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常識人との、差

 年末、誰もが楽しみに待つ年賀状の作成期間。
 年始、挨拶回りにお年玉、年賀状に初詣。
 恐らく社会人が押さえておかなければならない常識。
「和樹〜」
 抑えめな声が玄関からして、行ってみると案の定瑞希がいた。
 一応振り袖を着ている。
「あけましておめでとう、和樹」
「ああ、あけましておめでとう」
 うん、なんかいいぞ。
 和樹は嬉しいのを別にして、笑いを抑えられなかった。
――おお、凄く人並みのお正月っっ
「ね、年賀状来た?」
 ああ、そう言えば。

 **********

 昼前ぐらいに後発の年賀状(^_^)も届いて、瑞希と一緒に見ることにした。
 みんな結構いい加減である。
 賀正、だけですます奴もいれば、とりあえずプリントしただけの奴もいる。
「は、これは瑞希、お前のだな?」
 彼女のはオーソドックスに門松と日の出だが、どうやらこれは…
「ふふ、どう?コピックの使い方覚えたんだ♪」
 手書きらしい。
 成る程良く書けているが…
 正月早々嫌な会話である。
「…なに、その顔」
「いや、折角の正月なのにいきなりその話題だから」
 と言われて僅かに頬を染める瑞希。
「なっ…何よ。…他の連中はどうしたのよ」
「他?」
 言われてがさごそと年賀状をあさる。
 漁る。
 …出てこない。
 瑞希以外、こみパに参加した連中の年賀状がない。
「ったく、年賀状も出さないなんて、礼儀知らずね」
 何故か怒る瑞希。
「いや、彼奴らは…」
「どうしたのだまいしすた〜瑞希」
「どぅわぁっっ」
 いきなり自分の真横に大志が現れたので仰け反る和樹。
「ほれ、我が輩の年賀状だ。あはっぴにゅいや〜!」
 年賀はがきに思いっきり筆で『年賀』と書かれている。
 はがきサイズ一杯に。
 味も素っ気もないが、一番楽な書き方かも知れない。
 …表には名前も住所もないし。
「これで充分礼儀を果たしただろう?」
 聞けば年始回りついでに年賀はがきを配っているらしい。
「ではこれで。はっはっは」
 瑞希は露骨に嫌そうな顔をしている。
 正月早々嫌な物を見た、そんな感じだ。
「充分無礼じゃないの。年賀状出さない方がましよ」

  ごんごん

「ふーん、そんなにおじゃま?」
「ポチの癖に」
 変な方向からの声に驚く。
 声は窓の外から聞こえていた。
「おぉお、驚かさないでよ」
 待て。瑞希、科白をとるな。
 窓の外から覗いているのは、由宇と詠美だ。
 とりあえず窓を開けないと叩き割られそうなので、急いで開けてやる。
「ふぅん?」
 由宇はにやにやしている。
「意外に似合うんやな、瑞希ちゃん。な、どう思う?」
 ジト目で和樹に視線を向ける由宇。
 その視線にある物を感じて、逆に見下ろすようにして由宇を見つめる。
「…どういう意味だ?」
 判っていて言っている。
 由宇はますますにやにやして、今度は目だけを詠美に向ける。
 詠美は詠美で顔を真っ赤にしてすねた顔をしているだけだ。
「さぁ?本人に聞いたらどや?」

  もぢもぢ もぢもぢ もぢもぢもぢ

 由宇に言われて、何故か急に――表情は変えないんだけど――恥ずかしがり始めた。
――…?
 そう言えば彼女は普段と変わらない格好してるようだが…
「?どうしたんだ、詠美」
「うう、五月蠅いわね、ポチ。黙りなさい」
「…どや、この女ったらし」
 何故かにやにやと嬉しそうな由宇。
 詠美がぎろりと由宇を睨むが、それを読んでいたように由宇の右手が閃く。
 絶妙のタイミングで詠美の頭にハリセンがヒットする。
「何恥ずかしがっとんのん、見せたり見せたり」
 もぢもぢしたまま完全に黙り込んでしまう。
 顔など真っ赤っかだ。
「…何なんだよ」
 ぷいっと顔を背ける。
「減るもんやないやんか!」
 と叫んで由宇が躍りかかる。
 ふみいとかまるで踏みつぶされた蛙のような声を上げて、あっという間に彼女のダウンコートが引き剥がされる。
「んなもん着てたら勿体ないやろ!何のために着てきたんや!」
 ぴたんと情けない音を立てて転がる詠美。
「…ふぇええん」
 コートの下から出てきたのは、振り袖姿の詠美だった。
「ほらほら見てみ?振り袖やで振り袖!」

  げし

「あんたの為に着たそうやで」

  げし げしげし

「ほら、こいつむっちゃ恥ずかしがってんで!」

  げしげしげしげし

「この女ったらし女ったらし女ったらし!」

  げしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげし

 いや止める暇も逃げることも許されなかった。
 次々に襲いかかるハリセンの雨。
 窓から身を乗り出していたせいで受けることも避けることもできない。
 逃げようとしても、ハリセンの連撃の重さは実は尋常じゃない。
 はたき落とされそうな勢いに、耐える一方だった。
 が、終演はいきなり来た。
「そー思っとったら」
 ハリセンが止む。
 チャンス、だった。
 が、髪の毛を無理矢理引っ張られて逃げることもできず。
 次に首に掛かる重さに、死を予感する。

「おんな連れ込みよってからにっっっ」

 するりと巻き付いてくる猪名川の細い腕。
 一瞬かかっている体重が軽く感じる。
 まるで頭を持ち上げられたみたいに――そして直後に身体は窓から飛び出した。
 したたかに地面に背中を打ち付けて、胸に感じる重さが呼吸を圧迫する。

「う――無駄に――でぇ」

 きーんと耳鳴りする耳には、ほとんど彼女の言葉は聞こえなくて。
 ぎり、と首が軋んだ気がした。



  がば

 目が覚めると、時計は八時を指していて、窓から差し込む日差しが暖かい。
「夢?夢か今のは?」
 新年早々とんでもない夢を見た物だ。
 とりあえず年賀状でも届いてないかな…

 だが彼はまだ知らない。
 今日が一月二日である事実を――
 遠くから聞こえる、由宇と詠美の『お見舞い』に来るの声を――



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