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復讐


 やめておきなさい、と言われても抑えられないものがある。
 止めた方が良いよ、と同級生に言われたこともある。
 判ってる。
 知ってしまったから、逆にこの足を止めるつもりもないし、もう止められやしない。
 今更。
 パンドラの箱には希望が残っているが、心の片隅には後悔が残っている。
 もし今、それを行うことができるとしてもどれだけ有効なのか。
 彼女の心は叫ぶことすら忘れて、ただひたすら眠り続けていた。
 親友の呼びかけにも答えることができずに。

「こんなところまで来てしまったのか、仕方ないなぁ」
 彼は糸のように細い目を彼女に向ける。
 生徒会長、月島拓也。
 その容姿もさることながら、決して人望の方も薄くない。
「仕方ないって」
 だが、その趣味と性格は、あまり他人の知るところではなかった。
 彼の目の前で戸惑う表情を浮かべる少女も、彼の性格を熟知していたわけではなかった。
 ただ好きだから。
 一緒に仕事をしていて、もっと側にいたいと思ったから、
「どうして」
 何故、昨日まで一緒にいられたはずの彼に急に別れを告げられなければならない。
 その理由を聞きに来て、何故冷ややかな目で見つめられなければならない。
 少なくとも彼女――太田香奈子にはその彼の対応が不自然な物に感じられた。
「理由ぐらい教えてくれたって良いじゃない」
 だが、彼女の叫びは僅かな嘲笑に押し戻される。
「理由?ふん、そんな物を知りたいのか」
「待ってよ、どうして」
 今までおだやかな表情を浮かべていた拓也の眉がつり上がる。
「五月蠅いなぁ…そんなに言うならおいでよ、ほら、ここに」
 彼は両手を大きく広げて、まるで抱きしめるように彼女の前に立ちふさがった。

  壊れちゃえよ

  もう二度と囀れないように

 その途端、彼女は動けなくなった。
 思考という作業を止めてしまった。
 そして、自分の中にある疑問と怒りを、見失ってしまった。
 白い波間を浮いているように。

  きもちいい

 思考の枷を、電波によって取り払われてしまった。
 彼女は、身体の動き続ける限り欲望に突き動かされるだろう。
 僅かに残ったしこりのような、怒りはそれでも消えずに残っていた。
 ただ快楽だけを伝えてくる肉体。
 何を欲して、何を見て、何を聞いてもいないのにまるで――いや、プログラムされた動きで貪り続ける。
 彼女の五感は、『快楽か否か』以外の区別をしようとしていなかった。

  ぴぃん

 だから、その音律が彼女の耳に届いた時、彼女はそれを見逃さなかった。

  あたたかい

 それは快楽だった。
 いや、快楽ではない。
 急速に安堵を覚える気がした。
 氷を溶けるのを待ち望んでいたように。

  み  ずほ

 安堵と同時に、奇妙な感覚が思い出された。
 今まで否定していた『快楽とは別の』物に触れなければならない。
 目の前にいるのは…瑞穂?
 彼女は酷い格好で、奥には拓也が立っているのに気がつく。
 まだ脳を劈く電波は彼女の脳を支配している。
 でも、そのほんの僅かな思考は、彼女の片隅に忘れていた怒りに触れた。
 忘れたかった事に気がついた。
 捨てられて、弄ばれた事を思い出した。
 ほんの僅かな隙でも、今の彼女には十分だった。

  にくい

  にくい

  わたしはこのおとこが にくい


 手近にあった堅くて握れるもの。
 彼女は迷うことなくそれを鷲掴みにする。

  ミズホ ゴメンネ

 その言葉は一体誰のために。
 自分が瑞穂の事に気がつかなかったから?
 それでも瑞穂の事よりも、自分の復讐しか考えられない自分を責めて?

 唸りをあげて赤い消火器が

 それ以来今だ彼女は白い波間の間に漂っている。


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