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銃声


 銃撃。

 春から夏へと変わる季節の変わり目を前にして、冬物の衣類を春物から夏物へと変える時期だ。
 アメリカの片田舎、ワシントンは平和な街だ。
 シェリフですら雑用のような仕事をしている、アメリカでは珍しい街。

 その町はずれで――そう、目を盗むようにして、銃撃があった。

 だが法治国家では証拠がなければ『すべて法の名の下に』なかったことにされてしまう…

 それが、真実。


「ひゃっはははははははは」
 狂ったように笑う。
 その声が聞こえるよりも早く、引き金は落ちる。
 機械的に火薬は発火し、次々に鉛の弾芯をまき散らしていく。
 銃身は発熱し、雨を弾くよりも早く、湯気に変えてしまう。
 弾、弾、弾。
 人の大きさよりも弾のある場所の方が面積として広いというのはどういうことなのか。
 簡単な計算だ、そこには――人間の大きさの物は入ることができないだけだ。

  かちり

  ひゅ

 金属の――特有の、ハンマーをコックする音が聞こえた途端、それはあまりに激しい銃声にかき消される。
 肝心な『場所』などお構いなしに撃ち込まれる銃弾は、避けるどころではない。
 『ほぼ』正確に照準された銃器から吐き出される死は、的確に目標を捉え、逃がさない。。
 その必要性などない。
 ない。
 何故なら――彼女は10ヤードワンホールを、スナブノーズでやってのけるのだから。
「ゴキブリよりもおせーじゃねーかよっっ」
 硝煙の臭い。
 銃撃の音。
 そして何より――そう何より、跳弾の金属音。
 銃撃の際に生まれる金属音はかき消されても、甲高いそれは消すことができない。

  ひゅっ

 銃口がたてる空気を裂く音。
 それは笛のように鳴り響き、熱く滾る彼女の脳髄にささやく。
 撃て、と。
 彼女の指先はその言葉に応じるかの如く引き金を引き続ける。
 忘れることのない機械のように、弾倉を弾き、次を装填する。
「馬鹿野郎」

  すぱこーん

 いい気になっていた彼女の後頭部を思いっきりはたく男。
「お前な、弾ってただじゃないんだぞ」
 あっさりとそう言うと、呆れた表情で彼女を見下ろしている。
 急に銃撃が収まったせいか、硝煙漂う中、完全に沈黙したような錯覚に陥る。
 本当はもっと多くの音が鳴っているというのに。
「何回無駄撃ちをやめろって言ってる?」

  かち――ひゅん

「だって、派手な方がいいじゃない」

  だらららっっ

 二人の日常会話のような、底抜けの落ち着いたテンポに割り込むような銃声。

  それは彼ら自身が発した音

 触れ合う程近くで囁きながら、彼らの銃口は的確に『敵』をしとめる。
 慣れ親しんだ武器は、まるで自分の手足の延長であるかのように――その勢いを止めようとしない。
「おかげでいくら無駄金を払うと思っている」
「んん――たかだか一人あたり数ドルでしょ?博打より安いじゃない」
 血飛沫と硝煙の飛沫。
 二人はただ会話を続けながら、倍以上の人間を屠っていた。

「ねねね、グリーンランドってあたし初めてなんだよ。どれだけ寒いと思う?」
 そばかすだらけの顔をにんまりと笑みに歪めて、キャルは叫ぶ。
「うるさいな、さっさと選んだらどうだ」
「むぅ、寝首掻くぞコラ」
「んー、できるもんならやってみろよ、無駄弾遣いのキャルさまよぉ」
 二人はまるでただの恋人同士のようにじゃれついて、笑い合っていた。

 ファントム、と呼ばれた暗殺者達が。

 


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