「ほら、気合い入れて描かんかい!」
修羅場。
わざわざ同人誌を書くために用意されたホテルの一角。
「寝とる場合やないでぇ、明日までにのこり30ぺーじ!」
さるイベントのために由宇と和樹は缶詰だった。
隣近所もどうせ同類が泊まっている。気にする必要もない。
インターネットで『イベント参加者で団体でホテルを取ろう』というキャンペーンをやってて、ちゃっかり便乗したのだ。
たしか、今回も企業ブースで出展している某企業だと思うが、覚えていない。
又由宇に呼ばれて来たのだが、まず部屋に入って驚いた。
『そや、うちらの部屋はダブルやで』
和樹はだまされたと思った。
一応、猪名川は女の子である。同じ部屋にされるとは思わなかった(休めると思っていた)。
『何甘えた事ぬかしてんねん。どうせ徹夜や、ベッドの数が一つぐらい少なくても構えへんやろ』
そして、両手を自分の後頭部に回してにっこり笑う。
『それに別々より安いし』
そんなこんなで、結局日がな一日奴隷の如く書き続けているのだ。
――…しっかし、由宇の奴やたらと元気だなぁ
色気のない分、元気があるのだろうか?
「なぁ、由宇」
ちら、と眼鏡の間から彼女の上目遣いが見える。
「…せめて飯喰わせてくれよ」
「あかん。そんな暇あらへん。それにな、和樹。お腹空いてる方が目ぇ覚めてええやろ」
…無茶苦茶な理屈だ。
由宇が目線を元に戻した時。
くぅ
空気が凍り付いた。
由宇のペンが止まる。
「ほら、由宇、お前もお腹空いてんじゃないか」
返事はない。じっとペンを持ったまま固まっている。
「…由宇?」
「聞ーいーたーなー」
ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご
彼女は目を吊り上げてゆっくりと身体を起こしていく。
背中に『ごごご』と平仮名を背負いながら。
若干DHPまるもじ体入ってて怖くないんだけど。
既に右手にはペンからハリセン(目覚まし用:別名気合注入棒)に武装変換を終えている。
顔が怖い。
「いいい、いやなんにも俺は聞かなかった、知らない、許してくれ」
「いーや勘弁ならーん」
くう
二度目。それも先刻より大きい。
しーん。
…
「あ、あはははは、しゃ、しゃーないか。…るーむさーびすでも取る?」
「んなら初めからぼこぼこにするな」
和樹は、顔を真っ赤にした由宇にぼこられていい加減ふてくされている。
「んなん…気にすんなや」
はーとまーくを飛ばしながら和樹の肩をぽん、と叩いて由宇は電話に向かっていった。
「…んで、これ?」
届いたのは大きめの皿の上に載った、山盛りの果物。
フルーツ盛り合わせとか言う、飲み屋では鬼のように高いあれだ。
「そや。空腹はこれで紛れるやろーし、それに何つーても柑橘類は目が覚める」
早速それを鏡台において、原稿を皿から遠ざける。
「…判っとるやろうけど、原稿の側に置くなぁ」
言いながら二つ三つ、ミカンを口に含む。
む。
由宇の目つきが急に鋭く変わる。
「これ、手抜きや」
「な、何が」
きっと和樹に目を――矛先を?向ける。
「見てみい、これ。生やないで」
と彼女が指さしたミカン。
既に皮もなく、シロップで光っている。
「缶詰のミカンや」
いや、普通のビジネスホテルなんだからさぁ。
和樹は思って一口口に入れる。
「な?」
「い、いや、なって言われても…」
ただの缶詰のミカンだ。
「あかん、これやと目ぇ覚めへん。眠くなってしまう」
喋りながらぱくぱく食べている。
「お、おい」
ぱくぱく。
ぱくぱく。
「リンゴもあかん。こんなに甘いリンゴなんか食べたら眠ぅなってまう」
ひょいぱくひょいぱく。
「いや、これもだめ」
ぱくぱく。
「ちょ、ちょっと由宇」
止める暇もない。
あっという間に皿が空っぽになってしまう。
「ふー、喰った喰った。美味しかった」
「…由宇、お前、果物好きか?」
彼女は嬉しそうに大きく頷いた。
「うちの大好物や」
その後、和樹が一人で30pあげたのは言うまでもない。