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コーヒーブレイク

 耳に残る曲というものには、いろいろ種類があるだろう。
 フレーズ、絶妙な盛り上がり、テンポ。
 歌謡曲はさらにそこに歌手の声が含まれる。
 だから――緒方英二は、歌手を含めて作品のひとつでなければならないと考える。
 ミュージッククリップの映像は、そのヴィジュアルも含めて一つの作品である。
 だから歌手は美形でなければいけないし、何よりその仕草や動きは洗練されていなければならない。
 こうして静かな事務所でコーヒーの香りを楽しみながら目を閉じていると、瞼の裏ではカラフルな映像が飛び交い、それに合わせた曲が聞こえてくるような錯覚も覚える。
――次は
 言葉にするのももどかしい。
 そもそも、音楽の感性と言うものは言葉や形で表せるものではない。
 思考と同時に彼の頭の中で素早く『音』として形作られて、一気にソレを譜面へと書き換えなければならない。
 ソレが一番の、苦痛。

「………」
 事務所で瞑想しているような様子の英二の側に、それを冷ややかに見つめる弥生の姿があった。
 精確には見つめていたのではなく、見とがめていたのだ。
――また、こんなところで
 小さくついたため息に英二が気づくはずもなく、弥生は無言で彼の側から離れる。
 今作曲をしている訳ではないが、だからといって彼を咎める理由はあまり、今の弥生にはない。
 第一そんな暇はない。
 結局いつも通り、彼を半ば無視するようにして彼女は彼女の仕事の続きを始めた。
 どうせ、英二の頭の中で新しい音楽が生まれようとしているのは間違いないのだから。

 とりあえず頭の中では既にフレーズは流れている。
 英二は目を開いて、一番面倒臭い方法でそれを書き付ける事にした。
 とりあえず並ぶ四本の線の上に次々に並んでいく言葉。
 全国――全世界で共通の言語である楽譜が、彼の書き付ける言葉。
 そしてそれは世界で唯一の音のしない音――英二の目の前では生きた音のようにすら感じられる。
 テンポを刻みこめば、刻んだ音符が突然リズムに変わる。
――120か…いや、あと僅か速く
 とりあえず書き付けた譜面を読みながら、彼は数字を書き換えていく。
――ギター……ふむ、こいつをシンセに置き換えて……
 頭に流れる音が、楽器を並べるたびに変わっていく。
「ふむ、よし……こんなものか」
「出来上がったんですか?」
 英二は振り返りもせず、自分の楽譜を右手でぱしんと弾き応える。
 それに、弥生は微笑みを浮かべてため息をついた。
「休憩するのか仕事をするのか、はっきりして下さい」
「残念だけどね。時や金、人は待ってくれるけどひらめきって言うのは何時でも何処でも、捉えられなきゃ逃げていくんだよ」
――そう言っていて、人にも逃げられますよ
 でも、弥生はそう言葉にはしなかった。
「じゃあ今からは仕事です。休憩は終わりましょう」
 机の上で、かたりと音を立てる安物のカップ。
 残り香が漂うオフィスの空間を象徴するように、僅かな湯気がカップの上で揺らめいていた。


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