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ましろとまくら そにょ7


 ぽかぽかと春の日があたってくると、寒い空気の中でも暖かくなる。
 いや、逆に空気が寒い方が、むしろ暖かくて気持ちがいい。
 だからこの季節、日溜まりに猫が溜まってたりする。
 猫でも、すぐ側に近づくまで気がつかない上に、あの寝ぼけ眼が可愛らしい。
「ふふふ」
 スフィーもかなり好きらしい。
 春になってお日様がぽかぽかしてくると、暖かい場所へと移動してふにゃふにゃしている。
 いや、彼女の場合ぽかぽかだけではなくて、その辺でぽかぽかしている猫を見るのが好きらしい。
「…?」
 完全に溶けきった表情で、彼女は眼を向ける。
 いつも猫が占領しているあたりに、妙なものを見つけた。
 初めはそれがなんだか判らなかった。
「…まくら?」
 ちょっと見ただけでは一瞬何がなんだか判らないだろう。
 だわーっと広がった着物に、黒い髪の毛が広がっている。
 それが地面の上にあるんだから、すぐ判る方が不思議だ。
 みょん、と彼女の頭の上の触覚が動く。
 彼女は興味深げに近づくと、彼女の顔を探した。
 良く耳を澄ませて、彼女の呼吸を探す。

  すーっ すーっずずずずっ

  ?

 変なノイズが混じる。
 ひょい、と音らしい場所を、髪の毛をつまんで覗く。
 びんご。
 まくらの顔が真正面に合った。
 まくらもましろと顔立ちがそっくりで、目尻が下がっているせいか寝顔は子猫っぽい。
 その顔がすーすー寝息を立てている。
「うふ」
 目が開かない頃の猫の赤ん坊を見たことがあるだろうか?
 ネズミみたいな可愛らしい奴だ。
 たとえるなら、そんな表情。
 思わずスフィーはにんまりとしてその顔を見つめる。

  ずず

「うわぁっっ」

  花粉症?

「…あーあぁ…」

  ずずずーっ… すーっ

 起こすべきだろうか。
「…取りあえず、ティッシュかな」


 まくらは日なたでむにむにと眠っている。
 スフィーに髪の毛を掻き上げられたせいで、寝顔が丸見え。
「むにーむにー」
 鼻をきちんとふき取ってやって、じぃっと寝顔を観察する。
 時折変な声を出して呻く。
 まだ鼻でもつまっているのだろうか。
「ふに」
 頬をつんつんとつつくと、そのたびにふにふにと鼻から息が漏れる。
「うりうり」
「ふにふに」
「うりうりうり」
「ふにふにふに…ふに」
「うふふふふふー」
「こら」
 スフィーは露骨に跳ね上がって、化け物にでも会ったような勢いで振り向く。
「人の妹で何をしている」
 ましろが腰に手を当てて、彼女の後ろで仁王立ちになっていた。
 眉は吊り上げているが、怖い顔とは言えないのだが。
「いやその、あんましかわいかったから〜…ら〜…」

  じとぉ

 機嫌が悪そうだ。
「…すみません」
 ぺこり、とスフィーは頭を下げた。
「早く起こして、部屋に連れて行くぞ。全く、こんなところに寝かせて置くわけには行かない」
 ましろの様子がおかしい。
 妙に慌てている。
「どうか…」
 したの、とは続けられなかった。
 どこかできゅぴーんという音が聞こえたような気がした。
「んわぁん、可愛っいーっっ!」

  どべし

 どこからか――恐らく人外の領域から――可愛いものを見つけて飛びかかってきた結花は、容赦ない拳で沈む。
「全く、油断も隙もない」
 力無く地面にくずおれる結花を見下ろして、ましろは左拳を袖で拭く。
 彼女を見下ろす眼も、決して優しいものではなかった。
「ましろさん、妹のことになると人が違いますね…」
 思いっきり丁寧語になりながらスフィーは引いていた。


 それから数日間、ハニービーでは結花の姿を探しても見つからなかったという。
「ふえん、こんな顔じゃ人前に何か出らんないよぉ」
 彼女は鼻に大きな絆創膏を貼っていた。
 結花、自業自得。
 なお目を離すと日溜まりで謎の物体と化すまくらと、それを回収するましろの姿も見られたらしい。

 五月雨堂の春の風景は今日もまた。


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