「先輩のカレー好きには参るよなぁ」
志貴はぼやいた。
何せとりあえず一週間に最低三食はカレーを食べるのである。
止めなければ全部カレーにしてもいいんじゃないかと彼女は思っているに違いない。
だからたちが悪い。
カレーライスにカレーうどん、カレーパンにカレーラーメン、カレーサラダにカレーコロッケ。
ステーキにカレーソース。
巫山戯るな、よくもここまでカレーだなと逆に感心してしまうような物まである。
――別に好きなのは構わないんだ、まずい訳じゃないし
でもよくあきない物だ。
何か、対策を練っておかなければいつの間にか自分がカレーに変えられてしまうかと思うと…
「少年、何か悩み事がありそうだな」
学校の帰り道、何かがあると言われる交差点で、変な奴がそこに座っていた。
ちょっと見た感じ、占いをやっているような看板もある。
でも黒ずくめでサングラスをして、このくそあちいのにフードを被ってご丁寧に白い手袋までしている怪しいネロだ。
「まま、まて、私はネロではない、その証拠にネロは君に殺されただろう、少年」
「……ああ、まぁ、そう言うことにしておくか」
何が証拠何だか、と思いながら、志貴はぼそりと呟く。
「些末なことだからな」
何故かぐっと言葉を詰まらせる怪しいフードの男。
「ともかく悩んでいるのだろう少年」
「些末じゃないことでな」
「もうそれはいいだろう!」
あ、さすがに切れた。
「いいかオマエ、この私はネロではないと何度も言ってるではないか!このウスラトンカチが!」
ウスラトンカチって、あんたいつの時代の人間だ。
「いいから、話が進まなくなるから続けて続けて」
ネロのような人物はこほん、と一度咳払いするとふむ、と息を継いだ。
「……で、少年、悩みとは」
「かくかくしかじかで」
ほう、と唸るネロ。
「それは困ったな」
「かくかくしかじかでよく判るな」
有無、と彼は大きく頷く。
「ここに、次に私が喋る脚本があるからな」
ぱらり、とめくりながら話を続ける。
「……脚本は覚えてからこいよ……」
「それこそ些末なことだ。(ぱらぱら)……少年、それならば彼女をカレー嫌いにしてしまえばよろしい」
いやそうなんだけどさ。
そんな事できるわけがないじゃないか。
「どうやって。そんな事、プリン大好き涅呂叔父様をプリン嫌いにしてしまうのと同様難しいかと」
まぁそれはそうだが、と思わず頷きそうになって志貴を睨み付ける。
ともかく、と、彼は懐から一本のドリンクを出した。
「これは」
「これは某悪魔の飲料とも呼ばれ、過去自販機にも出没した恐怖の飲み物――其の名もカレースープだ」
黄色い缶、茶色い文字、怪しいカタカナで『カレースープ』とでっかく書かれている。
「……これを呑ませろと」
「いや、逆だ、君が目の前で呑めばよろしい。…無論、味と命は保証しないがね」
まて。せめて命は保証しろ。
そこ!何故嬉しそうに見つめている。
「…………え?いや、なに、些末なことだがね」
くっくっく、と笑うと彼は両手を自分の顔の前で組んで、黒いサングラス越しに志貴をじーっと見つめる。
「問題ない、全ては計画通りだ」
「だから誰の!いったい何の計画なんだ!」
「…私には些末なことだ。では諸君、さらばだ」
ネロはがばっと勢いよく立ち上がり、片手で机と椅子をそれぞれ持つと、脱兎の如くそこから逃げ出していった。
「しょくんって…俺一人じゃないか」
後は多くは語るまい。
カレースープで半死半生になった志貴を救うべく世界を股に掛けて闘うシエルとか。
志貴の遺言が「もう二度とカレーを食べないでくれ」だったとか。
そんな壮大なストーリーが、この先待ち受けたらしい事だけを追記して。
「…そんなにこれはまずいんですか?美味しいじゃないですか」
あんた、そりゃ舌が壊れてるよ(^^ゞ