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ぽややん速水君 第3話 のろいのちから。


 5121戦車小隊。
 この速成戦車兵、それも学兵は勉強をしながら戦争をしている。
 だからと言うわけではないが、女子戦車学校に間借りしたプレハブの校舎を使っている。
 生徒が作った、いい加減なプレハブだ。

 だから雨が降れば、この安普請は耐えきれずにあちこちから雨漏りする。
 まぁ、仕方がないのだ。
「…」
 そこで今回登場するのは、我らが5121小隊のアイドル 呪術師 衛生兵、石津 萌ちゃんである。
 彼女は衛生兵という立場から、この施設(ぼろ小屋)の環境整備の担当でもある。
 まあ、きれい好きとも言われるのだが。
「…それは…向こう…側に…置いて」
 雨漏りの多いこのプレハブの掃除に、速水君とブータが手伝いに呼ばれていた。
 速水君はとことこと指示通りに動く。
 力仕事は速水君、ということになったので。
「…違う、もっとこっち」
 ずいっと彼女が近づいてくる。
「ここ?」
 慌てて離れようとして、今度はむんずと彼の手が掴まれてしまう。
「…こっち」
 そして、思わぬ力で、彼の手を引きずってしまう。
 ずるずると彼女の思う場所へと運ぶと、初めてその手をゆるめた。
「…ここ」
 速水君は思わず目を見開いた。
 手首にあざまで残っている。
「一人で十分できたんじゃないの?」

  がーん

  ずず ずずず

  しくしくしくしく

 あんまり表情ではよく判らなかったが、どうやらかなり衝撃を受けたらしい。
 そのまま部屋の隅で声なく泣き始めた。
「あ、あの」
「…どうせ…いいわよ…」
 涙混じりの声を上げながら、床にのの字を書いている。
「あ…あの、その、萌ちゃん?」
「…呪う…から…」
 まて。
 速水君真っ青。
「萌ちゃんって、その、あー…ごめん、ごめんてば」
「…ばかぢからって…おもったんでしょ」
「違うちがうちがうっ」
 思いっきり否定して首が音を立てる程横に振る。
「…」
 萌ちゃんは目の端に涙を残したまま、上目遣いに顔を向ける。
「…嘘」
「そーじゃないってば、僕はそんな、『うわゆーれいに掴まれたみたいだ』とか」
  ぴく
「『山姥から逃げられなかった人の気持ちがよく判る』なんて思ったりしてないから」

 その日の夜、ハンガーで仕事の最中、速水君頭の上から10ポンドハンマーがふってきた。

「…大丈夫…死なないように…呪っておいたから」

  くすくすくすくす…

 かろうじて一命を取り留めた速水君は、何故か譫言で『ごめんなさい』を連発していたという…


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