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闇に挽かれて

  ごり、ごり

 最近僕を悩ませる音がある。

  ごり、ごり

 まるで骨の髄をこすりたてているような、鈍くて――痛い音。

  ごり、ごり

 ミルにかけられて自分が削られているのがわかる。
 目を開けると、そこには僕がいる。
 大きなハンドルをもってごりごり、ごりごりと。
 僕が笑っている。
 笑いながら、ハンドルを回している。
 僕を削るために。
 僕はそれを眺めながら、止めようとしない。
 削れるのを感じながら、僕を見つめている。
 僕が笑っている。
 僕が見つめている。
 僕が。

  ごり ごりごり ごり

 僕が、僕を、削っている。
 削っている。
 削って。

  ごり

 決まってこの夢を見た後で、僕は喉が渇く。
 まるで目が覚めたみたいに水を求めて彷徨う。
 そして――目が覚める。

「…どうしたの?」
 額がべたべたに油で汚れている。
 呼吸が苦しい程心臓がばくばくと音を立てている。
 一度大きく息をしてから、右腕で額を拭う。
「魘されてたかい?」
 僕が顔を上げて聞くと、彼女はこくりと頷いた。
「最近寝不足でね。香奈子君は大丈夫かい」
 僕が寝不足なのは、何も試験のためなんかじゃない。
 なのにこの女はさも心配そうな顔をして何か喋りかけてくる。
 五月蠅い。
 お前なんかに僕の事なんか判ってたまるか。
 いいか、僕の事を本当に理解しているのは瑠璃子だ。
 僕を本当に愛してくれるのは瑠璃子だけだ。

 瑠璃子、瑠璃子、瑠璃子瑠璃子瑠璃子ルリコルリコルリコルリコルリコルリコルリコ

 気がつくと彼女は床に寝そべっていた。
 だらしなく口を開いて、三白眼で僕を見上げていた。
 彼女は嬉しそうに笑った。
 笑った。
 本当に良い笑顔だ。
 何の、一切の邪推のない淫らな笑み。

 そうだ。
 お前達は所詮そういう生き物なんだ。
 見え透いた薄っぺらい仮面を被って善人ぶって。
 お前らは犬だ。
 いや、犬にも劣る。
 そうだ、ただの――奴隷だ。
 お前達に自由意志はない。
 餌に群がる蠅だ。

 くく くくく くっくっくっくくくくく…

  ごり

 聞こえる。
  くくく…くっはっはっはははははは

  ごり

 自分の身を削る音が。

  ごり

 それが、最近僕を悩ませるんだ… 

 長い永いナガイ夜。
 側に瑠璃子のいない夜。
 僕はまだ、ミルに挽かれる夢を見る。
 笑いながら、自分をミルで挽く夢を見る。
 いつの間にか、ミルに挽かれているのか
ミルを挽いているのかわからなくなった。
 笑いながら――僕は自分をミルで挽いているのか?
 瑠璃子は――僕を許してくれるのだろうか?

はははははははははははははははははははははははははははははははは

 誰が笑っているのかわからなくなる。
 だれが――こんなことをくりかえしているのか。

  ごり ごり ごり ごりごりごりごり

 おねがいだから もうこれいじょうけずらないで

 だれか たすけて

「おにいちゃん」

 その時、僕を削り続ける僕が、ガラスのように砕け散った。
 僕の目の前で粉々に砕け散った。
 それは、本当に僕だったのか。

 それとも僕の罪悪感が作った化物?

 やがてぼくは、そのきおくもうすれていった。


 それ以来、僕は身を削られる夢を見ていない。


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