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芋!イモ!いも!


  がらがらがら〜

 古くさい玄関をくぐり、三和土に足を踏み入れる。
 柏木の屋敷。
 もうここは、彼にとって実家と変わらない場所だった。
「ただいま〜」
 ちこっと連休があったので、顔を出すことにした。
 メインイベントは、いきなりやってきて驚かしてやろう、というものだったが…

  びくぅ!

 楓ちゃんがあからさまな驚きようで彼を見つめた。
 今までに見せたことのないようなオーバーリアクションで、手の振りまでつけて。
「こ、…こ、耕一さん」
 そのまま彼女はじりじりと後ろに下がっていく。
――いや、ここまで驚かれても
「ちょ、楓ちゃ…」

  どたばたどたばた

 一歩でも動こうとすると、彼女は素早くきびすを返して走り去っていった。
――一体何事だ…
 スポーツバッグを玄関に落として、彼は首を捻った。
 とりあえずいつもの部屋に行こう。
 そう思ってバッグを拾おうとして足音に気がついた。
「げ、耕一」
 梓の声だ。
「げはねえだろう?」
 と顔を上げた時には既に彼女の背中しか――逃げ去っていく背中しか見えなかった。
――…な、なんだってんだ
 とても歓迎してくれる風ではない。
 いや、というよりは避けられてるな。
 困った表情を浮かべ、彼はとりあえず靴を脱いで上がった。
 とてとてと廊下に足音をたてて歩く。
――…いい匂いだな
 何かの焼ける匂いがする。
 だからって、何でみんな避けるんだ?
「梓〜、初音を呼んでいらっしゃ…」
 廊下の向こう側から千鶴さんが顔を出した。
 にこにこしてたのが、急に凍り付く。
「あ、千鶴さんお久」
「ここ、こ、ここ耕一さん!」
 顔色を変えて耕一の側にくるや、両肩を掴んでぶんぶんゆする。
「何で来る時連絡入れてくれなかったんですか、お迎えを寄越したのに」
 とか言いながら、咎めると言うより殺す勢いでゆすり続ける。
「やめめめ」

  くら

 その場に尻餅をついた時にはもう千鶴の姿はなかった。

――畜生、いったい何だってんだ
 部屋にバッグをおいて、彼は息を殺して屋敷の屋根裏を這い回っていた。
 こうなったら秘密を暴いてやる。
 そう思って。
 だが、既に彼女達の気配は全て消えていた。
――そこまでやるか?
 どうやらそうらしい。
 少し悔しい。
「しかしやけに綺麗だよな、この屋根裏」
 まるで誰かが使っているかのような…
 な…
「…初音ちゃん?」
 顔を上げたところに、彼女の顔があった。
 焼き芋にかぶりついている。
 目だけはまん丸くして、驚いた表情で彼を見つめている。

  悲鳴


 姉妹が機嫌を直すのに、彼は尋常ではない努力を必要としたという。
 折角の3連休なのに、気を休めることができなかった。
「た、たかが焼き芋なのに…」
「…乙女の秘密です」

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