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ましろとまくら そにょ14


 6月、それは衣替えの季節。
 春から夏へと変わる季節の変わり目を前にして、冬物の衣類を春物から夏物へと変える時期だ。
 大抵の場合、シャツの重ね着とか本格的な夏を前にして対応できるような格好にする。
 半袖、薄手の衣類へと変える。
「大分暑くなってきたな」
 それだけではない、本格的に梅雨入りする前に虫干しして、乾燥剤などの準備もしなければならない。
 丁度土日を目前にして、今日は五月雨堂を閉めた。
「そうだな」
 ましろも、白装束の袖無しになっている。
 心なしか薄手のようだ。
「何するの?」
 まくらの方は、多分結花のお下がりだろう、どこかで見たようなだぼだぼのシャツを着ている。
 結花の奴『可愛い可愛い』ってまくらをストーキングしてるらしい。
 だから、出来る限り隠してるんだけどなぁ…
「うちにある骨董品を一つ一つだして、乾燥剤を入れたりその逆をしたりするんだ」
「逆?」
「ものによっちゃ、少し湿り気がないと困るものもあるんだよ」
 博物館のショーケースの中の、謎のコップの水などはこれにあたる。
 掛け軸とか、一部の古いものはある程度湿り気があった方が良いらしい。
「ふーん。骨董品の衣替えみたいなもの?」
「うん、そうかな。丁度この季節だしな」
 でも梅雨明けにもう一度乾燥剤を交換したり虫干しはするんだけどね。
 どっちかというと梅雨の湿気対策というべきだ。
「ともかく今日はばきばきはらたいら、じゃなくてはたらいてもらうからな〜」
 そこにいた全員が覇気のない返事を返してきたりした。

「んせ、んせ、んせ」
 骨董品というジャンルは、非常に幅が広い。
 それこそ壺やら皿のような小物から、タンスやら何やら巨大なモノまで。
「ほら、そっちちゃんと持っておけよ」
 数人がかりで持ち運ぶモノだってある。
 結構大変なのだ。
「こ、これで半分ぐらい終わったかな?」
「全然。まだ古文書みたいな古い本は一つも出してないだろう?」
 うぇー。
「みなさん結構参ってるみたいですね」
「いーよなー、リアンはなんからくそーで」
 乾燥剤の買い出しと、蔵の掃除である。
 ましろとまくらの二人が乾燥剤を入れたり埃を拭いたりしている。
 終わった物をきちんと纏めるのも二人でやって貰っている。
「そんなこと言ってもほとんど足しにもなってないだろうが」
「うー!それだったらリアンの手伝いをさせてよ!」
 ばちばちばちばち。
 いらいらがつのってにらみ合いを始めるスフィーと健太郎。
 端から見てるとただの子供の喧嘩にしか見えないんだが。
「取りあえずお茶にしよう?あたし、ちょっと準備してくるから」
「あ、手伝います」
 手ぬぐいをほっかむりみたいにしていた結花が、そのまま台所へ向かう。
 それを追うリアンとスフィー。スフィーはどうせ先に食べたいだけなのだろうが。
「うん、こんな時体育会系で料理の出来る奴がいると助かる」
 結花を呼んだのは正解だった。
 無論――まくらという餌がなければ、健太郎も頼みにくいのだが。
 何せもうあんな感じだから、最近やりやすくて仕方がない。
「あとどのくらいあるの?」
 おっと、噂をすれ馬鹿げを刺す、もとい噂をすれば影を指す。
 まくらが汗を拭きながら聞いてきた。
「うーん、大物は先刻ので終わりだなぁ。あとは小物ばっかりだけど、ほとんど割れ物だから」
 壊れやすいものがかなりあるので、慎重に扱わなければならない。
「ふーん」
 ちょこん、と作業の終わった骨董品の真ん中に座り込んで、彼女は品物を見回した。
 思わず健太郎は笑みを浮かべて彼女を見つめる。
「?健太郎殿?どうしたんだ?」
 汗をかいて透けていたので、着替えに戻っていたましろが後ろから声を掛けた。
「うん、まくらがね」
 健太郎が指さすと、ましろもくすくすと笑い声を漏らした。
「スフィーの奴、すぐぶーぶー言うから。まくらを見習えってんだ」
「はっはっは。それは無茶な相談だ、と思うな、わたしは」
 言いながら、まだ出したばかりで埃を被った壺を手にとって、ましろは健太郎の隣に腰掛けた。
 古い壺で、価値があるのかないのかはちょっと判らない。
 ただ、使い込まれた道具だけが残す独特の雰囲気がある。
 新品にはない色と艶だ。
 ましろはそれを優しく見つめて、すっと撫でる。
「…やっぱりわたし達は『皿』なんだよ。こういった壺や皿に囲まれていると落ち着く」
 彼女が布巾でゆっくりと壺を磨いていく。
 ただそれだけなのに、何故か急に壺が立派に見えてくるような気がした。
 笑みを浮かべる――人間は意識しなくてもそれが出来る。
 でも、骨董品は、それを知ってやらなければならない。
 久々に友人に出会えて嬉しいのか、それはただの古い壺には見えなかった。
「ましろ達みたいに、みんな話できるといいのにな」
「ふふん、それは困るのではないか?」
 ましろが、少しだけ意地悪そうに口元を歪める。
「いやぁ、ましろとかまくらみたいな娘だったら歓迎だよ。何人増えてもって訳にはいかないけどね」
 どうやら、全部が全部可愛い娘だと思っているのかも知れない。
 彼女はくすくすと困った顔で笑って応えた。


 おまたせ〜と満面の笑みでスフィーが現れた。
「ほっとけーきだよぉ」
 げ、と思ったのはどうやら健太郎だけらしい。
「昼飯前だぞ…」
「大丈夫よ、きちんとその辺も考えてあるから」
 結花はアイスティーのグラスを彼の前に置きながら、隣に座る。
 ホットケーキには四角く切ったマーガリンとシロップがかかっている。
 シナモンの香りのする、お店で使うような良い奴だ。
「…?」
「お昼はざるそばにしようかと思って。だから、少しぐらい炭水化物とっても大丈夫♪」
 からん、とグラスの氷が音を立てる。
「それに全部店から持ってきたから、気にしないでね」
 がくーっと健太郎は肩を落とした。
――ほんとーに潰れないだろうか
 しょっちゅう店員はこっちに来てるし、食材はただで持ってきてるし。
 近いうちに御礼に行こう、と固く誓う健太郎だった。
「それよりさ、健太郎?」
 テーブルを挟んで向こう側では、ホットケーキと格闘するスフィーがいる。
「ん?」
 彼女は視線をはしに座るましろとまくらの二人に向ける。
「…彼女達が来てから、もう一年になるんだね」
 春、彼女が現れた。
 一緒に海にも行った。
 そう言えば、もう一年になるんだ。
「…留年したしね」

  がびん

「おひっ」
「本当じゃない。一年間まともに大学にも通ってないんだから当然よ」
「あのな、そう言うことだったらもう少しはやく言ってくれたってばちはあたらんだろーが」
「あたしはもう二年だけど、結局一年のままじゃないの」
 言い返す言葉もない。
「どう?今年は真面目に通ってみない?少しぐらい通っておかないと勿体ないわよ」
「おっしゃるとーりです…」
 あははは、と結花の笑い声を聞きながら、健太郎はため息をついた。
「でも、こういう生活も悪くないかな、って思うようになってきたしね」
 冷たい紅茶を口に含む。濃い香りは鼻の奥をついて、僅かに甘みを舌の上に残す。
「そうね。…まくらちゃんみたいな娘がいて、んー、ましろちゃんってどっちかっていうと小姑?」
「はは、そりゃ面白いな。スフィーが赤ん坊で、リアンがお手伝いで…」
 つい、と視線が結花の方に向く。
 自分から言った癖に、彼女は驚いたように身を引く。
「…むむ」
「なによ」
「いや、いい。なんか思いつかなくてさ」
 な、と声を上げて――考え直したのか、黙り込んで視線を周りに戻す。
「みんな食べ終わったみたいだし、片づけ終わったら続けようか?」
「ん。よろしく」

 健太郎の危惧もどこ吹く風で、甘いホットケーキとアイスティーの効果は抜群だった。
 昼前には作業も終わり、昼飯も用意しただけでは足りない騒ぎになり。
「よーし、じゃ、今度はまくらが作るよ!」
「いい!もういい!頼むからペペロンチーノはもういい!」

 今日も、五月雨堂は平和でした。


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