいで気が付かなかった。
「私は、まだ彼を失いたくないのだ」
 そう言って、長瀬を冷たい視線で見つめる。彼、とは恐らく倒れている男だろう。
「どうだ?」
 ひけ、と言うことだろう。
 柳川も何故か土下座をするような格好で痙攣している。
「…だ、だったら…」
 痙攣する身体を無理に起こそうと膝を立て、柳川は立ち上がろうとする。
「むりするな」
「だったら…」
「そこの男の、履歴か本籍か、ないか」
 長瀬はにっと笑って胸のポケットに手を入れる。

  しゅぼ
 
 これだけ堂々と胸ポケットに手を入れられるのはここが日本だからだ。
 アメリカなら今の一瞬に銃殺されていてもおかしくない。
 それを知っていながら、分かっていて行う。
「…ウチの奴もまだ失いたくないんだ。できれば、…そう、これで解決するとは思えないが」
 彼は煙草をポケットに仕舞って大きく煙を吐く。
「…お前らは一体何者で誰なんだ」
 柳川が畳みかけるように、強引に絞り出した声をぶつけた。
 少女はふうとため息をつき、呆れたように肩をすくめる。
「お前達、自分の立場を考えて物を言ったらどうだ。死に損ないに、何もできない人間風情が」
 そして彼女は丸い目を長瀬に向ける
「時に長瀬。…兄弟でもいるのか」
 長瀬は動揺しない。身分証なら常に携帯しているし、先刻自分を『日本の警察』と呼んでいた。
 気を失っているうちに調べたのだろう。
「見た顔でもいるのか」
「…少々知った顔に長瀬という奴がいたからな。…詳しくは奴から聞いて見ろ」
 そう言って懐からカードを取り出すと彼らの足下に投げる。
 金属製のクレジットカードのようなそれは、表には幾何学模様が書かれており、裏は真っ白だった。
「それがあれば何かの役にたつんじゃないか?」
「ただじゃないんだろう」
 その時、マルチの表情は凄みのある笑みを浮かべた。
 それは彼女に仕込まれたアクチュエータがいかに人間に近いかを証明していた。
「1週間だ。我々にはそれだけ期間を与えてくれればいい」
「…もしかして、ここでYESと言うだけかも知れないがね」
「できるものなら、やってみることだ」
 

 二人は工場の外にいた。
 柳川の背中の傷は何とか塞がっていたが、失血のショックでふらふらしていた。
「長瀬さん」
 長瀬に肩を借りて、夜道を歩いていた。
「何だ?」
 この人はどこまで知っているのだろうか?
 いつも気が付けば抉り込むような視線と科白に全てを見透かされているようだった。
 色々聞きたいこともあるだろう。
 何故、それを聞こうとしないのか。
「…どうして何も聞かないのですか?」
 一瞬目を合わせるが、すぐに相好を崩して大声で笑った。
 自分でもその笑い方が不似合いだと思ったらしく、すぐに鼻の頭をぽりぽりかいて恥ずかしそうにする。
「いや…すまんな。…頑固で、自分の信じている物以外は信じられないからじゃないかな」
 柳川は何か言いたかったが、彼の言葉をじっと聞いていた。
「…誰だって言いたくない事はあるし、人間一人では分からないことの方が多い。
 でも、やらなきゃならないことは分かるし、どうすればいいかも分かる。『知らぬが仏』と言う言葉もな」
 それは『タブーには触れることすらしない方が良い』と言うのも含んでいるのだろうか。
 宗教にもタブーはある。
 知っていても見て見ぬ振り、そんな物の存在を見ないようにしようとする。
 あることを知った途端に、穢れるかのように。
 キリスト教の悪魔の名のように。
「結局、敵ではない事を信じているんだよ、お前はどこまでいっても」
 そう言って彼は柳川の頭を叩いた。
「世話の焼ける部下だ」
 愚かだ。
 柳川は一瞬そう感じた。
 曖昧な表情で応えながら、それが『鬼』の感情であることに気が付いていた。
――人間は愚かだ
「…じゃあ、もしその信頼を裏切られたら、どうするんですか?」
 長瀬は急に難しい顔をして頬を掻いた。
「そりゃ、お前…驚くだろ?」
 思わず声を出して笑った。
 相手が長瀬であることも忘れて、久々に大声で笑った。
「すす、すいませっ、くっくっく…笑わせないで下さいよっ」
 すこしばつの悪そうな長瀬に、彼は安堵を覚えた。
「でも、長瀬さんらしい答えです」
「…そうかもな」
 長瀬になら、殺されても構わないかも知れない。
 一瞬だけそんな思考が横切った。
 

 柳川 裕、26歳。孤児院で育てられる。14の時に傷害罪で逮捕、状況証拠、物的証拠共になし。即日釈放。
 18の時に強制送還される。アメリカにパスポートなしで半年以上滞在していたらしい。
 22の時に隣に住んでいた男と争いになり、殺害。但し、これも不起訴処分になっている。
 最大の理由は、彼にできないはずの殺害方法だったからだ。
「…すげえ経歴だな」
 マルチが渡した金属板は、調べればすぐにそれがデータカードだと分かった。
 但し、分析してそれを読めるようにするのに骨が折れたが。
 今、どこにもこのタイプのデータカードは市販されていないからだ。
「ああ」
 来栖川総合研究所。
 長瀬警部のつてですぐにそのカードを解析にかけ、中に入っていたデータの読み取りに成功した。
 丸々半日かかったわけだが、今から帰れば十分夕方までに隆山に帰り着く。
「…これがあれば一緒に帰れるな」
「ええ、偽造どころか読みとる方法すら難しいこれなら、証拠になるんじゃないですかね」
 楽観的思考ではあるが。
「ええ、こいつを作るには相当の技術がいりますねぇ。専用のリーダーとライターがなければ使用できないですよ」
 これは警部の弟の弁だ。
「解析に骨が折れましたよ。お陰で何人技術者が倒れることか」
「そんなこと言って、どうせここんところ徹夜詰めだろう?他人のせいにするな」
 源五郎は疲れているはずなのに、表情にはそれを見せなかった。
 その理由は、すぐに分かった。彼らが持ち込んだカードだ。
「いや、実は礼を言いたいのはこっちの方なんだ、兄貴。行き詰まっていたこっちの捜査の方も進みそうだ」
 ゆっくり顔を歪めながら源五郎は嬉しそうに言う。
「じゃ、前に言っていた『ある組織』の…」
「ああ」
 源五郎は頷いた。
「これには様々なデータがあってね。ま、核心とは行かないまでも、かなりのものですよ」
 そしてすぐに困った表情を浮かべてカードを差し出す。
「本当は渡したくないんですが」
「それじゃ困る」
 源五郎は兄の表情に肩をすくめて柳川にカードを握らせる。
「分かってるって、兄貴。ただこれは非常にやばい物だと思う。だから一つだけ忠告しておく。
 絶対に他の人間に見せたりせず、最悪の場合自分の命がやばいと思ってくれ」
 沈黙。
「もし想像が正しければ、政府高官に渡されている物と同じ『セキュリティカード』だ」
 すなわち、このカードを下手に見せてしまえば『ある組織』に狙われる可能性ができるということになる。
「…分かった、気をつけることにする」
 しかしこれを証拠とする限り、必ず目に付くであろう。
 その時はその時だった。
 柳川達が隆山に戻ると、大騒ぎになっていた。
「…っ、柳川ぁ!」
 署長の怒鳴り声で迎えられ、事態を収拾するのに結局半日近くかかってしまった。
 無実の証拠を突きつけ、ぺこぺこ頭を下げてまわりながら。
 柳川 裕との関係についてはこれからの問題になるが、取りあえず顔も声もそっくりな人間がいる証明だけはできた。
 そしてアリバイも認めて貰えることになった。
 取りあえず、彼の殺人容疑は晴れたわけである。
「御苦労だった」
 長瀬と並んで柳川は署長に敬礼する。
「結局無実であったわけだし、まあ、今日からもう働いて貰うぞ」
「…はい」
 予想はできた事だ。公務員に休みはない。
 署長は嬉しそうではない彼に、若干笑みを浮かべると言う。
「そんな顔をするな。一課の方はかなり忙しいんだ。君にも一つ事件を担当して貰う」
 そう言うと一枚書類を渡す。
「…これは」
「『鬼塚』警部補の殺し、引き受けてくれるな」
「はい!」
 

 突拍子もない話で困惑する柳川達を見送ると源五郎はため息を付いた。
――『Hephaestus』について話せる事はない
 あのカードを持っている限り避けることはできないだろうが、それでもまだ今はその時ではない。
 しかし思わぬ所から思わぬ拾いものができた。カードに、ある意味のない羅列が含まれていたのだ。
 それもPGPキーににた羅列である。
 言うまでもないだろう。彼はすぐに研究室のコンピュータに向かうことにした。
 月島のデータと例のページは既にノートパソコンに転送している。
 このノートパソコンは松浦の物である。
『壊さないで下さいよ』
――散々言われてたからなぁ
 ブラウザを立ち上げて、例のページを開く。
 そして、そのページを丸ごとテキストデータとしてコピーして月島の持っていたデコーダーにかけてやる。

『OK...認証キーファイルを選択して下さい』

 そしてファイル選択ダイアログが開く。
 彼は口元を引きつらせながら、例のコピーファイルを選択した。
 そして、数分後。
「…これは」
 思わず声に出してしまう。
 彼の目の前で展開される、『商品リスト』。
 TCM、CLGP、SADS…
 火器、爆薬を問わずそこに並んでいる。
 目玉商品に書かれている物があった。
『A兵器』
 Atomic、ではない。
 NBCに変わる新しい新兵器だそうだ。
 N=Nuclear、B=Bio、C=Chemicalに加えるA、Assembler兵器。
 化学兵器や生物兵器のように完全に秘匿された、かつコントロール可能な兵器。
――月島の技術か!
 そこに記されていたスペックと原子デザイン図は、明らかに『ナノマシン』技術だった。
 その中でも一際目を引いたのは、カプセルの写真が載った物だった。
『人体投薬用A兵器』
 意識を浮かび上がらせる『自白剤』、特定の部位を直接攻撃する『ミサイル』(これは医学的な分野でも使用できるそうだ)、
 そして、投薬された人間の脳内に寄生するAssembler。
 攻撃的にも防御的にも、そしてそれらを武器にも毒にも、そして無毒化まで完全にコントロールできる兵器。
 化学兵器のように汚染することはなく、敵に奪われても自軍に対しては無毒化できる。
 理想的な兵器だった。
 恐ろしいのは、この兵器がコントロールを受けて作動するまで、目標は攻撃されたことに気が付かないと言うことだ。
――自律プログラム入りの人体投薬型を試験的に配布中?
『投薬後数日で稼働態勢に入ります。稼働後は脳内に常駐したAssemblerが最初に指定した中枢を攻撃します』
 ようするに、効果を試すための物だろう。
 その効果は数種類の薬剤と同時に投薬する事でコントロールされるという。
――…こいつは…こいつが裏のドラッグ市場に出回れば…
 気が付かないうちに、潜在的に、自国の兵士を作る事ができる。
 あらかじめ潜入する必要がない。
 その国で動いているマフィアに『ただで』薬を分け与えてやるだけでよい。
 長瀬は身震いした。
 既に侵略が始まっているのだ。

「そう、本当に簡単な事」
 可愛らしい声が響く。
「後ほんの僅かな時間、ここにとどまれればよい」
 その後ろには、男が立っている。
 男の目は正常な色を示していたが、しかしそれ以上輝くことすらなかった。
「もうすこしだ」

        ―――――――――――――――――――――――


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