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ましろとまくら そにょ――防災訓練


「なんだなんだ、何の騒ぎだよ」
 ここは五月雨堂、この辺りでは有名な、小綺麗なアンティークショップ。
 最近では看板娘が可愛いとの評判で、冷やかしの客が増えたと困っているのがここを切り盛りする宮田健太郎。
「けほっ、けほっ、ホント、どうしてこうなったのよぉ」
 真っ白になった店舗から姿を現すのは元看板娘と言われて久しい、触覚娘スフィー。
 今日は自慢の触覚が元気なくしおれている。
「全く考えなしに魔法を使ったのは、姉さんですよ」
 手で煙を払い、慌てて眼鏡を外して拭いているのはスフィーの妹、リアン。
 でも背丈も見た目も、間違いなくスフィーより年上だ。
 だからではないが…スフィーの方が妹のように思われているらしい。
「違うでしょーが!一番はまくらっ!」
 ずびしっと人差し指をまだ煙る店舗の中に突き出す。
「…どうでもいいが、お前ら、すぐに掃除しろよ」
 健太郎は冷ややかな目で二人を見据えた。

 少し前の出来事。
 まくらは自分に宛われた部屋で、四つんばいになって新聞を床一杯に広げて読んでいた
 踊る文字。
 このところ、良く『防災訓練』という言葉が目立つ。
 テレビでも新聞でも何だかそんな話題でもちきりだった。
 昨日見た回覧板でも、なんか書いてあった。
「防災訓練って、なんだろ?」
 多分、防災の訓練だろう。
 それは何とはなしに判る。スフィー曰く『よんもじじゅくごはいちどふたつにわけるのよ』ということらしい。
 訓練は知ってる。
 防災?
 恐らく、『災』を『防』ぐのだろうというのは判る。
 『災』を『防』ぐための『訓練』?
 新聞を広げたまま首を傾げる。
 少し前なら、すぐに『ねーねー』と連発していたが、最近の彼女は違う。
 立ち上がると小難しい漢字辞典を取り出して、新聞の上に広げる。
 決して小学生用ではない。これでも彼女は知能的には高校生以上なのだ。
 ……知能、だけは。多分。
「ふむ」
 何かに満足したように彼女は漢字辞典をぱたりと閉じる。
 そしてにんまりと笑みを浮かべて、ぱたぱたと部屋を出ていった。

「……それだけで釈明するつもりか」
 真っ白になった店内の、煙が晴れるとその中心にぺたりと座り込んだ真っ白いものがあった。
 けほけほと咳き込みながら自分で自分を払って立ち上がると、人の好い顔をした少女が姿を現した。
 ちょっと垂れ目で、ぼぉっとした表情はどこか見ている人間を落ち着かなくさせる。
 この娘が現看板娘こと、まくらだ。名字はない、ただのまくらだ。
 あえて言うなら、宮田まくらだろうが、そう言うと健太郎が引きつけを起こして倒れるので誰も認めていない。
「うん」
 こくり。
「んまていっ!」
 と切れかけた健太郎だったが、今の状況を思い出してくるっと視線を一周させる。
「スフィー、リアン、まくら。とりあえず店を綺麗にしろ。あと、まくらは今から風呂だ」
 わーいと両腕をあげてとてとて去っていくまくら。
 健太郎は頭を抱えると、黙ってスフィーを手招きで呼ぶ。
「何?」
「今の説明じゃ埒があかん。何があったか、判るな?」
「うー…防災訓練をしたがったのは確かだよ。何をしてたのか判らなかったけど」
 健太郎は首を傾げて、カウンターの向こうに視線を向ける。
 今ここにいない人間(?)がまだ一人いる。
「ましろーっ、ましろー」
 人の動く気配がして、カウンターにひょこりと顔を覗かせる。
 白い肌が映える黒髪の、まくらにそっくりな少女。
「…健太郎殿、まくらがなにかしでかしたようだな」
「知らないのか?」
「いや。心当たりがあるから…」
 彼女はそう言うと少しばかり頬を赤らめた。

「『災』を防ぐ方法だと?」
 突然(とはいえ、いつものことだが)元気良くふすまが開いて妹が飛び込んできた。
 はっきりいって無秩序な彼女の言葉を何とか理解しようとして、結論がそれだった。
「そ、そ。悪い事とか厄介事って、どうやって防ぐのかな?」
 ふむ、とましろは顎に手をやって首を傾げる。
「……護符とか、お守りとかかな。簡単なところでは」
「そんなの、ものじゃないの。そんなんじゃだめ」
 ましろはまくらの言葉に?を飛ばして目を丸くする。
「…………じゃあ、何が良いんだ」
「じぶんでできること」
 彼女はとりあえず真剣なようだ。
 ましろはさらに首を捻る。
「魔法とかお呪(まじな)いとかか。それならスフィーどのとかリアンどのに聞くと良い」

「……スフィー」
 このちんまい魔女は、どうせくだらない魔法を教えたに違いない。
 じろりと視線を向けるとぶんぶんと首を振る。
「あ、あたしなにもしてないよほんとだよ」
「棒読みだな」
 う、とジト目を食らって黙り込む。
「姉さん、ホントは『火事を防ぐ』魔法を教えてたんです」
 リアンが慌ててフォローに入る。
「そ、そーよ、他何もしてないよ」
「と言う事は、この白い粉は粉末消火器か」
 健太郎がため息をつくと、それに応えるようにふわりと白い粉が宙を舞った。

 掃除をしてきちんと店が機能するようになったのはその夜半過ぎになった。
 結局、スフィーとリアンでまくらに防災訓練について教える羽目になったという。
「罰だ」
「って、あたしが悪いんじゃないのにー」



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