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突撃行進曲

 敵は、人間じゃない。


 黄金色の、アスファルトを弾く音。
 立て続けに響き渡る火薬の立てる硝煙の臭い。
 果たしてそれは、どれだけ有効なのか。

「サムライたちよ」

 でも信じるしかない。
 今頼りになるのは、この白い戦車。
 この世のどんな車両よりも遅く、巨大で、強力な火力を持つことのできない――最強兵器。

  その心は闇を払う銀の剣 絶望と悲しみの海から生まれでて

 遠くで声が聞こえる。
 聞こえるはずのない突撃行軍歌。
 誰のためでもなく、自分のため。
 通信機からも、誰の通信と言うことでもなく――聞こえてくる。

  戦友達の作った血の池で涙で編んだ鎖を引き
  悲しみで鍛えられた剣鈴を振るう

「…不思議と、銃を撃っているその時には、この歌ほど良い歌はないと確信する物です」

 そう。
 たしか坂上先生から、入学した当初に聞かされた話。

  それは子供のころに聞いた話、誰もが笑うおとぎ話
  でも私は笑わない
  私は信じられる
  あなたの横顔を見ているから

「…この歌を歌っている間だけは、自分は全世界の人々のために命を賭けて戦う戦士だと思いこめます」

  どこかのだれかの未来のために地に希望を天に夢を取り戻そう
  われはそう戦いを終らせるために来た

 鳴り響く銃声。
 怒号にも似たその言葉。
 何人…いや、どれだけの犠牲を払うことで全ては――無に帰するのか。
 引き金を引く。
 引く。
 引き絞る。
 集中される人外の――いや、この世の物ではない力。
 果たしてここはどこなのか。
「滝川ーっっ」
 次々に戦死していく仲間達。
 血の臭いが鮮烈に現実を映し出す今日。
 引き金に掛かる力に――別の意味がこもる。
 その時、それが全くの別な意味も持ち得る時。

  今なら私は信じれる 二人の作る未来が見える
  二人の差し出す手を取って 私は再び生まれ来る
  幾千万の私達で、あの運命に打ち勝とう

「厚志!どうしたっ、脚が動いてないぞ!囲まれているではないか!」
 厳しい同乗者の叱咤が聞こえる。
 信じられ――いや、信じたくないほどの全力で機体を元の体勢に戻し、さらに戦場で必要とされる速度を維持する。
 次々に振るわれていく死の力。
 吐き出される死の臭い。
 でも、サムライは倒れない。
 サムライの意地に――いや、『生への執着』は嫌になる程叩き込まれた。
 生き残らなければ。
 生き残れないなら――このサムライを捨ててでも。
 泥の上で這い回り、醜く血反吐を吐きながらでも。

  どこかのだれかのため未来のためにマーチを謳おう

 そう、次に攻めてくる幻獣を攻撃するために。
 まだ見ぬ未来に住む――誰かのために。

「…舞、マーチは歌えるか?」
「唐突だな」
「せめてそのぐらいの夢を見てもいいかなって思ったんだ」
 笑う暖かい気配。
 背中越しにしか感じられない気配も、今日だけは妙にはっきりと。
 生々しい――それは抱きしめられているよりもずっと――気配が微笑むのが判る。
 不器用な彼女が、直接顔を合わせないからこそ見せる素顔。
「問い、それは無意味だ。私に不可能はない」

  そうよ未来はいつだってこのマーチと共にある

 聞き慣れた――それでいて初めて感じるこの声に。
 引き金を引く指は求める。
「幾千万の私達で、あの運命に打ち勝とう」
 声が重なる。
 響き渡る大音響の破壊。
 これは未来への布石。
 誰かの――それが自分とは全く関係のない未来だとしても。
 誰かのために闘えるのなら、それは素晴らしいこと何じゃないかと思う。
 こんな幻獣に悩まされることも、苦しむこともない世界。
「どこかのだれかのため未来のためにマーチを謳おう」
 一匹たりとも残す物か。
 焦げるオイルの臭い、『血液』が沸騰する音。
 装甲板が弾ける特有の金属音。

  『そうよ未来はいつだってこのマーチと共にある』



 4月某日。
 柴村 舞戦死。
 4月末日。
 速水 厚志戦死。


 銃弾とオイルの臭いの立ちこめる戦場は、まだこの世を支配し続けていた。


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