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兄妹

 緒方英二はミュージシャンである。
 今でこそプロデューサーとして有名だが、元から天才肌だった彼はプロデューサーとしても一流だ。
 妹にもその才能があるのか、兄のプロデュースによるアイドルとして活躍中である。
 無論――その、歌の才能で活躍しているのだ。
「んー」
 その緒方英二が、難しそうな顔をして腕を組んでいる。
 それもレコーディング中の話だ。
 ガラス越し、ヘッドホンからの曲しか聞こえない状況。
 難しい顔をしている兄。
――な、何よ、そんなに気に入らないのかしら
 はっきり言って集中できない。
 とは――いえ、これでもプロだから、一定以上の品質の声と集中力を保つ。
――…兄さん
 歌詞は頭に入っている。当然だ。
 曲も、既に頭の中にある。
 そうでなければ息を継ぐ場所も判らないし、抑揚や感情を込める部分が判らない。
――こうじゃないの?
 それを作るのは理奈であり、また曲の流れや指定は作曲する兄の仕事だ。
 とは言え、その辺は兄妹の息があり作曲する際に彼女向きに作られる事がある。
 すなわち、ミュージシャン緒方英二は『こう歌わなければならない』と歌手の歌い方まで頭に組み立てている事があるということだ。
――何よ、何で練習の時に言ってくれなかったのよ
 思いながら――ちょうど失恋の歌だった事に気がつく。
――…わざとかしら
 そのうち、彼はまだ最後まで歌を歌ってもいないのに、椅子から腰を浮かして何か怒鳴っている。
――あれ、ADの冬弥くんだ。
 何かとんでもないミスでもしたんだろうか。
 それとも、自分の歌のせいだろうか。
 はっきり言って気が気でない。
――それとも、あたしを見てくれていないの?


 ミキサーが並ぶ前で、うんうん唸る英二。
「あー、青年」
 耳には彼女の声が届いていなかった。
「何ですか?」
 いきなり呼びつけられた冬弥が姿を現す。
 所詮アルバイターデストロイヤーなどという役だから、と彼も諦め気味だ。
「今度のあの新製品、俺の代わりに飲んでくれないか。どうも気になって集中できないんだ」
 そう言うと、彼の背中越しに外を指さす。
 ちらっと振り向くと、自販機が見えた。
「レポートは正確にな。無論、知っている飲み物でよく似たものは少なくとも三種類はあげてくれたまえ」
「……あの、つかぬ事をお聞きしますが」
 こめかみをとくとくと叩いて英二は顔を上げる。
 鋭い目つきが眼鏡越しにも突き刺さってくる――さっさと飲んでこいという事だろう。
「理奈ちゃんの歌は聞いてるんですか?」
「何だと青年、理奈の歌が駄目だというのか!」

  どん

 それは思いがけない音だった。
 レコーディングルームの入り口が開いた時、扉が無理矢理に壁に叩き付けられないと出ない音だった。
「――っ、理奈」
 驚きのポーズで出迎える自分の兄を、冷ややかな三白眼で見つめる彼女。
 何故先刻まで歌っていた彼女がここ――ガラス越しに見えるここにいるのだろうか。
 そんな驚きではなく、間違いなく彼女の表情に驚いている。
「にーいーさーんー?あたしのレコーディング中に、いーったいなんの話をしているのかしらぁ?」
 ぴきぴきと額がひくついている。
 間違いなく、ぶち切れ寸前モードだ。
「え、いや、その、な、その」
「問答無用っっ」

 その日レコーディングした理奈の曲は、凄く評判が良く売れ行きも上々だという。
「今度からリハ前に兄さんをしばきまわそうかしら」
「勘弁してくれ〜」


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