×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

戻る

Cryptic Writings
Chapter:3

   第1話 遷身―UTUSEMI―

前回までのあらすじ

 マルチの誘拐事件は、解決することなく終わった。
 『Hephaestus』とは?
 長瀬はあらゆる手段をとり、自らその後を追う決意をする。
 そして浩之は。

        ―――――――――――――――――――――――
Chapter 3

主な登場人物

柳川祐也
  26歳。今回の被害者。

藤田浩之
 16歳。若干今の自分に弱気になっている高校生。綾香の見舞いにも結構通っている。

        ―――――――――――――――――――――――

 聞き慣れない携帯電話の音。
 見慣れない場所。
 暗い、夜道。
 背中のコンクリがやけに冷たい。
 アスファルトでできた道路に、何故か腰を下ろしてる。
 しつこく続く着信音に、彼はポケットに手を入れた。
 甲高い電子音を止めるために、彼はボタンを押した。
「はい」
『柳川…』
 

  がば

 目が覚めた。
 奇妙な夢だった。見慣れない場所で、アスファルトの地面に座り込んでいた。
 携帯電話も見慣れないものだったし、かかってきた人間の声も、知らない声だった。
 
 柳川は、あの悪夢から解放されたわけではなかったが、以前よりはましになっていた。
 最近寝不足になることもない。
 だが、今のようなやけにはっきりした夢は、久しぶりだった。
 いつか見た明晰夢。
 それにしては、おかしな夢だった。
 彼はすぐに着替えて簡単な朝食を取ると、すぐに署に向かった。
 麻薬関連の最も大きな事件は解決を迎えたため、対策本部は解散した。
 今は、彼も元の部署にいる。
 あれ以来どこからもあの事件の話は聞かなくなった。

  ぴぴ ぴぴ ぴぴ

――電源を切るのを忘れていた
 最近は携帯電話を掛けての車の運転は、『安全運転』の妨げになると言うことで、罰が加えられることになった。
 ハンズフリー通話機を持っていないので柳川は――一応は刑事だけに――あまりいい顔をせずにポケットに手を入れた。
「はい柳川…」
『長瀬だ』
 柳川は訝しがったが、それを聞く間も彼には与えられていなかった。
 サイレンの音が聞こえる。
『取りあえず今日は身を隠せ、早く逃げろ』
 そして、それは彼の目の前に現れた。
 明らかに自分を狙っての行動だ。
「ちょ、長瀬さん」
『俺はお前を信じている…が、今度ばかりは手助けできそうにないんだ』
 そして付け加えるようにして言った。
『良かったよ、お前が俺の声に戸惑ってくれて』

  きゅきゅきゅきゅ

 ゴムタイヤがかすれた声を立て、フレームが金属の鳴き声を上げる。
 一瞬の右ハンドルに、急激な左ハンドルを当てる。
 タイミングを合わせた急ブレーキ。
「何なんですか?」
 器用に携帯を頬と肩で挟んで話し続ける。
『指名手配だ』
 車は後輪を大きく振り、反対側を向く。

  ごん

 パトカーが車の後部にぶつかるのが分かる。
 アクセルを思いっきり踏み込む。
 すごい音を立てる後輪と、シートに押しつけられる身体。
 左手は素早くギアを変えている。
「…詳しくは又電話して下さい。尤も、それは難しいと思いますけれど」
『分かった』
 ギアを変えた手で懐に携帯電話を入れて、柳川は車を山の方へ向けた。
 過去には『雨月山』と呼ばれた山に。
 確か、あそこには水門があり、観光地としてではなく管理するための道路が舗装されているはずだ。
 うろ覚えであったが、隆山全図を頭に思い浮かべながらハンドルを握る。
――指名手配…か
 今更ながら、彼は妙な感慨を覚えていた。
 

 公衆電話を切って、長瀬は車に向かう。
 『柳川の逮捕』の指揮を執らされているのだ。
「…どこへ電話してたんですか?」
 ドライバー兼助手の矢環が長瀬に聞いた。
「いや、うちにちょっとな。…まさかこういうことになるとは思っていなかったからな」
 ああ、と矢環は頷いた。
 彼は長瀬と柳川の関係を知っている。今の会話だけでは『柳川の実家』にかけた事になっている。
 全く表情を変えず、長瀬はこれだけのことをやってのける男だった。
「出してくれ」
 矢環に指示を出しつつ、彼は腕を組んで目を閉じた。
 煙草に火を付けようとして、矢環に咎められたので他に考えをまとめる手段がないのだ。
――…目撃証言だけだとはっきりしないんだが…
 それに事件の現場を考えると柳川がそこにいたという事実こそ考えにくい。

 今から8日程遡る。
 ある場所で、殺人事件が起きた。『刑事殺し』だ。
 これだけなら長瀬達が動く事はなかっただろう。
 問題は殺された刑事ではなく、その刑事を騙っていた人間が問題だったのだ。
 刑事の名前は鬼塚雄平、若手の警部補だった。彼はとある理由で『出張中』だったのだが、
 出張先で彼の惨殺死体が発見された。
 巧く隠蔽しており、恐らく――全くの偶然だが――本来なら明るみになることはなかっただろう。
 『鬼塚』が放っていた雰囲気に、署長は前歴に興味を持ったのだ。
 そして、気がついたときには『鬼塚』は姿を消していた。
 モンタージュを作って調べたところ、警察庁にある名簿に同じ顔の人物がいることが分かった。
 柳川祐也。年齢もほぼ同じ、警部補だった。

――死体が発見されたのは…
 東京近郊。死体の腐敗度から考えて、死後わずかに一、二週間経っていないものだった。
――第一奴に…面識のない刑事を殺す動機はないだろう?
 明らかに眉唾ものである気配がして仕方がなかった。
 だが、ここ隆山県警内部には味方はいない。今彼が手を離してしまえば、誰も彼を信用しないだろう。
――調べる必要がある
 まずは、そのモンタージュと、『鬼塚』に会った署長と話をした方がいいだろうと思った。
――…許可、降りるかなぁ
 長瀬の様子をちらちらと見ながら、矢環は僅かに頭を傾げた。
 

 柳川は車を乗り捨て、地面を蹴った。
 雨月山の頂上まで取りあえず逃げて、気配を殺してしまおう。
 狩猟者の能力を使えば不可能ではないし、第一警察程度の訓練しかされていない人間など敵のうちに入らない。
――問題は、俺の容疑だな
 取りあえず逃げても、解決する方法がなければ意味がない。
 と、そこまで考えて彼はふと思いついた。
――…今なら…あの事件の後を追う事ができる
 まだ忘れてなどいなかった。Hysteria Heavenの事件は確かに終了している。
 だが、『人喰い事件』の方はまだ片が付いていないのだ。
――鬼か…
 彼は後ろから追ってくる人間の匂いを探す。
 一人、二人、三人…
 八人と言うところか?
 彼は頂上から反対側に向けて大きく跳躍した。
 
 

  がしゃん

 金属が叩きつけられるような音。
 荒い呼吸音。
 それは繰り返し行われている。
「Hi!ヒロユキ!最近よく見かけるネ」
 ここは浩之の自宅からそれ程離れていない、商店街にあるスポーツジム。
 彼はあれ以来身体を鍛える事に専念していた。
 ウェイトトレーニング用の器材で、おもりが鎖の先に繋がっていて、ベンチプレスやらバタフライやら総合的なトレーニングができる。
「…まあな」
 声をかけてきたのは金髪の目立つ、背の高い少女。
 レミィだ。彼女は側のマラソンマシンで走り込んでいるらしい。
「筋肉もりもり、身体鍛えるの?」
 浩之はベンチプレスをしながら少しの間考え込んだ。
――鍛えて…どうするつもりなんだろう
 今まで、自分は素質だけに頼っていたような気がした。
 だからいざという時、身体が動かなかった。
 だったら、その殻を破らなければならない。そう思って身体を鍛え始めたのだ。
――…鍛えるだけだったら、同じだよな…
 自分の非力さに戸惑いを覚えて、何をしたら良いのかすら分かっていなかったのかも知れない。
 彼はマシンから手を放して、身体を起こした。
「ありがとう、レミィ。お陰で少し分かったような気がしたよ」
 レミィは頭の上に?マークを幾つも飛ばしながら、愛想笑いを浮かべた。
「それはよかったデース」
――そうだ、こういうことはやっぱり葵ちゃんかな
 ふと頭に浮かんだ内容に、彼は後輩の少女を思い浮かべた。
 レミィとは適当に挨拶を交わしてジムを出ると、彼は帰り道を急いだ。
 夕飯は適当に外食で…と言うのが彼の最近の日常だったのだが。
「外食ばっかじゃ身体に悪いよ」
 というあかりの提案により(というよりも、ジムに行く金のせいで最近はまともな食生活をしていない)今日は夕食が待っているのだ。
 あかりが夕食を作ってくれるのは初めてではないし、恐らく財政的な事からしばらく頼むことになるだろう。
――…少し甘えすぎかも知れないかな
 帰り道を急ぐ中、彼は若干浮ついていたのだろう。

  どん

 路地の横から何か黒い塊が彼を突き飛ばした。
 一瞬それは頭をこちらに向けたような気がした。
 だが、無言で走り去ってゆく。
――なんだ?あれは…
 ふと男が出てきた方の路地を見た。別に、見るつもりなどなかったのだが。
「!」
 するとそこには松原葵がいた。
 本当に偶然だが、彼女はこちらに向かって歩いてくるところだった。
「よぉ」
 彼は片手を上げて軽く挨拶する。葵もそれに気がついて顔を明るくすると小走りに近寄ってくる。
「こんばんは。こんな所で奇遇ですね先輩」
 彼女は背負った荷物からして、恐らく道場の帰りなのだろう。
「拳法の道場の帰り?」
「ええ、そうです。先輩は?」
「似たようなもんだな。…ところで、先刻人影見なかった?」
 すると彼女は顔をしかめて言う。
「はい。あの…良くは見てないんですけど…すごい嫌な感じのする人でしたね」
 よく見てないのに、と一瞬男を哀れむと浩之は口元を歪める。
「んま、そうだろうけどなぁ。あ、そうだ、お願いがあるんだよ」
 葵は澄まし顔で聞く体勢を作ると耳を傾ける。
「何ですか?」
「…格闘技を始めようかと思うんだ」
 

 男は暗い路地を跳ぶように走っている。
 自分を、見失わないように。
 もし少しでも気を抜けば、自分に明日がないかのように必死に。
 そして、あるマンションにつくと彼は足を止める。見慣れた赤茶けた煉瓦の色も、闇の中でははっきりしない。
 恐らく住人にしか入れないようになった、ガラス製の自動扉には電子錠がかけられている。

  ふぃーん

 だが、彼がそれに手を伸ばそうとすると、扉は開いた。
 顔を上げると、監視カメラのような物が隅の方で瞬いている。
 右手の奥にはメイルボックスが並んでいる。
 薄暗い橙色の光の中、彼はメイルボックスから指定された部屋を探して、エレベータに乗る。
 ほんの僅かに足下に重みを感じると、静かにそれは昇っていく。非常によくできたエレベータだ。
 目的の階につくと彼は僅かに呼吸を整え、足を踏み入れた。
 静かに張りつめた空気が冷たく滞っている。鋭く甲高い音が耳元で鳴らされているように静かな廊下。
 最先端の防音設備で囲まれたマンションはこんな物なのだろうか?
 男は妙な静けさに戸惑いながら、部屋番号を眺めて探す。
 と、簡単な音を立てて扉が開いた。
 僅かに、ほんの僅か扉が浮く程度開いた。
――…総てお見通し、って訳だな
 男は諦めたような表情で扉の中から洩れる光を見つめた。
 

  がば

 柳川は跳ね起きた。
 ここはまだ雨月山の林の中、彼は朝家を出た格好のままだ。
――…夢…か?
 又見たこともない場所にいた。
 見たこともないマンションだった。
――いや…
 あれは耕一ではない。もっとしっくりくる、全く違和感のない感じがした。
 頭を振りながらゆっくり彼は身体を起こした。
 警察官数人など、さしたる敵でもなかった。数時間もすれば彼らは引き返した。
 恐らく、人数を揃えて再び帰ってくるだろう。
 一度携帯電話に長瀬から連絡があった。
『今日はもう捜査も終了だ』
 考えてみれば不自然だ。長瀬が一方的に柳川を信用して逃がそうとしているのだ。
「どういう風の吹き回しなんですか?」
『と言ったってお前、何もやってないんだろう』
 長瀬にとってはそれが職務のはずだ。それを放棄するに等しい行為を行おうとしているのだ。
 柳川でなくても咎めるだろう。
「…ですが」
『んー、そうだな、確かにお前は重要参考人ぐらいにすべきなんだよな…今回の騒動は若干『匂う』んだ』
 しばらく沈黙した後に長瀬は言った。
『だから俺は逃げるように言い含めたんだ。私の出張も決まった事だしな』
「出張?」
『証拠集めにね。東京で君を見たという署長に会ってくる。…君がかけられた容疑は殺人だよ』
 そして長瀬から詳しい話を聞いた。
「そっくりさん…とは、言い訳できないんですよね」
『それは私に言われても困る。何故逮捕状まで出されているのかが気になるし、また連絡するさ』
「お願いします。ああ、それから」
『…なんだ?』
 柳川は苦笑して続ける。
「俺の…車、よろしくお願いします」
 長瀬の笑う声に、彼は少しだけ安堵を覚えた。
 腑に落ちない点が多すぎる。
 夜露に濡れて冷たくなった背広を振るって、彼は立ち上がった。
 今日は月明かりもない。数日ぐらいならここで持ちこたえる事もできるだろうが、県内ではどちらにせよ足がつく。
 彼は隆山市街に背を向けると黒い影となって跳躍した。
 鬼の脚ならば、今日中に関東圏に入ることもできるだろう。
 こうして柳川は隆山を後にした。
 自分と『同じ顔』をした人間を捜すために。

 次回予告

  「愛してるよ」
  冥い淵の底から聞こえる声のような色と輝き。
  浩之は柳川に会い、敵わない闘いを挑む。
  その中で、柳川はもう一つの事実を見ることになる。

  Cryptic Writings Chapter 3:Out ta get me 第2話『誤解』

   なら吐いてもらうぜ、刑事さん

        ―――――――――――――――――――――――


back top next index