戻る


ぽややん速水君 第6話 おなまえ


  かきかき

 自分の持ち物には名前を書く。
 誰でもやってることだ。
「滝川、なにやってるの?」
 ハンガーで、彼は自分の士魂号の左肩にしがみつくようにして、なにかしているのが見えた。
「お、速水」
 彼は身軽にそこから離れると、速水君のいる場所までやってくる。
 つん、と鼻をつくシンナーの匂いがした。
「…?」
「ああ、見てくれよほら」
 そう言って、彼は先刻まで自分が居た場所を指さした。
「うあぁ」
 士魂号の左肩に銃と稲妻を模したマークがペイントされていた。
「ほら、戦闘機とかにもあるだろ?ああいうマーク。俺もいっちょやってやろってさ」
 鼻をこすりながら少し得意げ。
 成程、格好がいい。
「それにこれで、この士魂号は誰が見ても俺のだって」
 うんうんと頷く速水君。
「どうしてこんなマークにしたの?」
「そりゃお前…」
 少し頬を赤らめて、鼻をこすり上げる。
「ほら、俺の戦い方ってがんがん銃を撃つじゃん」
 エンブレムにはその人の性格を表すようなものが良いらしい。
 ふーん、と彼は言って、もう一度彼の士魂号を見上げた。
「よし、それなら僕も」
 彼は整備員の詰め所の方へと向かっていった。
 整備員は二時間おきぐらいで休憩を取っている。
 通常は詰め所だが、一度に重なった場合には教室を使ったりしている。
 まず彼がひょいと顔を出した詰め所に…
「もーりさーん」
 いたいた。
 頭に青いバンダナなので非常に目立つ事この上ない。
 声を掛けた瞬間にいきなり嫌な顔をされた。
「…なんですか」
 いやそんな顔をしなくてもいいじゃないか。
「あのね、士魂号に僕のマークを入れようと思うんだけど」
「まーくデスか?なら私がしあわせのしんぼるを」
 だまれ。素手で精霊手を使わされるようになっただけで十分だ。
 おかげで舞とアノ時には大変だったことがあるんだ。
 苦笑いしながらヨーコさんの申し出を断る。
「あ、ああ。戦車なんかにも馬鹿みたいに部隊のマークを書き込むアレ」
「…あの、言葉の端々が痛いんですけど…」
 気のせいか妙にちくちくと言って来る。
「ええ、格好良いとか思ってるみたいですけど、戦闘機でもないのに書き込んだら、迷彩とか無駄になるのにねぇ」
 ちくちく。
「…森さん…」
 目に見える程の落胆ぶり。
 というか、可哀想。
「あー…」
 彼の様子にさすがに心が痛んだらしく、彼女らしくもなく顔を赤くして目を逸らした。
「いいじゃないデスか。マーカーかしてあげますから、好きなものを書けばいいデスよ」
 ぢゃらっと『極太マーカー』というものを懐から出してくれる。
 この人はいつもこういうのを携帯しているのだろうか?
 ともかく速水君はヨーコさんからマーカーを借りると、ハンガーへと向かっていった。
「…私はわざわざ的を書き込む理由は判りません」
「いいんじゃないか、これで修理する部分はマークを書き込んだ部分に限られるなら」
 狩谷、お前結構さらりと酷いこというのな。

 士魂号の肩に座り込んで速水君は困っていた。
 書けないのだ。
 いや、描くのは難しいとは思っていなかったと言うべきか。
 そもそも美術はそこそこ。
 何を描こうと思ってもいなかったのだし。
 どうすべきか。
 うーん…

  ぽく ぽく ぽく ちーん

「よし」

 次の日、朝も早いうちに顔を真っ赤にした舞に追いかけ回される速水君の姿があった。
「消せ!消せ!書き直せ!何て事するんだ!この戯け!」

 左肩に大きな黒い文字で、『愛』と書かれていた士魂号突撃型は、結局戦場を駆け抜けることなくハンガーで散った。


top index