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Cryptic Writings 
Chapter:1

 Intermission 1:

 このお話は、Chapter1での裏話で御座います。
 セリオに襲われて、からがら帰った耕一。
 あの時、耕一がどうなったのか?
 柳川が主人公故に書いて貰えなかった彼の運命は?

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主な登場人物

 柏木耕一
  20歳。鬼。

 柏木 梓
  17歳。タスマニアタイガー。

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 真夜中の隆山。
 時折聞こえる談笑も、壁向こうの明るい灯の中。
 月に照らされた暗い夜道を耕一はゆっくり歩いていた。
 胸で呼吸をしながら激痛に耐えていた。 
 既に出血その物はほぼ止まっているが、切り裂かれた脇腹はまだ開いている。
――流石に…ひでえ怪我になるな…
 何故か落ち着いた気持ちで自分の右脇腹を見る。
 まるで自分の物ではないかのように裂けて内臓が見える。
 手術をしている際、出血が少ないのは血管を切っていないからだ。
 内臓と内臓の間はある程度の空間があるだけで、別に血が溜まっているわけではない。
 耕一はそれを改めて、自分の身体で実感していた。

 気の遠くなりそうな時間だった。
 彼は屋敷の門が見えたところで思わず膝をついてしまう。
 ぴんと張っていたものが急に緩んだ、そんな感覚だった。
 門をくぐり、彼は必死になって三和土まで歩いた。

  どたどたどた

「お帰り…」
 と言いかけて硬直する梓。
 いや、普通前傾で血塗れの腹を抱えた男を見れば、顔が青ざめてもおかしくない。
「こういちっ、大丈夫なの?」
 裏返った声で思わず耕一の両肩を掴む。
「こら、怪我人なんだから静かにしろよ」
「って、凄い血じゃないか!病院、すぐに病院に」
 腹はずたずたに割けた痕がある。
 ズボンも半分自分の血で汚れている。
 普通なら『脇腹に包丁をどかどか突き立てられて殺された』にしか見えないぞ。
「すまん、梓。そう言うわけにはいかないんだ」
 どうやってこの怪我をしたのか、説明をしなければならないからだ。

 肩を貸して貰って柳川に電話をした後、耕一は居間に移動して、床にぺたんと座り込んだ。
「納得できる説明ができないからな」
 話をするのもかなり苦しい。
「それに、もうだいぶ塞がった方だし。心配するなよ」
 半ば嘘で、半ば本当だった。
 自分でも鬼の再生能力に驚いているところだ。
 梓は彼の前でじっとうつむいている。うつむいて両手を膝の上においている。
「…教えてくれないんだ」
 どうして?
 彼女は歯がみして何かをこらえるようにした後、顔をあげる。
「何かあったんでしょ?何で教えてくれないの?それに、あの刑事のことだって」
 何でこんなに心配しているのに何も答えてくれないの?
「あ、梓」
「あたしはっ」
 今にもつかみかかりそうな勢いで半分立ち上がる。
 耕一は思わず仰け反って後ろに手をつく。
「でも教えたら、もっと心配して反対するだろう」
 彼女は気がついたように元通り座り込む。
「心配をかけたくないから、何も言わないんだ。別に俺は何も考えていない訳じゃない」
 再び梓は口をつぐんで座り込む。格好は同じだが、上目遣いで耕一をじっと見ている。
 こうしていると、いつもは刺々しく感じる視線が和らいで見える。
「それに、俺は頑丈だからな、心配されるほどやわじゃない」
 軽くおどけて見せて、耕一は背を丸めるようにする。

――馬鹿。
 梓はため息をついた。
「…分かった。もういいや」
 そう言って立ち上がる。耕一が顔を上げた時にはもう背中が見えていた。
「いいよ、あたしが心配しても仕方がないんだ」
「え?今なんて言った?」
 耕一は思わず聞き逃して聞き返したが、梓は振り返って耕一を思いっきり睨み付けて言った。
「五月蠅い、お前なんか勝手に死んじまえっ!」

 …何か悪いことしたかな…

 耕一の怪我はそれから二日もしないうちに完治したそうでした。
 鬼の治癒力だ(^_^)。

 次回予告
  既に凍結されたはずのマルチが、目撃される。
  「そうだった。浩之、昨晩マルチに会ったよ」
  あり得ない事実に驚愕する浩之達。
  そして事件は、ゆっくりとその姿を現した。

  Cryptic Writings Chapter 2:Perfect crime 第1話『Initiation』

   結局君に頼るしかないのだ。…心してくれ


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