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ましろとまくら そにょ5


 冬。
 今年は非常に寒い。
 クリスマスは雪を期待しても良いぐらいだ。
「…そろそろ…」
 だから、健太郎はしまってあったこたつを出すことにした。
 こんな店には何故か使えもしない掘り炬燵もあるにはあるんだが、言うまでもなく電気ごたつだ。
 それもまだヒーターの部分が出っ張ってる『旧式然』としたものだ。
 所々へこんでたり歪んでたりするこの赤いヒーターが、味を出している。
「うむ」
 それが健太郎の骨董品に賭ける人生を刺激するのか、買い換えようとは思えないのだ。
 ひとしきりヒーターを眺めた後、こたつを組み立て始める。
 4本の脚は、そのものがねじになっているのでくるくると回してねじ込む。
 9つのグリッドに分かれた本体をひっくり返して、敷き布団の上に置く。
 掛け布団をかけて、電源をいれて出来上がり。
 ものの数分で組み立て終わると彼は満足して中に入ろうとしたが…
「健太郎」
 思いがけないほど近い場所から聞こえた声に驚いてしまう。
「ま、まくらかぁ、驚かすなよ」
 気がつけばまくらがぴったりと後ろにくっついていた。
 余談だが、彼女は胸がない。
 今みたいにリアンのトレーナーに包まれていると、余計そう思える。
「…これは?」
 小首を傾げて不思議そうにこたつを見つめる。
 どうやらこれも良く知らないもののようだ。

  にやそ。

 健太郎は彼女の肩をぽんぽんと叩くと、彼女を連れて部屋の外へと連れて出る。
「いいかい?アレは『炬燵』という名前の魔性の生き物なんだよ」
 へぇぇ〜と拝聴モードおん!
 純真無垢な瞳をくるくると回して健太郎を見つめるまくら。
「過去には掘り炬燵という、床に穴を開けて使うものもあった。…流石に、もうアンティークだけどね」
 事実程度の良い物は売り物に出している。
「冬はこの魔性の魅力に勝つことはできないんだ。…証拠を見せよう」
 そう言って健太郎は彼女に厚手の上着を着てくるように言った。


 数分後。
 二人は窓の外から炬燵のある部屋を見ていた。
 健太郎がこたつの電源を入れておいた部屋は彼の私室ではない。
 それ程もしないうちに、部屋にスフィーが姿を現す。
 きょろきょろ、と一度部屋を見回して、目がある一点で止まる。
「ほら、よくみていてごらん」
 健太郎の差す指の向こう側、ガラスを隔てた暖かい部屋の中。
 スフィーの頬が僅かに緩む。
 そして、嬉しそうにこたつに滑り込んだ。
 ほこほこ〜と幸せそうな顔で頬をぺたりとくっつけてしまう。
「うーん、スフィーさん凄く幸せそう」
 時折みょんみょんと彼女の触覚のような髪が揺れている。
 あれは機嫌のいい証拠だ。
「そうだ。この世の誰も、冬の世界の炬燵の魅力には敵わないのだ」
 言ってるうちに、リアンが姿を現す。
 初めはスフィーに目がいくが。
 こちらも嬉しそうにこたつに身体を入れる。
 するとスフィーは寝ぼけた顔で身体を起こした。
 何を言ってるのか判らないが、姉の様子ににっこりと笑みを浮かべるリアン。
「…健太郎?」
 さらに扉が開いて、結花が部屋に入ってくる。
 暖かい部屋でも白い湯気をたてる特製ホットケーキ。
「…健太郎、健太郎ってば」
 やがて結花もこたつの向こう側に入るとホットケーキを切り分け始める。
「凄く、寂しい」
「うん、俺もそう思っていたところだ」


「けんたろ、脚冷たいよ」
 しかめっ面で文句を言うスフィー。
「ええいうるさい」
 そう言ってこたつの上のホットケーキをつつく。
「…そもそも悪いのは誰だ」
 スフィーとリアン、ましろとまくら、結花、健太郎がこたつで顔をつきあわせている。
 気がつくといつもの面々が無理矢理こたつに脚をつっこんでいる。
「誰?そんなのいつもの通り」
 ましろの言葉にじろりと鋭い一瞥が飛んでくる。
「…けんたろ、何か釈明は」
「待て、そもそも何が悪いと言うんだ!俺は何もしていない!」
「意義は認めません」
 裁判長まくらがにこにこしながら言う。
 待て。意味判って言ってるのか?
「被告人宮田健太郎は、魔性の魔物炬燵に魂を売り飛ばした罪で、死刑」


 …よっぽど気に入ったのだろう。

 その日以来、背中に炬燵を背負ったまくらの姿を時折見かけるようになった。


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