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ましろとまくら そにょ16


 秋。
 まぁ、秋の定番と言えば食欲だろう。
「きれー」
 紅葉に染まる山を見れば、栗やらキノコやら食べ物ばっかり思い出す。
「……健太郎殿、よだれが零れてるぞ」
 腕の立つ料理人もいることだし。
「所詮、その程度の認識なのね」
 五月雨堂ご一行様とプラス一名は、秋の山を征服に出かけることにしたのだった。

 とはいえ、彼女の一言が今回の事件の発端だった。
「山に連れて行ってもらえないだろうか」
「え?ましろ、珍しいじゃないか、そうやって自分から言ってくるなんて」
 久々に頼まれ事をしたような気がして、健太郎はうんうんと頷く。
「まくらにせがまれたのでな。…どうせならみんなで行きたいと思ったのだ」
「そうだなぁ…」
 そこで、さっそく結花にも連絡を入れて、次の日曜日を休みにして出かけることになった。
 メンバーはいつもの通り。
 とりあえず、どこに行くか決めるべく居間に全員が集まっていた。
 ちゃぶ台を囲む面々。それぞれにそれぞれの思惑がある。
「じゃぁ、結花も来たことだしどこに行くか決めようか」
「やま!」
 勢いよく手を挙げて叫ぶまくら。
「いや、山に行くんだけどね」
 笑いながら地図を広げてみせる。
 ちょっと歩けば、手軽に登れそうな山がある。
 地図の上をぽんぽんと指で叩いて、彼はすっと線を描く。
「1キロも歩かない距離に、ちょっとした山があるんだ」
「んー…子供の遊び場みたいなとこでしょ?」
 否定はしない。
 実際子供がいつも遊びに登っていることだろう。
 近くに住宅もある、元気な子供なら連んで遊びに行く場所ではないだろうか。
「どうせ行くんだからさ、紅葉で有名な場所の方がよくない?」
「さんせー」
「お前何も考えてないだろう」
 棒読みで同意したスフィーにジト目を向ける。
 う、と彼女は机にぺたりと顎を載っけて嫌そうに顔を歪める。
「うー…だってー」
 ふよふよと自分の頬をテーブルに圧し当てる。
「疲れるしーおなかすくしー、そーいうとこだったららくにのぼれるしー」
「そうか、だったら山菜かキノコが食べられるところの方がいいかな」
「キノコ?…ガイドつけるとお金かかるよ?」
「あ、私、毒物見分けられますよ」
 とリアン。
「あ、魔法ね?」
「スーパーとかで痛んでいない食べ物を見つけるのにいいんですよ♪」
 にこにこして答える彼女に結花がじとーっと半眼を向ける。
「ありゃ毒物か」
「ええ。痛むと身体に良くない物質が発生するんです、ですから…」
「説明は良い、いいから」
 割り込む健太郎。少し悲しそうに眉を寄せるリアン。
 どうやら説明したかったらしい。
「でもそう言う提案なら賛成だな。…キノコ料理できる?」
 結花はムフ、と嬉しそうに笑って胸を張った。

「まぁ腕の立つって言うところは否定しないけど」
 それを否定しろよ。
「きれー」
 先刻からまくらはそれしか言っていない。
 キノコだったらどこにでもあるという『山師』リアンの助言により、結局近場を選択。
 以外とこの山も中に入ってみると広い。
 さくさくと下草や枯れ枝が敷き詰められた山肌を歩く。
「でも、まだ落ち葉には早いわね」
 結花がくるりと周囲を見回して言う。
 まだ紅葉にも少し早すぎるようで、色づいた葉がやけに目立って見える。
「んー、ま、もう少ししたら本格的に明るい色になるだろう?」
 それに、と彼は付け加える。
「一番行きたがってた奴が喜んでればとりあえずはいいさ」
 足取りはゆっくりしたものだが、ほけーっと周りを見回すまくらに視線を移す。
 珍しい物があるわけでもないだろうに、と思うのだが、いつもの彼女とは違い、走り回ったりはしゃいだりはしない。
「一番行きたがっていない奴はどーすんの」
 と、結花は後ろの方に目を向ける。
 そこにはひーひー良いながら斜面にしがみついている(ような)スフィーがいたりする。
 側にリアンがついているものの、どうにも危なっかしい。
「まくらちゃんは大丈夫だけど、スフィーはね」
「あいつ、見た目通りの体力しかないのかなぁ」
 いや、幼稚園児の方が体力はある。電池が切れるまで動き続けることができるからだ。
 スフィーは電池が残っていても消耗していると消耗しているなりに動きが鈍くなっている。
「……そろそろじゃない?」
 結花がふいっと視線を向けてくる。
「…そうかもな」
 時計を見ると、十一時過ぎ。
 まだ少し早いが…
「弁当だけじゃなくて、この辺でキノコとろうよ」
 結花のリュックには弁当だけではなく、アウトドア用の料理セットを持ってきている。
 半分は健太郎が背負っている――燃料とか重い奴ではあるが。
「そうだな、じゃ、そうするか」

 数分後、いったん荷物を集めると、キノコ集めを始めることにした。
 適当な場所を選んで荷物を集める。
「いっとくけどなぁ、いかにも毒キノコって奴は持ってくるなよ〜」
 と言っても実は毒キノコかどうかを判別するのは経験も必要になる。
 実際に食用に食べているキノコそっくりな毒キノコというのは存在する。
 毒キノコそっくりな食用のキノコもあるらしい。
 ついでに言ってみると、食べ合わせ次第で毒になるキノコとか、美味だが食後何日以内にアルコールを摂取すると毒になるとか、まぁいろいろだ。
「………渋谷とかでおっちゃんが売ってるようなものは?」
「待て、あれもどくだ、持ってくるなよ」
「…ちぇ」
「まてまてまてまてっ、なんだそのあからさまな舌打ちはっ」
 危なっかしいスフィーはリアンに任せて、ましろとまくらの方につくことにした。
「まーくらちゃーん」
「まて、お前はスフィーについてくれ」
 案の定まくらの方に行こうとする結花の首根っこをふん捕まえて言う。
 何故か呆れた半眼をついっと健太郎に向ける結花。
「…なんであんたがまくらちゃんとこに行くのよ」
「?保護者…いや、保有者…所有者?うーん…」
 言われて思わず眉を寄せて言葉を探す。
 でも上手く言葉が見つからない。
「…あたしと取ろうか?だったら二人で三組できるじゃない」
 え、と意外な顔を浮かべる健太郎。
「何、あたしで不満なわけ?」
「そーいう訳ではなくて」
 じゃいいでしょ、と彼女に引きずられるようにして彼は更に山を登る羽目になってしまった。

 ましろは、以外におとなしく山を見て回っているまくらの背後に立っていた。
「ほら、ましろぉ」
 ぴっと指さす方向に、小さな黄色い物が見えた。
 腐葉土の隙間から覗く位の小さな物で、よっぽど気をつけないと判らない。
「きのこ」
「…か?本当に」
 むう、と唸ると彼女はてくてくその場所まで歩くと、さくさくと腐葉土をどけてみる。
 小さな傘をだして、黄色い小さなキノコがそこにあった。
「ほら」
「ふーむ」
 まくらは周囲をゆっくり見回すようにして立ち上がる。
「あちこちに芽を出してるんだよ」
「以外にめざといんだな」
 ましろの褒めてるのかけなしてるのか判らない口調に、まくらは困った顔で首を傾げる。
「むー…」
 彼女の言葉でよくわかった。
 まくらは、山の周囲全体を眺めながら歩いていたのだ。
 だから、いつものように鉄砲玉のように走り回ったりしていないのだろう。
「あめあがりのひは、ちょっとしたところにもはえてるよ」
 良く気をつけてみれば、キノコはどこにだって生えている。
 実際、公園の隅にも(食べられるとか美味いかどうかそんな事は関係なく)生えている。
 ふうん、と頷きながら、ましろも一緒に周囲に目を向けてみた。
 成る程、ある。
 よく目を凝らせば、明らかに地面とは違う色や形が見て取れる。
 ちょっと気をつけてみれば――芽を出したばかりのキノコがぽつぽつと見える。
 キヌガサタケという種類のキノコはほんの数時間で完全な傘の形を作ってしまうという。
 そんなに成長が早くないとしても――以外に、生えている物だ。
 ただ今一番の心配は
「これ、どれも食べられないんじゃないか?」

 スフィーは地面を這い回っていた。
 ちんまい身体で、長さの足りない手足ではあまりに厳しい強行軍。
 何とかして健太郎達に追いつこうとするが、そのたびにリアンが身体を支えてくれた。
「くしょ」
 キノコ狩りを初めてから既に数回派手に転がっている。
「姉さん、風邪ですか?」
「鼻に枯葉が入ったの」
 むずむずと鼻をこすりあげて、もう一度小さくくしゃみをする。
「もう、これだからやだったのにっ」
「まぁそうは言っても…」

  ずべ

 あ、又こけた。
「うううー」
 ぴくぴくと額の筋肉を引きつらせながら、スフィーは思った。
 もう起きてやるもんか。起きなければ滑りこけることもないじゃん♪←自暴自棄
「姉さん」
 案の定心配になったのだろう、リアンが身体を無理矢理地面から引き剥がす。
 彼女の身体は何の無理もなくぺりぺりと地面から離れてしまう。
「うーわーはーなーせー」
 じたばたじたばた。
「もう、あんまり世話を焼かせないでください」
 と、スフィーは観念したのか暴れるのを止めた。
 リアンに元通りに立たされると、今度は自分からその場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと」
「…これ、きのこよね」
 今気づいた。
 こけた場所に、よく見れば黒いキノコが生えている。
「ね、これそうよね?」
「うん、キノコだと思う。見たこともないキノコだけど」
 三角の傘に、小さくて細い足が生えている。
 エノキに似ているが、真っ黒い。
「……可愛い」
 え゛。
「これ可愛くない?」
 くるり、ときらきらさせた目で振り向くスフィー。
 だからといって――どう答えろと言うのだろうか。
 リアンは表情をこわばらせるほか、何もできなかった。

「ここにキクラゲ、ほら、あっちに椎茸あるよ」
 何故か妙に詳しい結花。
 でも結花は指示するだけで自分で取ろうとしない。
「おーいー、俺だけじゃなくてお前も動けよ」
 と、振り向くともう荷物を開いて調理器具を並べていた。
「五月蠅い、食べるだけの男が何を言う。さっさと採ってこい」
 てきぱきとアウトドアキッチンを作成してしまう辺り、妙に手慣れている。
 しばらくどっかで見たことのあるキノコを狩りまくって、彼女のそばにどさどさと並べる。
「お前、こんな事良くやってるのか」
 ガスの調子を見ながらほへ?と間抜けな顔を健太郎に向ける。
「何、どーいうこと?」
「いや、手慣れてるから」
「……まぁね。それより、食材をきれいに洗っておいてね」
 結局、結花は何も教えてくれなかった。

 雑多なキノコ類を集めて、それを魔法で分類していく。
 手当たり次第に集めたせいか、やはり半分ぐらいは毒キノコだった。
 中には猛毒のキノコもあった。
「……スフィー、お前何を隠した」
「え?え?なんのはなし?」
 あからさまにうろたえる彼女をふんじばって、背中に回した腕を取る。
 そこには見るからに毒々しげな黄色い傘に赤い斑点という奇妙なキノコが握られていた。
「………すーぱーきのこ?」
「普通誰が見て誰が考えてもただの毒キノコだ」
「と言うことは突然遺伝子異常を起こして極度成長を起こす」
「まてまてまてまてっっ!それ以上言うな!」
「某リゾットに入っていた」
「アレは、こんな所には生えてないから。隆山のある御屋敷の庭にしかないから」
 ということがあったとかなかったとか。
 食べられるキノコはめんどくさいので全部一緒くたに鍋っぽく煮る事に。
「鍋にしてしまえば大抵の物は食べられるのよ」
 というとても料理人らしからぬ意見を貫いて、とてもピクニックとは思えない昼食が並ぶ。
 あらかじめ作ってきたお弁当に、キノコ汁が並ぶ。
「いっただっきまーす」
 むぐむぐむぐ…
「あ、このおにぎりはまくらがつくったの」
 ちょっと自慢げにおにぎりを差し出すまくら。
「へぇ…」

  ぱくり

 突如口の中に広がるぬめりとした感触。
「……まくら、これ中身はなに?」
「なめこ」

  ばふっ

 思わず吹き出す健太郎に、でも何故か非難の声はあがらなかった。
「……こんなにおいしいのに」
 彼女が作ったおむすびは、彼女が隅っこで小さくなりながら一人でぱくついていた。
「時々判らなくなるのよね〜」
 お前もな、と健太郎は口の中だけで反抗してみる。
 スフィーが今食べているのは、彼女のリクエストで作った鮭マヨネーズだ。
 鮭にマヨネーズはどうかと思うぞ。
「うむ。ちょっと味覚がおかしいような気がする」
「……ちゃんとした料理を教えたのか?」
 じろりと視線を結花に向ける。彼女は慌てて睨み返してくる。
「何よ、別に人の好みの差は料理の腕とは違うわよ。第一…そんなのまで構ってられないって」
 正論である。

 ただ、まくらはこの後おにぎりの食べ過ぎでおなかを壊してしまうことになった。
 それ以来しばらくキノコは食べられなくなったという。
「うどん嫌。らーめんにして。きのこ入ってないから」
 でも何故かキクラゲは平気な顔をして食べていた。


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