ねーこはよろこびにわまるくなる
いーぬはこたつでかけまわる♪
なんだそりゃ?
どたばたどたばたどたばたどたばた
振り向くよりはやく床をどたどたと鳴らす音が聞こえた。
そこにはまくらがいた。
この間バーゲンで買った5000yenの『まくら用』こたつを背負って。
「…なにやってるの」
「いぬ」
どたばたどたばた
「頼むから、間違った歌を覚えるのはやめてくれ」
ぴた
「…間違ってるの?」
『大きな間違いじゃ!』
スフィーと健太郎の声は見事にはもっていた。
「ともかく」
健太郎、スフィー、リアン、ましろが一つのこたつで顔をつきあわせ、専用のこたつを背負ったまくらがじっと見つめている。
…かめ?
どちらかというと猫に見える。
「綺麗な雪でも見に行こう」
「賛成!」
したのはリアンとスフィー。何故かましろは躊躇するように黙り込んで、まくらは頭の上に??を飛ばしている。
「ましろ?」
彼女は困った顔を健太郎に向ける。
「…本当に行くのか?」
「どうしたんですか、ましろさん?」
ましろは言いにくそうに視線を泳がせると、やがて顔をまくらに向ける。
彼女は気がついて、自分の姉に目を向ける。
「まくら、放っておくとすぐどこかに飛び出していくから」
「五月蠅い。人を鉄砲玉みたいにいわないで」
ぷっと頬を膨らませて口を尖らせる。
しかし良く知ってるな、そんな言葉。
「…実際行方不明だった癖に」
う、と言葉に詰まって顔を赤くして、上目で――こたつに潜り込んでるから嫌でも上目遣いになる――彼女を見る。
「いぢわる」
「そんなに凄いのか?」
健太郎はましろに不思議そうに聞いた。
どうもまくらの雰囲気を見る限り、ましろと接する時の態度と雰囲気が違う気がしてならない。
――気に入られてるのかな?
そうでない可能性もある。
「凄いどころか。…この間の海水浴でもそうだっただろう?」
うん。そんな気もするが、『面白いことに』何故かそんな記憶は定かではない。
海から帰る前に病院で目が覚めた気がするのだ。
「そ、そ、そーよね。あの時も結構大変だったよ」
「ふーん…スフィー、何を慌てているんだ?」
ジト目でスフィーを睨む健太郎。等のスフィーはあたふたあたふたするものの、何もできない。
「まぁいいか。じゃぁ誰かは必ずまくらを見てるってことでどうかな?」
「い、いや、それでは皆に迷惑が掛かってしまうから」
彼女が渋る理由に、リアンはくすっと笑う。
「そんなことですか。そんな、気にしなくて良いですよ?」
リアンと並んでスフィーも微笑んでいる。
「まぁそうだな。今更そのぐらい気にならないって」
おい健太郎、それは決してフォローになってないぞ。
「…いいのか?」
にこにこ。
「…判った。実はわたしも雪が大好きで、綺麗な場所があるなら行ってみたいんだ」
「んーん、大丈夫大丈夫。まくらちゃんはけんたろが一切合切見てくれるから」
うんうんと頷いていた健太郎が、はっとしてスフィーを睨む。
「な、何?」
「ねーけんたろ?」
「お、おひっ」
思わず声を裏返しても、状況は変わらない。
にこにこがいつのまにやらにやにやに変わって、ましろ達に見えないように彼に笑いかける。
(ここで断ったら男じゃないね♪)
目がそう言っている。
――むむむ…む…このやろう…
「…ま、任せとけって」
言いながら、彼は頬が引きつっていた。
「はははっ、こんなところがあるんだ」
町はずれまで歩いたところで、真っ白い広場があった。
まだ誰も踏み込んでない綺麗な白い場所。
こんな寒い日には、公園なんかには誰も来ないのだろうか。
「わ、冷たい!」
視界の端できゃいきゃい遊んでいるスフィーとリアン。
側では早速まくらが地面を掘って遊んでいる。
「どうしたんだ?」
それなのに、ましろは彼の側にいてまくらの様子を見つめている。
「…先刻は、済まなかった」
横顔は幼くて儚げで、綺麗に整っている。
その顔がついっと自分の方を向く。
「わたしはまくらの姉なのだ。わたしがみてやれば何の問題もないのにな」
そう言って笑う。
健太郎はふむ、とため息を吐くように息をついて彼女の肩をぽんぽんと叩く。
「でもさ、こんどはそのましろを俺達が見ておかなきゃならない」
ましろは端正な顔を僅かに歪めて首を傾げる。
「じゃ、ないと、ましろ達が消えてしまうかも知れないだろう」
にっと健太郎が微笑むと、ましろは苦笑する。
「健太郎殿。わたし達は商品なんだぞ」
「いつまで経っても売れようとしないくせに」
どちゃ
そのときまくらがずっこけた。
雪の中に頭をつっこんで。
見事なまでに大の字に。
「ぷ」
その様子に吹き出す健太郎。
そして、聞き覚えのない笑い声が彼の耳に届く。
ましろが笑っていた。
ましろが――少なくとも健太郎の前で――初めて笑っていた。
目の端に涙まで浮かべて。
口元に手を当てているが、ほとんどそれは用をなさず、相好を崩している。
でも、心底嬉しそうな、綺麗な笑みだった。
自分が笑われたと思ったのか、まくらがむすっとむくれて口を尖らせてこちらを向いた。
頭に雪を載せたまま。
涙を拭きながら健太郎を見返して、ましろは言った。
「まだわたしは見切りはつけてない、健太郎。まだお世話になるからな」
その日以来、少し彼女の堅さがとれたような気がした。
「健太郎殿、おかわりだ」
「だからって飯は喰わなくてもいいんじゃないのか(泣)」
食費は一気に倍になった事を付け加えておこう。