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Cryptic Writings

 Intermission 2:決闘

 
        ―――――――――――――――――――――――

主な登場人物

 柳川 祐也
  鬼の刑事。現在鬼塚殺しの事件を追いながら犯人である裕を探している。
  自分と裕の関係についてはまだ完全には把握していない。

 藤田 浩之
  以前に祐也と知り合って以来、仲がよい。
  実は自身は綾香に惹かれているらしいが、気がついていない。

 来栖川 綾香
  御嬢様らしからぬ御嬢様。
  浩之については『面白そうな』おもちゃ程度の認識。
  行動様式は『面白ければいい』

        ―――――――――――――――――――――――

 河川敷。
 以外に広い場所があるものだ、と感心して見ている。
 多分河川敷がやけに広いのは東京近辺だけだろう。
 元々水害防止の為にこれだけの広さをとっている、と言う話を聞いたことがある。
 果たしてそれがどれだけまで正しいのか分からない。
「しかし、まあ十分すぎる広さだな」
 彼は目の前で構えを取った二人を見ながら呟いた。

『決まってるじゃない、私と一戦。どうせ練習試合も組んでないでしょ?』
 綾香はそう言って浩之を誘った。
 退院してから丁度一週間。
 綾香の方の準備が整ってから、約束の練習試合の日を設定した。
「柳川さん、試合の審判、いいですか?」
 浩之が柳川に声を掛けたのだ。
 少し説明しておく必要があるだろう。
 柳川は出張と言う形で現在東京にいる。
 例の鬼塚殺しの捜査の件である。一時期自分が重要参考人として疑われていたのだが。
 面識があるせいか、近所の高校に通う浩之とは以外に顔を合わせる。
 彼との出会いが出会いだったために、浩之も相当柳川の事を信頼しているようだった。
――…悪い気はしないがな
 彼とのつき合いは、貴之を思い出させる。
 違いと言えば、貴之の方がもうちょっと世間知らずな雰囲気があったということか。
 その点だけで言えば浩之は非常に周囲に対する目が厳しい。
 今回の件にしても、念入りに準備をした上で柳川に話を持ってきた。
 したたか、という言葉で置き換えるべきだろうか。
――純粋に気が利くと思う方が正しいのか
 二人が柔軟するのを見ながら彼は考えていた。
「おっけーよ、浩之」
「あ、じゃ、お願いします」
 柳川は二人に掌を見せて答えた。

「無制限一本。ルールは…」
「間接技以外は寸止め、空手のルールで。フルコンタクトには若干準備が乏しいし…」
 綾香が言う。
 実際、試合場であれば何の心配もいらないのだが、ここは屋外である。
 さらに付け加えれば、オープンフィンガーグローブという簡単なサポータしか付けていない。
 空手で俗に『拳サポータ』と言われる奴だ。
 練習試合であまり厳しい事をして怪我などしたくない。
「当てていく感じで行かないと駄目だけどね」
 綾香がウインクしながら人差し指を立てる。
 要するに大きな違いは、打撃によるKOを狙う必要がないと言う点である。
 ということは、浩之にかなり不利なのだが、彼は何も言わない。
 言えない、というのもあるかもしれない。
「じゃあ、投げは柔道のルールに乗っ取ってつければいいのか?」
「そうね、じゃ、それでお願い」
 柳川の言葉に彼女が答える。
 柔道なら大丈夫だ。一応、段は持っている。
 これでも警察官として週に一度は練習しているのだ。
――エクストリームなんて言われても困ったが
 柳川は綾香の気に押されながらため息をついた。
「よし。じゃ、いいか…」
 彼らの前に右手を差し出して、指先まで伸ばして止める。
 そして、それをまっすぐ上に引き上げながら叫んだ。
「初め!」
 

 まずは綾香の方から踏み込んできた。

  右
 
 僅かに肩口をそれる

  背中

「!」
 慌てて足を入れ替えるように右手を大きく前に出しながら浩之は後退した。
 浩之の右拳が綾香の左足首に当たる。
 綾香が不意をうって右回転しながら裏回し蹴りを入れてきたのだ。
――一瞬見えなかった
 浴びせ蹴りに近い形で体軸を振らせたからである。躰道に近い特殊な蹴りだ。
 恐らく古武術か、躰道を学んだ経験があるのだろう。
 浩之が後ろに下がって射程から逃れると、綾香は身体を完全に振り切ってから一歩下がる。
 間合いを開く綾香の表情が、若干嬉しそうだ。

  ざり

 今の間合いでは踏み込んでも蹴りすら当たらない距離。
 軽くはねながら綾香は構えている。
――…こっちは様子見かな?
 今の綾香の奇襲は明らかにいきなり狙ってきた風だった。
 勿論、彼女は試合でもいきなりああいうことをしている。
 不意をつかれた選手は、それだけで負ける場合もある。
 ゆっくり間合いを調整しながら、はねる綾香を狙う。

  ぐん

 踏み込む速度より早く浩之が動く。
 綾香の姿が一瞬ぶれる。

  左

 浩之の右拳の直前に、綾香の頭があった。

  頬を切り裂くような風

 左に構えていた彼は、空手の踏み込みからのジャブ――左刻み突きを入れた。
 彼にとって最も早い踏み込みだったがそれは流石に読まれていた。
 だが、次の踏み込む位置は確かに浩之の方が有利だった。
 はずだ。

 だが、体勢を崩して間合いを取るしかなかった。
 右拳が伸びきる前に、綾香は身体を半回転させて鋭いカウンターを合わせてきた。
――くそっ
 それだけでは済まなかった。

  左脚

 避ける為に出した右手に、大きい影が襲いかかってきた。
 本能的に真後ろに避けた彼の眼前を、綾香の太股が滑っていく。
 冷や汗が流れた。
 あの体勢から腕に飛びかかってきたのだろう。
 綾香の体重で、とは言え腕に絡まるようにして飛びかかられれば倒れざるを得ない。
――一体幾つの技を身につけているのだろう
 中国拳法は、その多彩な体術によるあらゆる意味での奇襲が恐ろしいとされる。
 エクストリームのように総合格闘として向かい合った場合、自分の流派を限定するのはそのまま敗北を意味する。
 何故ならば、それらの流派にない動きで攻撃されれば、対処する事ができないからである。

「ほぉ」
 柳川は審判という位置づけであったが、二人の闘いが極めて面白いものだと感じた。
 片や総合格闘技のチャンピオン、エクストリームの女王と言われる綾香。
 攻めも守りも確かに一品で、その動きは素早く、簡単には捉えることができない。
 対するはまだ格闘技を初めて間もない青年、浩之。
 その割に綾香の動きについて行っていること事態凄いのだが、ことごとく『やばい』技を回避している。
 彼の構えからして間接や投げは知らないだろう。
 どちらかというと少林寺拳法か、空手の『打撃系』の構えだ。
 自分に殴りかかってきた時も、空手に非常に近い動きをしていた。
 だが。
――本能なのか?
 知らない技を回避する手段をやけに良く心得ている。
 まるで、それを教えられているかのように。
 柳川にもそれだけは不思議でならなかった。
 何故なら。
 鬼、と言っても格闘技には無敵な訳でないのを良く知っているからだ。
 それは自分が柔道をやっていて、非常に痛感しているからだ。
 精々、相手の仕草や動作、動きで何を狙っているか読むのが精一杯である。
――浩之の奴、まるで相手が掛けてくる技を知ってるような回避をする
 柳川の感想そのまま、浩之は行動していた。
 綾香の打撃はぎりぎりでかわすか受ける。
 間接技や投げはその動作が入る前に何らかの『手段』を講じるのだ。
 事実綾香は焦っていた。
――何よ、実は昔から格闘技やってたんじゃないの?
 葵と一緒に練習していただけに、彼は空手の動きに非常に近いものがある。
 しかし、勘だろうか。
 ことごとく綾香の動きの先を読むように動く。
――面白いじゃない
 すっと彼女は間合いを切る。
 浩之との差はおよそ二歩。
 踏み込んでも脚が届かない距離だ。
――誘っているのか?
 浩之はすっと一歩踏み込んだ。
 後一歩で間違いなく射程範囲に入る。

  一歩

  跳躍

 浩之は不意に地面を蹴って宙に舞う。
 瞬時に判断した訳ではない。
 嫌な予感がしたのだ。

 眼下に綾香の動きが見えた。
 

――え?
 綾香は絶妙なタイミングで最速のタックルをした、はずだった。
 だが、浩之の姿が消える。

  どん

 代わりに背中に衝撃を受けて、そのまま地面に倒れる。
 巧く身体を宙に浮かせていたので、前転する要領で身体を回して受け身を取る。
 背中から来る気配。
 立ち上がりに即座に後ろ蹴りを入れる。

 両手でブロックしたが自分の勢いが殺せない。
 浩之は十分に乗った勢いで自分の腕が押される。
 綾香が右手を引いて踏み込むのが見えたが、既に体勢は崩れていた。
 

「そこまでっ」
 綾香の上段突きが浩之の顎下を綺麗に捉えた。
 完全に姿勢を崩していた浩之はそのまま後ろに倒れた。
 タックルをかわしたところまではよかったものの、追撃が遅れた。
 原因は、綾香と背中合わせになった事だ。
 綾香のリカバリーの速さが、結局浩之の振り向きからの突きより早かった、と言うべきだ。
 タックルをかわされた事自体、かなり綾香は精神的にショックを受けたようだったが。
「大丈夫か?」
 柳川は倒れた浩之に近づきながら言う。
 特別彼は何という事もなく、首を振りながら立ち上がった。
「いいえ、大丈夫ですよ。どれもまともには一発ももらってませんから」
 それだけ綾香の腕が確かだと言うことだ。
 浩之が立ち上がるのに手を貸しながら綾香の方を見る。
「どうかな?エクストリームのチャンピオンとしては」
 彼女は難しい顔をする。
 いや、多分これだけ苦戦させられるとは全く思わなかったからかも知れない。
「うーん…そうよ、うん。あの…私は結構やる方だと思うんだけども」
 柳川相手に全然物怖じしないのに若干苦笑する。
「綾香、一応刑事さんなんだけど?」
 彼に変わって言うと綾香はかあっと顔を真っ赤にする。
「ちょ、浩之、そんなこと一言も言ってないじゃない」
 どうやら大学生ぐらいの友人としか思っていなかったらしい。
 慌ててぺこりと御辞儀して、照れたような顔で言う。
「すみません、あの…凄く若く見えた物で」
「いや、気にしていないよ」
 少なくとも誉め言葉と取ることにした。
 若干童顔かも知れない。
 鏡を見て、あまり威圧感の無い表情をしている自分が気になっていた。
 これが、血に飢えた獣のような恐ろしい表情に変わるのか。
 裕の表情を思い出して、彼は腹の底が重くなるような気がした。

  ききぃい

 その時、河原の土手の上に、一台の車が止まった。
 いかにも金持ち仕様のリムジンから、一人の男が降りてくる。
 同時に髪の長い少女が姿を現した。
「あ、迎えが来たわ」
 少女――芹香は危なげに土手を下りながら近づいてくる。
「双子か?」
「そっくりでしょ?姉さんと私」
 どこがだよ、と呟いて綾香を怒らせる浩之。
「ま、一つ違いの姉妹なんだけどね」
 柳川は目を細めた。
――双子…か
 頼りなげに土手を歩く芹香と、先刻まで躍動していた綾香。
 同じ姉妹でも、ここまで違うものか。
 もしおとなしく並んでいたとしても、目つきや雰囲気ですぐに区別できる。
 双子でも、それは同じだろうか。
 俺と裕は、別人ぐらい違うものなのだろうか。
「何見とれてるんですか」
 呆れた様な表情を浮かべる浩之に肩をすくめてみせる。
「俺達も帰るか」

 柳川は捜査中の身である。非番ではない。
 昼の短い食事時を利用して、彼らの試合を審判したのだ。
「しかし浩之、素質があるんじゃないか?」
 歩きながら署へ向かいながら彼は言った。
 浩之は苦笑いを浮かべて応える。
 照れ笑いのようではなかった。
「いや、まぁ…良く何にでも素質があるって言われます」
 目を伏せるようにして彼は拳を握りしめる。
「ただ、自分は飽きっぽいんですよ」
 中学の時にやっていたサッカーも、素質があると言われた。
 結構どんなスポーツも、やれば人並み以上にできる方だった。
 努力をすれば、確かにかなり上達した。
 だが。
「何をやっても、これって言う物が見つからなかった」
 葵に素質があると言われた時、大して深く考えても見なかった。
 それが何故か今、拳を握っている。
 柳川は鼻で笑うように口元だけ笑う。
「目的がなかったからだろう?なんだってそうだ。
 どうせ少しやってみて巧くできるからやってみただけだったんだろう」
 柳川の顔に目を向ける。
 浩之の答えを待たず続けて言う。
「今はどうだ」
 今。
 格闘技をしているのには理由はあるのか?
 今日綾香と試合をして何か得られたのか?
「…面白いと思いました。結果は負けましたけど…」
「次は勝てる、か?」
「はは、そんなの分からないじゃないですか」
 浩之が笑い飛ばすのを今度は柳川が苦笑して見つめる。
――次は、か…
 目的が無ければ、目標がなければ面白い物などありはしない。
 どれだけ能力があってもそれは同じ。
 浩之は確実に強くなっていくだろう。どこかで目標を見失うまで。
 嬉しそうに笑う浩之を見ていると、柳川は正直羨ましくなった。
――俺は…俺にはあるのか?
 ずきん、と痛む。
 普段意識せずに生きられるものが、不意に隅から心を覆う。
 貴之。
 初めて大事だと思った大切な友人。
 弟のように感じられた、大事な人間。
 それを、最後に自分の手で殺してしまった。
「じゃ、又」
 浩之が手を挙げる。
 明るい笑顔で、次が必ずあるものだと信じて。
――もう、二度とあんな思いはしたくはない
 せめて、今目の前にいる人間ぐらいは護ろう。自分の中の鬼は、既に自分のものなのだから。
「ああ」
 柳川はそれに答えると署に向かった。

 

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