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祭り

「行ってきまーす」
 隆山の夏。
 蝉の鳴き声が聞こえる、7月の風。
 耕一は学校から帰ってすぐに家を飛び出して行く初音に首を傾げる。
「あれ?どこか遊びに行くんだ」
 耕一の声が聞こえたのか、初音はわざわざ振り返って立ち止まる。
「もうすぐ盆踊りがあるの。それで、その練習に行くんだよ」
 そう言ってにっこり笑うと再びくるっと背中を向けて駆けだしていく。
「いってきまーす」
 元気で何より。
「…いってきます、耕一さん」
 初音を見送る耕一の側を抜けて、楓も靴を履く。
「楓ちゃんも?」
 こくり。
 靴ひもを結びながら頷く。
 そうか、楓ちゃんと初音ちゃんが盆踊りを踊るというのかっっ!
 をををををっ!
 空想(妄想)もーどおぉんんんっっっっ!

 流れる囃子に、櫓を囲む人々。
 太鼓の音が響き、円を組んだ人々が全く同じ動きをして回り続ける。
「耕一さん、見てて下さい」
 そう言って輪に加わる楓。
「お兄ちゃん、ちゃんと見ててね」
 楓とは違う意味で言う初音。
「分かってるって」
 言いながら彼女から金魚の入った小さい袋を受け取る耕一。
 からんからんと音を立てて彼女の姿が人の輪に向かって遠ざかっていく…
 うーん、いい風景だ…

「…さすがに…彼奴は…」

  ずしん

「彼奴って誰だい、耕一」
 突如として現実に引き戻される耕一。
 左頬をさわる呼気。
 右肩がみしみしと嫌なきしみを立て、身体がやたらと重くなる。
「い、いや、なんでもないよ」
 ふっと肩から痛みが消えると、今度はするっとその腕が首に回される。
――スリーパーホールド!
 違うって。
「行くよな、一緒に」
 右拳が顎に当たっている。
 無理矢理顔を上向けさせるように力が込められている。
「…返事は?」
 抑えつけられた声が、耳のすぐ側で聞こえる。
「はは、はひ」
 思わず声が裏返ってしまう。
 結果、初音と楓の姿を見失ったのは言うまでもない。

 教訓:妄想中には呟きに気をつけよう。
 

 もう高校も、夏休みの時期。
 耕一と梓は並んで盆踊りの練習場へと向かっていた。
 隆山では毎年、『大隆山盆踊り大会』なるものが実施されるという。
 隆山中の人間がかき集められ、夜な夜な踊り狂うという恐ろしい行事だ。
「ちょっと、それじゃ何かの黒ミサかサバトみたいじゃないかぁ」
 ちょっとな。
 閑話休題。
 柏木家は一家総出で盆踊りに参加するらしい。
「え?じゃあ、千鶴さんも参加するのか?」
 耕一の当然のような疑問に、梓は僅かに肩をすくめる。
「ああ、亀姉でも一応は」
 いやお前もな、と呟きかけて何とか止める。
「これでも名士だからね。ほら、提灯にも鶴来屋の文字が見えるでしょ?」
 夏の日が傾きかけて、街のあちこちにかけられた提灯に灯がともる。
 梓はそのうち一つを指さして言った。
「ああ、いや、そうじゃなくて…」
「踊るのかっていう事?うーん、普通担当で踊るようなことはないんだけど…」
 そういって複雑な表情を浮かべると、一度耕一を見つめて苦笑いする。
「今年は耕一が来てるからなぁ」
 そう言って彼女は腕組みしてうーんと首を傾げる。
 ちなみに彼女は、Tシャツにハーフパンツ、スニーカーというラフな格好である。
 所詮練習に浴衣を着込む程、気合いを入れていないということらしい。
「ふーん」
「…踊れる?」
 小首を傾げて梓は耕一の顔を覗き込む。
 耕一は目だけを梓に向けて、口元を歪める。
「馬鹿にしてるなよ、これでも一応は一通り踊れるぞ」
 何が、とは答えない。
 別にどこかでダンスを習ったわけでもなく、踊れるのはせいぜいヒゲダンスとドジョウすくいだが。
「ほんと。そりゃよかった」
 にんまり、と梓が笑う。
 あまり悪い意味で取りたくはないが、
「だったら大丈夫だよな」

  がっし

「…あの、痛いんですけど」
 思わず丁寧語で話してしまう。
「逃げないでね」
 肩を抱きしめながら言ったその表情は、何故か一番自然で嬉しそうな表情だった。
「逃げるって…なんだよ」
「ふふふふふふ」
 不気味な笑い声を上げると、梓は耕一から離れた。
「まー楽しみにしてて」
「気になるだろう」
 だが、何を聞いても嬉しそうに笑うだけで何も答えなかった。

 練習場所ではもう既に盆踊りが始まっていた。
 小さなラジカセから流れる音楽に合わせて、グループを作って踊っている。
 その中でもやっぱり目立つのは初音だった。
――本当に同い年なのか?
 まだ伸びきっていない身体を一生懸命動かす様は、どんなに好意的に見積もっても中学生。
 周りが大人びてるだけにますます子供っぽく思えてしまう。
――…楓ちゃんも、良い意味で目立つよな
 逆に楓は一つ上とは思えない程、踊り慣れた雰囲気がある。
 元が日本人形のような感じだけに、非常に綺麗だ。
「よーし、じゃ、一丁やってやるか」
 だから、腕まくりするのやめれって。
 梓はがさつさ雰囲気丸出しで意気込んでいる。
「あら、いらっしゃってたんですね」
 千鶴さんだ。
 耕一は声を聞いて首だけ後ろに向けた。
 て。
――千鶴さんってば
 しっかり浴衣着込んでるし。
「…千鶴姉」
 案の定呆れたような声が隣から聞こえた。
 いつもの半眼でじとーっと千鶴を睨む梓。
「あら、梓。あなたも練習に?」
「えーえー、あたし程運動神経が良いと一発でできますけどね、一回ぐらい練習しておかないと」
 妙に刺々しい。
 んで、つかつかと千鶴の側まで来ると鼻先がぶつかるほど顔を近づける。
(何本当に浴衣着てきてるんだよ)
(五月蠅いわね、梓こそどうして後から耕一さんと一緒に来てるの)
(何の話だよ。あたしは耕一を案内しただけじゃないか)
(はーん、そんな事言って、本当は一緒に踊る機会を狙ってるんじゃないの?)
「もしもーし」
 二人の会話は聞こえないが、なにやら危険な薫りがして声をかけた。

  ぎん

 が、妙に息のあった二人の一睨みで黙らされてしまう。
(よーし、いいだろう、それなら『盆踊り』で勝負だ)
(望むところよ。梓、覚悟なさい)

 曲が終わって、耕一に気がついた楓と初音は耕一の側にやってきた。
「耕一さん」
「耕一お兄ちゃん、見に来たんだ」
 手を挙げてそれに答えると、耕一は首を振った。
「それなら嬉しいんだけどさ」
 彼が指さした向こう側に、この世の物とは思えない光景があった。
 千鶴と、梓。
 いつの間にか彼女たちの周りには誰もいなくなっている。

  ごごごごごごごごごごごご

 二人は横に並び、次の曲を待ちかまえている。
 今にも二人の足下に矢印が浮かび上がりそうだ。
「…お姉ちゃん」
「仲がいいのはいいことです」
 楓は相変わらずの落ち着きで言うと、耕一の顔を見つめた。
「次、一緒に踊りませんか?」

『楓ぇ!』

 今年を含め再来年までのむこう3年間、柏木家は『大隆山盆踊り大会』出場停止処分を受けた。
 理由は、『出場者が皆怖がって近寄らなくなるから』だそうだ。

 結局練習中にさんざん踊りに付き合わされたあげく。
「耕一お兄ちゃん、本当は踊れなかったんだね」

  がびん

 一番の被害者は耕一だったことを最後に付け加える。



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