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日常



 最近非常に困ることがあります。
 洗濯して、染み抜きして、アイロンを掛けて、綺麗になった学生服を綺麗に畳む。
 それこそクリーニング屋か熟練の主婦の業を持ってして。
 メイドの意地とも言える一品。
 料理だけは出来ないけれど、掃除洗濯は間違いなくその辺のプロには負けない。
 自信がある。
 ほのかに日なたの匂いがするそれを抱えて、階段を上る。

  うわぁあっっっ!

 ほら聞こえた。
 時計の針が7時を指そうかというこの時間に、最近は必ず悲鳴が上がるんです。
 それが悩みの種。

「ああ、アルクェイドっ!だから、朝っぱらからこの部屋に忍び込んでくるな!」
 ベッドの上で金髪の美女に組み敷かれているのが、私のご主人。
 遠野志貴さまその人です。
 私も慣れた物で、着替えはいつもの場所に置いておきます。
「うわわわっ、翡翠っ!そんな何事もなかったかのように出ていかないでっ」
「いいえ志貴さま、私はこれからまだ仕事が御座いますのでこれで」

  ばたん

 あ、ついでに鍵締めちゃいますか。
 人間ってパニックになると簡単な鍵すら開けられないと言いますからね。うふ。
 取りあえずいつも通り、秋葉さまへご報告です♪

 最近になると手慣れたもので、秋葉さまはお茶の準備を一人分だけにしています。
 以前であれば『急に何があっても、お客様にすぐお出しできるように』と二人分は用意されていたはずなのですが。
 深く追求してはいけません。
 何故なら、私はメイドだからです。
 真に良きメイドとはご主人の言われるままに、ご主人のなさりたいことを酌んで先に動くものです。
 え?私のご主人様は秋葉さまではなく、志貴さまであると?
 そんなことを言う人は嫌いです。
 私は遠野家のメイドなのですから。

 げっそりした表情で志貴さまが降りてきました。
 よっぽど激しかったのでしょうか?
 いえ、これ以上は私の口からは申せません。
 今突っ込もうとしたあなた、ゲスの勘ぐりですよ。
「あ、志貴さん、朝食の準備できてますよ」
 琥珀姉さんの言葉に助けられたように食堂に向かう志貴さま。
 その後ろ姿を恨めしそうに見ながら…いえ、仇を見る目で見ながら、秋葉さまはそのまま学校へ向かわれます。
 一つだけ言い忘れてました。
 私が困っているのは、あのあーぱー吸血鬼が早朝から忍び込んでいる事ではありません。
 志貴さまの寝顔が横取りされていることなんです。
 そこでですね。
 今回一計を案じまして。
 かのあーぱー吸血鬼よりも先に志貴さまの綺麗な寝顔を奪い取ってやろうと思うわけです。
 思うはずです、極普通の女の子の感性ならば。
 だって、綺麗なんですもの。それこそ美術品のように。
 初めてそれを見た時の感動と言ったらないです。
 すうっと頬に血が巡って、何というか…その…
 ああ、私の馬鹿。
 そんな感じですか(^_^)
 それを盗まれてるんですよ!しかも横から!
 許せるはずはありません!守るんです彼の寝顔を!
 誰あろう、私の敵から。
 志貴さまは私の御主人さまです。寝顔を盗むなんてとんでもありません。
 目を噛んで死ね、です。
 ああ、目をかめないなら私が変わりに噛んであげますから死ね。
 良いから死ね。死ね死ね死ね死ね。死ね。
 ああ、取り乱してしまいました。天下一品のこってりラーメン程度では収まりませんよ。
 え?餃子もつけてくれる?
 …いけません、志貴さまの寝顔と比べてはいけません。
 値打ちはエベレストの頂上とチョモランマの頂き程違います。
 なに?おなじだ?それは貴方の目がおかしいのです。
 ともかく志貴さま寝顔強奪作戦です。
 いいえ、これは取り返すための戦いなんです。
 決して、奪う訳じゃないんです。
 と言うわけで、『ハムラビ法典』作戦を実行します♪
 …でも取りあえず、お昼のうちにはお仕事を片づけちゃいましょう。

 お洗濯もアイロンがけも、お屋敷の掃除も終わりました。
 ええ、『整理整頓』という名の下に、志貴さまのお部屋にはいくつも仕掛けを施しました。
 まず、あの窓。
 カーテンが膨らんでいるように見えますが、アレには針金が仕込まれてるのです。
 不用意に窓を開けようものなら(外開きです)部屋の内側から外側に向けて音を立てて広がるんです。
 窓が。そりゃあもう盛大に、まるでねずみ取りのように。
 窓の桟には強力な接着剤を。
 ええ、抜かりはありません。窓の一部で袋を破る仕組みになってて、車ですら瞬時に止めてしまう強力な奴です。
 いかな真祖でも、これに捕らえられれば逃れられません。
 みてなさい、吸血鬼め。
 これで明日の朝の、志貴さまの寝顔は私のものです!

 次の日の、朝。
 今日は志貴さまの悲鳴も上がらず、平和な朝でした。
 もちろん、寝顔も見ちゃいました♪
 …ですが、今日に限って来ないとは…あとで片付けるの大変です。
 どうしてくれようか、あのあーぱー吸血鬼め。
「あ、翡翠ちゃん、もういいかしら?」
「はい、なんですか姉さん」
 姉さんに呼ばれました。
 庭で掃除をして居るみたいです。
「志貴さんの準備、大丈夫?」
「ええ。あとは志貴さまが起きれば」
「実は生ゴミを見つけたので片づけたいの。手伝ってくれる?」
 生ゴミ?
 手伝う?
「え、姉さん、それは…」
 …大きな黒いビニール袋がいくつか並んでます。
「私の大切な家庭菜園のね、ねずみ取りにやけに大きなネズミがかかったのよ」
 姉さん。
 これを家庭菜園なんて生やさしい呼び方をしますか。
 ドクニンジンやキチガイナスビやマンドレイクやカンタレラやニクズク、キツネノテブクロに芥子がどこの家庭菜園なんかにありますか。
 …黒魔術でもするつもりですか。毒薬ばっかじゃないですか。
「志貴さんのように、何でも切れる目があれば楽だったんですけどね」
「え」
「ちょっと解体するのに手間取っちゃって(^_^)」
 …あの。
 その、紅いスカートの裾の染み、なんですか?
 大体、解体って、ネズミをバラす必要なんかないでしょう。
「離れの床下なら、犬も寄りつけませんから大丈夫でしょう」
 誰かが近づくと困るものでも入ってるんですか。
「あ、あの、姉さん」
一緒に持っていって、くれるよね、翡翠ちゃん

 ああ神様。多分、まだ私は罪を犯してはいけないんです。
 身をもって判りました。


 何故かその日から、誰かに見張られてる気がします。
 秋葉さまも口数が減りました。目がうつろな感じです。
 もしかしたら…次は私の番かも知れません…

「翡翠ちゃん…ちょっと来てくれない?」
 ああ、姉さんが笑ってる…

                                        了

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 あや、なんだか訳の解らない終わり方になってしまいました。
 コンセプトは『暴走』、洗脳探偵っぽく行くつもりでした。
 でもやっぱり翡翠に悪さは出来ないよなー、と思って。
 最後が残酷なのはおまけです。ええ、おまけだと思ってくださいm(_ _)m



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