五月雨堂。
それは、この街の片隅にある少し不思議な骨董品を扱う店。
骨董マニアと呼ばれる金持ち達が群がるような大きな店ではない。
が、確かに値の張る物もあるが、それ以上にここにはいろいろな物がある。
不思議な――曰く付きが並んでいることも、ある。
「お客様、このお皿がお気に召しましたか?」
その客はじっと皿を見つめている。
まるで、初めからその皿を欲していたかのように。
じっと見つめている。
「ああ、良い皿だ」
男はまるで取り憑かれたようにそれを見つめ。やがて顔をあげる。
そこへ割り込むようにして小さな子供が話しかけてくる。
「お客さん、お目が高い。この双子の兎の皿は、様々な逸話を持つ非常に貴重な一枚なのですっ!」
みょんと跳ねた髪の毛がふるりと揺れる。
「ほう」
男は興味深そうに呟いて顎をなでる。
少女は似たりと笑みを浮かべて腰に手を当てる。
(姉さんっ)
後ろで眼鏡の少女が何故かあたふたしているが、男は気にしない。
「ではお話ししましょう…」
時は江戸時代。
一人の陶芸家がいた。
今ではもうその名も知られていない無名の作家だが、今とは違い『生活のため』と言う色が強かった。
だから、決して彼の生活も苦しい物ではなかった。
ある日のこと、男の元に猟師がやってきた。
村にすむ猟師で、彼とは懇意にしている者だった。
「いつも世話になってる礼だ」
ぶっきらぼうにいうと彼は篭を差し出した。
竹で編んだ篭の中に黒い兎が入っていた。
「これは」
「鍋にするなり丸焼きにするなりして食べてくれ」
猟師はそれだけ言い残して去っていった。
だが陶芸家は真の仏教徒。
こう見えてもその辺の似非坊主のように「これは鳥だ」といって兎を喰うようなまねはしない。
――しかし、折角持ってきてくれたのに
逃がすのもどうか、と篭を覗き込むと、なにやら様子がおかしい。
――?
見てみると、後足から大きく血を流していた。
彼はすぐに兎を捕まえて脚の治療をしてやった。
その日の夕方には脚を引きずりながら彼の前からいなくなったのだが、それは始まりに過ぎなかったのだ。
「…どこかで聞いたような話だな」
たり。
少女の表情が一瞬凍り付いたような気がした。
「あは、あははは、ま、まぁこれからだから」
そんなこともあったかな、と忘れてしまうほど時間が過ぎて。
「…御免」
いつものように仕事をしている中を、少女達が現れた。
「少しお尋ねしたい。この辺に陶芸家の肩が住んでおられると思うのだが」
うり二つの顔をしている少女達は、一人は透き通るような肌、もう一人は艶やかな黒い髪が非常に際だっていた。
「はぁ、それは私ぐらいですが」
彼が答えると、白い肌の少女は嬉しそうににっこりと笑みを浮かべた。
「貴方でしたか。実は先日、妹がお世話になったというので」
だが、彼女の話にはどうも思い当たる節などない。
そもそも、この辺りにはこんな少女は住んでいないはずだ。
「失礼ですが人違いでは?」
「やっぱりどっかで聞いたような」
ぎくぎく
「こらスフィー、お客様で遊ぶものではない」
「ひゃん」
スフィーと呼ばれた少女は慌てて頭を抱えてしゃがみ込んだ。
だが、彼女の思っているような事にはならなかった。
恐る恐る頭を回して、声のした方に顔を向ける。
「あ」
するとそこには、見覚えのある白い肌の少女が立っていた。
「申し訳ない、うちの者が大変失礼をした」
店の奥から顔を見せた、若い男も戸惑うような顔をしていたのが印象的だ。
「下らない悪戯をしているからとっちめてやろうかと思ったのに」
彼はそんなことを呟いていた。
男は頭を下げる店員に気にしていないと伝えると、彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。
少し変わった雰囲気の少女だと、その男は思った。
「…どうかなされたか」
「いや、この皿、やっぱり曰く付きなのかなって」
男の言葉に少女はなぞめいた笑みを浮かべて応えた。
「いいえご主人。これは因幡付きだ」
そんなわけで、居心地が良いのかましろとまくらは、実はまだ五月雨堂にいるのでした。
「何で売れないんだろ」
「居心地が良いから、『売れたくないと思ってる』んじゃないの?」
今度、出てきた時にでも聞いてみるか。
あまり身のない考えを巡らせながら、今日も五月雨堂は開店する。
奇妙な骨董と、あらゆるお客のために。