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『穹』から零れた物語

第3話 初音の場合

 『穹』から零れた物語


 あれから、5年の歳月が過ぎた。
 隆山で『雨月山』と過去に呼ばれた場所に、小さな墓が二つ並んでいる。
 切り立った大きな崖の麓の、まだ角張った深成岩の転がる川の畔。
 所々、ガラス質の艶やかでなめらかな断面が見られるその崖は、今では鬼殺しの崖と呼ばれている。
 丁度柏木の屋敷跡から徒歩で数分の位置。
 奇しくも、そこには最初の箱船と呼ばれた星の船が眠っていた場所だった。

 お兄ちゃん。
 もう私も、今年でお姉ちゃんと同じ歳になるよ。
 ほら、最近梓お姉ちゃんに『千鶴姉に似てきたな』って言われるんだよ。
 本当だよ。
 まだまだ子供だって、梓お姉ちゃんには言われるけどね。
 そうそう、あれから梓お姉ちゃんはずっと私達の側にいてくれたんだよ。
 でも、教えてあげる。
 時々寂しそうな目で夜空を見てるんだ。
 満月の時なんか、凄く寂しそうなんだよ。
 きっとお兄ちゃんとお姉ちゃんがいなくなった…から、だよね。


 ダリエリ達の思念は、遙かなレザムから星の船を呼び寄せた。
 鬼の集団は、彼らは、既に息絶えたダリエリ達とヨークを見、既に遅すぎたことを悟った。
 だが獲物の溢れるこの大地を、彼らが見逃すはずもなかった。
 耕一達は――いや、耕一達だけが、彼らに唯一対抗できる力、『鬼の力』を持っていたと言えるかも知れない。

 だけど。

 千鶴は真っ先に引き裂かれた。

 耕一は、弾みで暴走した。

 未だに残党を狩りと地球を――いや、人類を救った英雄に対する扱いは悪い。
 畏れ、戦き、そして彼女達を誹り、でも今では…
 彼女達は、隆山で人間を営んでいる。



 風に流れる美しい髪。
 恐らく、知る人が見ればこう言うだろう。
 ああ、魔性の娘か。と。
 悲しみを湛えた美しい瞳で見つめられれば、どんな人間でも思わず泣き出したくなるだろう。
 まだ彼女は――初音は、6年前に心を置き去りにした、純粋な娘だった。



 でもお兄ちゃん。
 大丈夫、私もちゃんと力に目覚めたよ。
 もう何にも怖くないから。
 もしまた、悪い鬼達が来ても守ってみせるよ。
 だから、安心して眠ってね。

「もういいか、行くぞ」
 声をかけられて、彼女は首だけを後ろに向ける。
「うん、祐也さん」


 再びこんなことがないように。
 二度と、鬼の血が必要だとは思うことがないように。
 そして人々から記憶から消えるように。
 もしそうすれば。
 そうなればもう…

 柳川は表情を変えないまま。
 初音はいつものように笑みを湛えたまま。
「お帰り、遅かったね」
 姉の――そして、妻の待つ場所へ。


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