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ましろとまくら そにょ2


 五月雨堂に増えた居候もとい、愉快な仲間ましろとまくら。
 特にまくら。
 まくらはましろに引き寄せられてここに来て以来、ちょくちょく人間の姿を現す。
 よっぽど居心地が良いのだろう、彼女達を買おうとする人間も少なくない
(こう書くとアレだが、彼女達は一枚の皿である)
 んだが、彼らのほとんどは悔しそうにそれを眺めて帰ってしまう。
 そのくせしょっちゅう顔を出すんだから…

 今日は気がつくと、無表情なまくらの前でスフィーがむにー、むにーと奇妙な声をあげていた。
「やぁまくらちゃん。…スフィー、お前なにをぅを!」
 くりんと(可愛らしく)こっちに振り向いた彼女は、両手で思いっきり顔を歪めていた。
 (自称)美少女が台無しである。
「ひゃあ、けふはほ」
 そのまんま喋るものだから何言ってるんだか訳が判らん。
「さっさとその手を離せ」
 ふん、と無理矢理両手を引き剥がすと、悲鳴のようなものをあげた。
 スフィーは涙目で健太郎を睨むと、両手を突っ張って怒る。
「なにすんだよけんたろ!」
「…悪かったよ」
 変な奴だ、彼はそう思いながらふと後ろのまくらを見た。
 無表情である。
 今のスフィーを見ても何の反応も見せなかったし、今のやりとりでもくすりともしなかった。
「…やるな」
 少し勘違いする健太郎。
「けんたろ、まくらちゃんって全然笑ってくれないんだよ」
 今のはどうやらにらめっこだったつもりらしい。
 ちょっと口を尖らせるスフィーは、ちらっと流し目で彼女を見るが、表情を変えない。
「うーん…」
 前回笑ったんだよなぁ。
 すさまじい笑みだったけど。
「まくらさん?」
 するとまくらは、僅かに眉を寄せて彼から目を背ける。
「…ごめんなさい、こんな時どういう顔をすればいいのか判らないの」
『おまえはだれじゃぁっ』
 健太郎とスフィーは絶妙のタイミングで同時につっこんだ。


「最近妙なものにかじりついていて」
 ましろが肩をすくめて説明している後ろで、まくらはじっとアニメを見ている。
「前から色んなものに興味を持つような性格だったんだが」
 ましろの説明では、まくらは『こっち』に来てからまだ日が浅いらしい。
 もしかしなくても健太郎よりも遙かに年上なのに、赤ん坊と変わらないのだという。
「だからまだ話し方とか変だろう。勉強させるつもりでてれびを見せてやったんだが」
 人間とは基本的に真似る動物であるという。
 真似る理由はいくつかあるだろうが、たとえば「ごっこ遊び」でも主人公のまねをしたがる子供が多い。
 子供に聞くと「かっこいいから」と答えるだろうが、そこには「失敗をしない」安心があるのだ。
 種として――種の保存のために、約束された未来を選ぼうとするのだ。
「うーん、まるきり子供だなぁ」
 お前が言うな、スフィー。
 彼女の物言いにくすくす笑っているのがリアン。
「それだったら私達で直接教えた方がいいですよね」
 人差し指をたててにこっと笑う。
 ましろはというと、目をまん丸くして驚いた様子で。
「ほんとうに、本当にいいのか」
「何を今更。そんなのぜんぜん構わないよ」
 店の仕事もきちんとしろよ。
 健太郎は思わず出そうになった言葉を飲み込んで引きつる笑みを浮かべる。
「でもそうだな、これ以上変になっても困る」
「そうと決まれば話は早い。まくら、まくら〜」
 ばね仕掛けのように素早くましろの方を向くまくら。
 そして、ぴょんぴょん跳ねながら近づいてきて…
「はいコーチ!」
『だれがコーチじゃぁ!』

 その後、まくらを正常に戻すのに約一月かかったという。
「私頑張ります!コーチのために!」


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