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My freakshow will start tonight

 ※雫のファンの方へのご注意
  このお話は、真のエンディング’(瑠璃子さんも還ってこなかったよ)からの続きです。

 ゆっくりと紡がれていく言葉の海の中で、薄ら笑いを浮かべて男は皮肉った笑いを浮かべる。
――変わらないな
 それは彼にとって一体どういうものなのか、分かっていなかった。
 いや、知らないわけではないだろう。
 しばらくして聞き慣れた曲が流れ、式は終了した。

 大きく伸びをして、少年は手にした筒をもう一度見つめた。
 卒業。
 この数年間本当に色々あった。刑事事件に発展しかけたあの事件も、今になってしまえばただの思い出に過ぎない。
――そう言えばあれがきっかけで…
 彼――長瀬祐介は『こちら側』を選ぶことになったのだ。
  ちり
 気まぐれに電波を放出してみる。
 ほら。
 数人の生徒が妙な顔をした。あの事件は嘘じゃない。
 彼の表情が幾分か翳ったようだ。あの事件。生徒会元会長が引き起こした事件。それは思い出しても悲惨なものに違いなかった。
 だが、その元凶はすでに植物状態にあり、こちら側にもう二度と出てくることはないだろう。医者の話では深刻な精神障害に陥っているとの事だった。
 彼を――月島拓也をそこまで完全に破壊したのは祐介自身だった。
 しかし、彼はそのことを半ば後悔していた。彼の妹、瑠璃子の願いは彼の完全な破壊ではなかったからだ。そして、彼女も帰ってこなかった。

 成績は中くらい。別段遊んでいた訳でもなかったが、それ程成績はいい方ではなかった。そのせいか、進路指導も聞き流してしまっていた。
――お宅のお子さんは、大学進学を考えておられるのですか?
 傑作な事だ。
 そんなことどうでもいいじゃないか。
 やろうと思えば、この世界を全てを滅ぼす事だってできる。電波とはそんな力だ。だから月島さんはあんな風に壊れてしまったんだ。
 いわばジョーカーなんだ。
 この力は、使っちゃいけない。
 祐介は『こちら側』に還ってきたとは言え、それ以前に大したことをしていなかったせいで、以前と生活や性格が変わったわけではなかった。別段それを親が心配するわけでもなく、平和な毎日が続いていた。そして、とうとう今日は高校を卒業したのだ。
 一つだけ言えば、電波を身につけてしまった事だろうか。敢えて使うことを自ら戒めてはいるが。
 でも使いたくなる。マナーの悪い客、うるさい大人、係わりたくもない宗教の人、怪しいセールス。
 だが、彼は使えなかった。
 これ以上は使いたくなかった。思い出してしまうからだ。あの時の瑠璃子さんの表情、月島さんの心が粉々に砕ける様を。
 彼は頭を振って自宅の扉をくぐった。
「ただいまー」
 いつもの元気のない声に、母親が軽く受け答えしたらしい。祐介は若干の返事を返してすぐに自分の部屋に戻った。
 ベッドに横になって両手を頭の後ろで組んで、天井を見つめる祐介。
 忘れていたものが急に溢れだしてきて、頭の中が一杯になる。数えること、一年前。
――そうか、もう一年にもなるんだ
 彼は目を閉じて自分の額を押さえた。
 国語の教師である叔父に、事件の調査を依頼されたこと。夕方の屋上で瑠璃子さんに会ったこと。電波。…そして、月島さんを壊したこと。今思えば罪悪感にも似た気持ちがこみ上げてくる。人一人を廃人にしたと同時に、もう完全に『向こう側』へ言ってしまった瑠璃子さん。
 ふと気がついた。
 この気持ちは罪悪感なのだろうか?それとも、瑠璃子さんがいなくなってしまったことに対する後悔?

  …長瀬ちゃん

 彼は思わず飛び起きた。いつの間にか部屋の中が暗い。どうやら眠ってしまっていたようだ。彼は頭を振って目を醒ますと、取りあえず部屋の電気をつけた。
   ぱち
 簡単な音がして部屋の中が明るくなる。時計は19:00になろうかという時間だった。帰ってきてすぐだったのでまだ制服であることに気がついて取りあえず着替えることにした。
「ああ、起きてきたのね」
 母親が、祐介を見るなりそう言った。テーブルには夕食が並べられている。曖昧な答えを返して彼は少し遅い夕食を摂り始めた。
 いつものように塊を口に入れる。金属のような感触に、どろりとした舌触り。芯のある歯ごたえ。
「…あれ?」
 それらをお茶で流し込みながら、母親の疑問型の言葉に彼は目をやった。母がテレビを見ている。いや、少し正確に言うと、乱れた画面を垂れ流しているテレビを不思議そうに見つめている。彼は何の興味も沸かず、テレビのチャンネルを叩く母を眺めていた。
 ふと。
  ノイズ
 目の前が、受信状態の悪いテレビの様に歪んだ。
  ざ  ざざざ
 耳元で囁くようなヒスノイズが聞こえた。…様に思えた。

  …sh…to…………

 と、何度かノイズのはいるテレビの画面を数回文字が瞬くようにして現れた。と、祐介は思った。ただそれがどんな文字だったのか、それがなんなのかまでははっきり分からなかったが。
「故障かしらね」
 母が言った。
「故障?混線か何かの間違いじゃないの?」
 だが祐介の言葉には初めから信用していない、というような響きのある言葉を吐いた。
「えぇ?何言ってるの?ただ画面が歪んでいるだけじゃないの。アンテナの調子が悪いのかしら」
 祐介は思わず口を開きかけたが、再び黙々と食事に戻った。
 どうやらあの文字が見えたのは、彼だけらしい。少しの違和感と、不安が彼の胸をよぎる。
――どうして今の…ノイズが文字に見えたのかな
 文字が見えたと思ったとき、彼の目には画面が映っていなかったことにまだ気づいていない。しばらくしてテレビからノイズは消え去り、再び普通に映像を垂れ流し始めた。母の好きな、下らない番組だった。

 今日から、休みだ。
 高校を卒業するときの成績は良くなかった。けれども、人並みの成績と人並みの努力のお陰で、一応大学、それも国公立大学に受かることができた。担任の教師は『まぐれだ』と言って彼を見下したが、別に祐介は気にも止めなかった。多分、担任の顔すら覚えていないだろう。
 お陰で今朝は非常に気分がいい。気分がいいついでに彼は、慣れない事をしてみることにした。朝刊を家族の中で一番に見ることである。まだ家が寝静まっているこの時刻に、彼は玄関に向かった。
 だが慣れないことはするものではない。
 新聞を手にした瞬間、彼は昨夜の不安が再び胸の中に蘇ったのを感じた。
――…何だろう…?
 ぱら、と適当にめくってみる。別段興味のないことしか書かれていない。ふと昨夜のテレビの事が書いているかも知れないと思い地方欄を見てみるが、やはり何も載っていなかった。昨日の今日で新聞に載るはずがない。彼はそう決めつけると新聞を畳んで食卓の上に置き、テレビを付けた。
――ほら、大丈夫。全然何ともないじゃないか
 彼はしばらくテレビを見つめているうちに、何故自分がテレビを点けたのかを忘れてしまった。
 母が起き、父が起き、珍しいなと祐介に一声かけた後、朝食。父は仕事へと出かけた。それを見送ってから祐介も、取りあえずぶらっと家を出ることにした。
「出かけてくるよ」
 母は、昼飯までには帰るようにと言っただけで、何も言わなかった。そう、これで良いのだ。祐介は何故か満足して街を歩き始めた。
 世間は俗に言う春休みというもので、下は小学生から上は高校生まで――一部の大学生は常に、だが――街を徘徊しているに違いない。空は灰色の雲を浮かべ、どんよりした人々の瞳が生気のないくすんだ雰囲気を作り出している。
 時々思うことがある。
 あの時輝いていた様に思えた世界にも、まだ幾つも歪んだ淀みがあるのだ。恐らくそれは、元の自分のような人間が寄り集まったせいで引き起こされているのだ。だからこうして街に出てくるとそんな人々の群が自分なりに生きようと必死になっている。
 まるで家畜だ。
 でも、彼らはこの世界にある美しいものが見えないのかも知れない。『狂気』の優しい抱擁を求めているのかも知れない。
 今の僕に、それを否定するだけの意志があるだろうか?
 一瞬戸惑いのようなものと同時に、その疑問が沸き上がった。そして首を振った。
 いや、もう決してない。
「え?」
 本屋に入って立ち読みをしようとした時、何故かその声が気になった。ふと顔をあげると、真っ赤な髪の毛の少女が目に入った。
――あ、新城さん
 彼女はいつも元気で非常に明るい娘だ。バレー部に所属していたせいか、多分祐介よりも体力がある。おてんばよりは元気と言う言葉が似合う、太陽のような娘だ。
 だが、彼女が先刻発した言葉はあまり明るいものではなかった。
  ちり
 少し脳の裏側が痺れたような気がした。
 気になる。
 でも、彼女はもう自分のことは覚えて等いない。何故なら僕が電波で記憶を消したのだから。あの日の事を、一年前の事件に係わった人間の記憶は僕が全て弄ったんだ。彼女達にとってもその方が良かったに違いない。でも、勿論、僕のことも忘れてしまっている。
 彼女の周りにいる数人の女子は話を続ける。
「嘘でしょ?春香ちゃんが自殺するなんて事あるはずない」
 新城沙織は眉を寄せて言った。
「でも、今日の朝、マンションの前で倒れてるのを見たって。遺書とかはなかったみたいよ?」
「え、だってそれじゃただの事故かも知れないじゃないの」
「うん、まだはっきりしてないって。…でも、彼女の部屋、とても事故で落ちるようなところじゃないから」
 何の話だろう?どうやら何か事故でもあったようだが。
 祐介はもうしばらく彼女を見ていたかったが、話を続けながら道の向こう側へと消えてしまったので、諦めて本屋にはいることにした。

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 次回予告!
  再び蘇る毒電波の恐怖!
  次々に死んでいく、祐介の近所の人々(はた迷惑)!
  はたしてやる気のない世界に住む祐介は、事件を解決できるのか?
  『悪夢 第2話 I'll get even with you』に御期待下さい?


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