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神楽舞

 俺は隆山に来ている。
 大学の講義をさぼって、平日に隆山に来ている。
 なに、大学の講義なぞ、隆山にいる従姉妹に比べれば月とすっぽんだ。
 いま思ったんだが。
 何故月の対比がスッポンなんだろう。
「耕一さん、何をぼーっとしているんですか」
 千鶴さんの声に、俺は急ぎ足で彼女の側に行く。
「でも千鶴さん、何が隆山の神社に祭られて居るんですか?」

 隆山には一つの伝説がある。
 鬼に関する伝説だ。
 それは一見すればただの御伽噺であるし、恋物語に過ぎない。
 だが、その裏側に隠れる歴史の真実が、ある。
――そして少なくとも、俺はそれに関わっている
 耕一にはその自覚がある。
 何故なら、この間それを目の当たりにして…少なからずの手負いだったから。
 自分も鬼だと知ったから。

「次郎衛門の刀と…角だったように思うんですけど」
 時折千鶴さんには驚かされる。
 いや、その言葉遣いの裏側に隠れる幼さに、だ。
 一応も何も、大学卒業した彼女なのに、話を聞くだけではまるで常識外れな事がある。
 そんなとき、『この人は計算尽くでやってるんじゃないのか』と疑いたくなる。
 そんなことは実は微塵にも無いのだが…
「ほら、つきましたよ」
 隆山でもっとも有名な神社。
 次郎衛門の刀を祀る、柏木家にも実は関係のある由緒のある神社。
 その神社の前で、一人の少女が舞を舞っていた。
 ひらり、ひらりと躰を翻すたび、小さな蝶が羽根を翻すようにも思えた。
「綺麗だ」
 思わず彼は零していた。
 舞を舞っているのは――楓、三女だった。
「ここの神楽にはね、時々選抜で選ばれるんです」
 千鶴さんは説明を続ける。
「何でも先に鬼を討伐した次郎衛門の願いからだそうです」
 千鶴さんがそう零す間にも、楓ちゃんはひらひらと舞っている。
 その仕草や動きはまるで体重がないかのように、身軽にそして――風のように舞い踊る。
「『酒蔵の酒が尽きたならば、新しい酒を用意するまで舞を舞わせよ』…女好きだったみたいですよ」
 その言葉がどれだけ本当なのか判らない。
 この神楽に秘められた意味も、どこまで本当に伝えられるものなのか、俺には判らない。
 大切な人を失い、大事な自分の中の何かを見失った男が、何に縋ろうとしたのか。
 少なくとも、彼は絶望していたのだろう。
 だからこそ――一時の快楽に身を委ねようとした。
「耕一さん?」
 返事をしない俺にいぶかしそうな目を向ける千鶴さん。
 大丈夫だよ、俺はいつもここにいる。
「いやぁ、見とれてしまいました」
「もう。何でしたら、私が舞を舞いましょうか?」
 ち、千鶴さんの神楽舞?
 見てみたい気もするがそれ以上に…
「亀姉がそんなことできる訳ないじゃないか」

 それから俺が滞在する間、残念なことに全て店屋物だった。


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